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2駅目:60代 男性

 ピンポーンという音と共に電車の扉が開く。

 酒の匂いを漂わせ千鳥足をした中年の男が一人車内からホームに降り立った。

 男が降りるとすぐに電車の扉が閉まり発車する。


 その様子を男はぼぉっとしながら見ていた。

 「お客様、どうかなさいましたか?」

 突然声掛けられ男はビクリと体を跳ねさせて驚いた。


 振り返るとそこには帽子をかぶり茶色い上着に黒のズボンを身につけ、ホイッスルを首から提げて赤色の旗が巻きついた棒を持った女性が立っていた。


 「びっくりしたなぁ。っていうか、あんた誰だ?」

 男は不機嫌そうに女性に質問した。

 「私はこの駅の駅員です」

 「駅員?」

 男はそう聞くとあたりをキョロキョロと見回した。


 「っていうか、ここどこ?」

 面倒くさそうに駅員に訊ねた。

 「ここはキサラギ駅です」

 「あぁ?キサラギ?どこだよそこ?千葉か?埼玉か?栃木か?」

 男は明らかに不機嫌そうな態度を取った。


 「違います。失礼ですけど、お客様どちらまで行かれる予定でしたか?」

 駅員が男に問うた。

 「あぁ?俺はな、白金に住んでるんだ。知ってるだろ。超高級住宅街だ。お前らみたいな庶民とは違うんだよ」

 「あの、どちらまでご利用予定だったのかをお伺いしたのですが?」

 駅員は男の言動に困惑しながら再度聞き返した。


 「知らねぇのかよ!?白金ったら白金だよ!白金台!お前みたいな貧乏人はどこにあるのかすらも知らないのか?」

 「申し訳ありません」

 駅員は僅かに頭を下げた。

 「ってたく。しょうがねぇから教えてやるよ。俺はな、いつも品川で降りて、タクシーで移動するんだ。お前らみたいな貧乏人はみみっちく山手線やら地下鉄やらを使うんだろ?俺はグリーン車のある電車以外は使わねぇんだ!わかるか、この意味が?」

 男は酒の匂いを漂わせ駅員を見下すように饒舌に語った。


 「わかりました。品川駅までのご利用だったんですね。では次の電車は10分後になるのでこちらのホームでお待ちください。少々酔われていらっしゃるようですので、足元には十分お気をつけください」

 駅員は男の話には触れずに腕時計で時刻を確認し、電車の時刻を告げた。


 「おい!なんだその態度は!?」

 駅員の態度が気に食わなかったのか男は声を荒らげた。


 「俺みたいな高貴な人間にお前みたいな貧乏人が指示してるんじゃねぇぞ!俺を誰だと思ってるんだ!」

 「申し訳ありません。私には一人のお客様でしかありませんので、そのように対応させていただいております」

 駅員は男の威圧的な言動に怯むことなく、にこやかな笑みを浮かべて対応した。


 「ふざけんじゃねぇそ、この尼が!」

 男は青筋を浮かべて激怒した。

 近くにあったベンチを蹴る。

 ガンっという音がホームに響いた。


 「設備を壊すのはやめてください」

 駅員は静かに注意した。

 「あぁ?何だって?」

 男は耳を手に当て、聞こえませんでしたと言うような動きで駅員をおちょくった。

 「設備が壊れてしまうのでおやめください!」

 今度ははっきりと言った。

 その言葉を聞くと男は爆笑した。


 「壊れる?これくらいで?なんだ、この鉄道会社はそんな脆い椅子使ってるのか?貧乏なんだな?金がないのか?」

 ケラケラとお腹を抱えて笑う。

 その姿を駅員は黙って冷たい視線で見ていた。


 「なんだ、その目は?」

 男は駅員の視線に気が付いたのか笑うのを止めると静かに語気を強めた。

 「金額ではありません。多くのお客様がご利用になられるものですので、大切に扱ってください」

 駅員はなおも静かに男に注意した。

 男はその言葉が気に食わなかったのか、怒りを再燃させた。


 「大切に扱えだ?お前も同じことを言うのか!?」

 男の態度の変化に駅員はポカンとする。

 その様子を見た男は早口でまくし立てた。


 「俺はな、年商100億の会社を経営してるんだ!お前らみたいな貧乏人とは違うんだよ!貧乏人はすぐにそういうことを言う。口を開けばモノだの人だのを大切にしろ。まったくわかってない。そんな考えだからいつまで経っても貧乏人のままなんだよ。いいか、モノも人も使い捨てが一番儲かるんだよ。猛烈な勢いで限界まで使って壊れたら捨てて新しくすればいい。そうしたらまた猛烈な勢いを維持することが出来る。俺はな、そうやって休みもなく働き続けたんだ。そして今の地位を掴んだんだ。なのにあいつらときたらいつもいつも権利だなんだって言ってサボりたがる。ろくに稼ぐ力もないくせして会社に長くいようとすることしか考えていない。口だけは一人前になりやがって!お前もあいつらと同じだ!」

