2話 お嬢様の提案
「ねぇサンデル、これから『森の庭』に行ってみない?」
「いや、なんですか急に?」
両手を布団につけて足をパタパタと揺らしながらベッドに座っているこの人は、僕がお仕えしているお嬢様――ミュリエル様である。そのお嬢様は何を思ったのか、朝早くから僕を呼びつけるなり「『森の庭』に行こう」と言い始めた。
「え〜、いいじゃない。久しぶりに行ってみたくなったの」
「ミュリエル様、まさか忘れたワケではないですよね……?」
「ん? なんのこと〜?」
――あっ、ダメだ。昔の事だからか、すっかり忘れていらっしゃる。
あまり言いたくはないし、思い出したくもないのだが、僕自身が行かないようにするためにも教えてあげなければならない。だから、僕は恥を忍んでその事実を口にした。
「……昔、僕がそこで迷子になったことですよ」
「……あぁ! そんなこともあったわね〜! じいやたちがあなたを探しに行って……帰ってきた時は、泣きべそをかいたままじいやに抱きかかえられていたのよね〜。それで、安心しきった貴方は、ふっ……そのままお漏らしを……ぷっ、くくっ」
「ちょっ、なに笑ってるんですかっ! あの時はとっても怖かったんですからねっ!? あぁもう、これだから言いたくなかったんですよぉ〜!」
僕が頭を抱えて悶えているのと対照的に、ミュリエル様は右手を口元に添えてクスクスと笑っている。ほんと、こういう仕草はお嬢様っぽいのに。
「……はぁ。それで? お嬢様はまた僕のお漏らしが見たいんですか?」
「もう、拗ねないでよ〜。わたしが悪かったから」
そう言って眉尻を下げるお嬢様だが、笑みを浮かべたままのその顔に反省の色は伺えない。
「まぁでもそこは安心してちょうだい。じいやも付いて来てくれるみたいだから」
「へぇ、じいやさんが……。というか、もう話をつけていたんですね」
「昨晩じいやに相談してたからね〜。まぁでも『その代わりに宿題を全て終わらせてからですよ』って言われて、そこから夜中までやらされたんだけどね〜」
流石じいやさん、ナイスです。
「でも、これで心置きなく楽しめるわ!」
そう言ってお嬢様は弾けるような笑顔を見せる。
そんなお嬢様を表情を見ていると、「行きたくない」なんて気持ちを口にするのは憚られてしまった。
「……分かりました。お嬢様の仰せのままに、僕もついていきますよ」
「うふふっ。ありがとね〜、サンデルっ!」
こうして僕は、お嬢様と『森の庭』へ行くことになったのだった。