2-1あなたの心に居る人は?
夜は明け、小鳥の鳴き声が朝の訪れを報せる頃には、彼女の朝は始まっている。
カーテンの隙間からは暖かな木漏れ日が差し込み、自身の幼い主人の顔を照らす。
「坊ちゃま、もう朝ですよ。起きてください」
「……まだ……あとすこし……」
「そういって起きられたことは一度もありませんよ」
可愛らしい寝顔を覗き込もうとすると、すぐに布団の中に潜り込んでしまう。
このまま寝かせて起きたいと思いながらも、心を鬼にしてもう一度呼びかける。
「本日はご両親と朝食をとられるのでしょう」
「……あと……五分……」
目を閉じて、大きく息を吸い込む。
「早く起きなさい!」
「!?はい!今起きます!!」
「あんなに怒らなくても、もう少し優しく起こしてくれてもいいじゃないか」
「ちゃんと声はお掛けしました。」
いまだに少々甘えん坊な小さな主人の準備を手伝い、朝食のある広間へと連れて行く。
「おお、起きたか」
「おはようございます。父上、母上」
「おはよう寝坊助さん」
滅多に仕事で帰ってこられないご両親との朝食で、少し顔が緊張しているようにも見える小さな主人の様子を、他の使用人とともに壁際に立ち見守る。
「しかし、今日は朝から屋敷に居られるとは、珍しいですね」
「息子の為にも、たまには時間を作るさ」
「本当はもう少し一緒に居てあげたいんだけど……これからまた戻らなくてはいけないの……ごめんなさいね」
「僕の両親が、誉れ高き国王陛下から多大な期待と信頼を寄せられている……これほど喜ばしい事はありませんよ」
そう言いつつも、ここに集まる使用人の多くは口元が少し引きつったのをみつけてしまう。
(ただの使用人に出来ることは少ないけど……昼食は好物を多めに作ってもらえるように料理長に頼んでおきましょうか……)
目線を移すと、承知した、と言わんばかりに頷くのが見える。
「今日はお前に一つ、話があってな」
「話……ですか?それはどのような」
「あなたに縁談があるのよ!そろそろいい年頃だし、どうかしら!」
「……ヴィンス」
「どうされました?」
柔らかな日差しが、少女のとろけるような蜂蜜色の髪を明るく照らす。美しい絵画のような少女は、その愛らしい顔に怒りを滲ませる。
「あれ程、私は言ったはずよ。必ず守りなさいとも」
「ええ、もちろん覚えております……しかし、それでも、やらねばならぬ事もある」
「これが、そうだと?」
「私も大変心苦しいですがとても大事な事です」
ヴィンスと呼ばれた青年は、怜悧に見える表情を浮かべながらも優しい眼差しと声で少女に告げる。
「もう十七です。そろそろ人参くらいは食べていただかないと」
「だから食べられるわよ!わざわざ食べないだけで!」
「それは食べられないのとほぼ同じかと」
少女と青年が子どものような言い争いをしていると、玄関から扉を叩く音が聞こえる。
「中へどうぞ」
青年が扉を開けると、不安げな顔をした女性が一人立っていた。
「こちらが評判の相談所であると伺いました……今、よろしいでしょうか」
「もちろん、評判かどうかは知らないけれど、いつでも大丈夫よ」
先程の子どもじみた表情はなく、可憐な笑顔を浮かべた少女は歌うように言葉を紡ぐ。
「私はレティシア、ただのレティシアよ」
ようこそ、私の相談所へ