2-3あなたの心に居る人は
「坊ちゃま……」
「帰りが遅いから探したよ」
「使用人を探す為に一人で行動なんて褒められたものではございません」
「わかってるって……」
若干呆れながらも返事をする主人に、やはり自分がしっかりせねば、と決意を固める。
「その、……勧められていた縁談の事ですが……」
「ああ、それならもう断ってるよ」
「はい?」
「元々、いくつかある内の一つってだけだったらしくて、絶対に勧めたい訳でもなかったんだって。……心配した?」
「当然です。私が一体いつから坊ちゃまのお世話をしていたと思っているのですか」
少し驚愕しながらも、自分の意思で断る事の出来た坊ちゃまに成長を感じる。
(あれだけ小さかった子がこんなにも大きく育ってくれるなんて……)
やはり、私のやってきたことは間違いではなかった、と感慨深くしていると
「……坊ちゃま、ね」
「?どうされまし……」
「それ、そろそろやめない?……いつまでも君に育てて貰うような子どもじゃないよ」
「っ……申し訳ありません。決してその様なつもりでは……」
不快にさせてしまった。とすぐに頭を下げて謝罪するが、不満が溜まっていたのかいつもより抑揚のない声で言葉を重ねて距離を詰められる。
「感謝してるよ。正直、両親に教わるような事は君たち使用人に教わった。……特に年の近い君からは色々教わったね」
笑いながらそう言う坊ちゃまは、しかしその眼には笑顔がない。
「けど、君と僕は親子でもなければ姉弟でもない」
聞いた事のない冷たい声で語られるのは、今まで自分が支えにしてきた事を否定する言葉。
「……っ出過ぎた……真似を……」
謝罪をしたいのに涙の方が零れ落ちてくる。
「いつまでも、君は僕を子ども扱いしていたけど……これでもちゃんと成長してるんだ。……もう少し、男として見て欲しい」
「どう……いう……」
「昔からずっと好きだったんだ」
今まで坊ちゃまとばかり思っていた男の人の、急な告白に混乱する。
「でも、私は、」
「そんな風に見てなかったのは知ってる。でも、これからはちゃんと知っておいてほしいんだ。君の前にいるのは、ただ君の事が好きな男なんだって」
相談所の少女が言っていた事を思い出す。
……私の意識を変える、か。
ずっと親代りに育ててきた年下の男の子が、いつの間にか大人の男性になっていた事を見ようとしていなかったのかもしれない。……もしくは、自分の心の変化を認めたくなくて、わざと目をそらし続けていた。
(……怒られるのも当然ね。坊ちゃまにも、レティシアさんにも……)
「大人に成り切れていなかったのは、私の方だったんですね。……ずっと自分の気持ちが分からない振りをしていた」
「それって……」
「旦那様達にはなんとお伝えしましょう」
「実は、もう伝えてあるんだ。……二人共、君さえ良ければ、と言っていたよ。よく知っているからこそ、そうなれば嬉しいとも」
まさかの話だった。知らぬは私ばかりとは。
「ですが私は捨て子で、相応しいとは……」
「そんな事を気にするような人達じゃないのは、多分君の方がよく知ってるんじゃないかな」
捨て子であった私を拾い、しっかりとした教育をしてくださったり、忙しくても出来るだけ時間を作ろうとする旦那様達を思い浮かべると、確かに、と思うと同時に、だからこそこれ以上の不誠実は出来ないと思う。
「坊ちゃま……私、もう目をそらすことなく頑張りますので!」
「また坊ちゃまって……いや、まあいいか。……もちろん、僕も頑張るよ」
「今回は随分と無茶しましたね。とは言わないのかしら?」
「……随分と苛立っているように見えましたが」
「あら、気の所為よ」
微笑む彼女からは、本心が一切窺えない。あれも全て、女性を後押しする為の演技だったのだろうか。
「しかし、まともな貴族なら捨て子と嫡子の婚姻など認めないと思いますが」
「まともじゃないんでしょう?いいじゃないまともなんかよりよっぽど良いわ」
国王陛下に顔の利く貴族の婚姻がコレとは……あの女性に何か秘密が?それともあの家がそこまでの価値があるのか?
「この国ではそれが許される。それくらいで良いのよ、こういうのは」
やっぱり、サンベルツに来て正解だわ。と笑う彼女を見ると先程までの考えなど、どうでもいいか、と思えてしまう。
「貴女が言うなら、それで良いんでしょうね」
「ええ、それでいいのよ」