 「あいつら、ですか?」

 駅員は聞き返した。


 「仕事の出来ない口だけ連中のことだよ。とっとといなくなればいいのに、労基だのマスコミだのに通報しやがって。面倒くさいったらありゃしねぇ。大人しく黙って死ばいいのによ。死んでも手間ばっかりかけさせやがって。いい迷惑なんだよ」

 そう言うと男はもう一度ベンチを蹴った。


 「周りの方のご迷惑にもなりますので、おやめください」

 駅員は再度注意した。

 「うるせぇ!大体お前が怒らせるようなこと言ったからだろうがよ!」

 男は大声で怒鳴った。


 「それになんだ!周りの客だ?そんなやついるわけねぇじゃねぇかよ!降りたの俺一人だぞ!勝手なこと言ってると女だろうと張り倒すぞ!」

 男は地団太を踏んで怒り狂った。

 しかし駅員は何を言ってるんだというような不思議そうな顔で男を見て言った。


 「何をおっしゃっているんですか?お客様と一緒に大勢の方が降りられたじゃないですか?」


 「はっ?お前何言ってるんだ?」

 男は駅員の話に困惑した。

 それでも駅員は話を続けた。


 「それに、今もお客様の後ろに大勢集団になられてお客様のことを見られてますよ?」


 駅員がそう告げると同時にピンポーンという機械音がホームに鳴り響いた。



 『まもなく、ジゴク行きの電車が参ります。覚悟してください』



 不思議なアナウンスが続いて流れた。

 「ジゴク…行き?」

 男はアナウンスを聞くと表情を変えてゴクリと唾を飲み込んだ。


 ファーンという警笛を響かせて電車がホームに入線し静かに停車する。

 ピンポーンという音と共に扉が開いた。


 男はその光景を呆然と見ていたときだった。

 「うわっ!?何だ?」

 男は叫ぶと電車の方へと突き飛ばされた。

 「何をするんだ!」

 男は再び叫ぶと拳を振り上げながら振り返った。

 「はっ?」

 しかし男の動きがピタリと止まった。


 男の視線の先には大勢のスーツを着たサラリーマンで埋め尽くされていた。

 全員が生気を感じない青白い顔をしていた。


 「な、なんでお前らがここにいるんだ!」

 明らかに男は動揺していた。

 次の瞬間サラリーマン集団は一斉に電車に向かって一気に駆け出した。


 「うわっ!?止めろ!」

 男にサラリーマン集団がぶつかると、どんどん電車へと押されて行く。

 そしてついに男の体は電車の車内に入ってしまう。


 『ジゴク行き、ドアが閉まります。抜け出しはご遠慮ください』


 ホームにアナウンスが響くとピンポーンという音と共に電車の扉が閉まる。


 「おい!ふざけるな!離せ!」

 男の必死の叫びも虚しく扉は閉まった。


 駅員はその様子を確認すると手に取っていたカンテラを掲げ出発の合図を出す。

 すると列車はゆっくりと動き出した。


 「おい、ふざけるな!こんなことしてただで済むと思っているのか!」

 去り際に車内から男の罵声が聞こえたが、駅員は無視した。


 ファーンという警笛とテールランプの明かりが徐々に小さくなって行く。

 「ホームよし」

 駅員は安全確認を終えると静かにホームから立ち去った。



 ◇◇◇



 都内にある上場企業の男性社長が亡くなった。


 元々は由緒ある有名企業だったが徐々に経営が悪化。

 倒産の危機に瀕していたときこの社長が就任した。

 するとあれよあれよと業績は改善していった。

 しかし、業績改善の裏には想像を遥かに超える過酷な勤務実態があった。


 労働基準法など守る気はさらさらなく、朝から夜まで休まず従業員を働かせ続けた。

 異を唱えたものは容赦なく切り捨てられた。

 業績好調な会社を出るに出られず、多くの過労死と自殺者を出すことになる。

 しかし社長は一切聞く耳をもたなかった。


 そうとは知らず、世間はその経営手案を天才的ともてはやした。

 天才経営者として経済界はもちろん政治の世界にも影響力を持つようになると、誰も彼を止めることが出来る人はいなくなっていった。

 従業員の扱いはさらに日に日に悪化していった。


 しかし最近になって若手社員がこの実態を告発すると、事態は一転することとなった。

 連日マスコミはこのことを報道した。そんな最中のこと出来事だった。


 死因は心臓発作。心労が重なったことが原因と推測された。

 しかし同様の死因の遺体を多く見てきた医療関係者は男の遺体を見て驚いたという。


 遺体はこれまで見たことがないほど、苦痛に歪んだ表情をしていた。

次回は水曜日の更新を予定しています。

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