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1駅目:20代 女性

 ピンポーンという音と共に電車の扉が開くと一人の女性が恐る恐る車内からホームに降り立った。


 女性が降りるとすぐに電車の扉が閉まり発車する。

 その様子を女性は戸惑いながら見ていた。


 「お客様、どうかなさいましたか?」


 突然掛けられた声に女性はビクリと体を跳ねさせて驚いた。


 恐る恐る振り返るとそこには帽子をかぶり茶色い上着に黒のズボンを身につけ、ホイッスルを首から提げて赤色の旗が巻きついた棒を持った女性が立っていた。


 「あの、ここはどこでしょうか?」

 電車から降りた女性は戸惑いながら質問した。


 「ここはキサラギ駅です。お客様はどちらまで行かれる予定でしたか?」

 「えっ、キサラギ…?すいません、私新宿駅まで行きたかったんですけど…。もしかしてかなり乗り過ごしちゃいましたか?」

 心配そうに乗客の女性は訊ねた。

 「あぁ、そういうことですか。大丈夫ですよ。そのまま反対方面の電車に乗って戻ってもらえれば問題ありませんよ。寝過ごしちゃった感じですね。であれば追加運賃は結構ですので心配いりません」

 訊ねられた女性はにこやかに答えた。

 「そうなんですね。すいません、びっくりしちゃって。もしかして駅員さんですか?」

 乗客の女性は安堵して胸を撫で下ろすと目の前の女性に訊ねた。

 「はい、そうです」

 そういうと女性は胸に付けられた『お客様係・駅員』と書かれた名札を軽く引っ張り駅員であることをアピールした。


 「次の反対方面の列車は20分後になりますね」

 駅員の女性は胸元から懐中時計を取り出すと時刻を確認してそう告げた。

 「よかった、まだ電車あるんですね。終電になっていたらどうしようかと思っちゃって」

 今度は乗客の女性が申し訳なさそうに謝った。

 「このあたりは宿泊施設はないので、早く気付いてよかったですね」

 駅員の女性の言葉を聞き、乗客の女性は改めてホームを見渡した。


 よくあるような島式の高架ホームにはベンチが設置してあるだけだった。

 ベンチには一人の男の子が俯いたまま足をブラブラとさせて座っているのが目に入った。

 自動販売機もない無機質なホームはどこか不気味な印象だった。


 高架になっている線路を挟むように両側にちらほらと明かりが見える。

 しかし全体的には暗闇が広がっていた。


 ピピっと突然音が鳴る。

 「すいません。窓口にお客様がいらっしゃったようなので」

 駅員の女性はそう言うと軽く会釈して階段を駆け下りて行った。

 静まり返ったホームに女性と男の子だけが残った。


 時間もあるので、女性はスマホを取り出した。

 しかし圏外となっていた。wi-fiも繋がらない。

 どうしたものかとスマホをあちこちの方向にかざして電波を探る。

 するとベンチに座っている男の子と目が合った。


 「こんばんわ」

 無視するのも気が引けたため女性は何となく挨拶をした。

 普段はすることなどないのに…。


 「お姉さんはどうしてここにいるの?」

 すると男の子が訊ね返した。

 「えっ、降りる駅間違えちゃったんだ」

 女性は少し恥ずかしい気分になりながら答えた。

 「そうなんだ。うっかりさんなんだね」

 男の子は少し笑って言った。

 「そうだね、気をつけないと。君は一人なの?」

 周囲を見渡しても誰もいない。

 子供がこんな時間に一人でいるのは少々不思議な光景だ。

 思わず訊ねてしまった。

 「うん。お母さん、どっか行っちゃったんだ…」

 すると男の子は俯きさびしそうにポツリと呟いた。

 「どっか行っちゃったって…。君を置いて?」

 「うん」

 相変わらず俯いたまま男の子は答えた。

 「警察とかに行ったほうがいいんじゃない?」

 女性は心配になり男の子に訊ねた。

 「ううん、大丈夫。きっとお母さんは戻ってきてくれるから」

 男の子がそう言ったときだった。

 ピンポーンという音の後、放送がホームに流れた。


 『まもなく、テンゴク行きの電車が参ります。ご乗車の資格がある方はご乗車ください』


 どこか不思議で不気味な放送だった。

 行き先も聞いたことはないし、乗車の資格がある人はってどういう意味なのだろう。

 それに駅員は20分後に電車が来ると言っていたが、まだ5分ほどしか経っていない。

 やってくる電車は一体なんなのだろう。

 不気味さに女性は恐怖に襲われた。


 「僕、この電車に乗らないと」

 突然男の子はそう言うとベンチから飛び降りた。

 「えっ、この電車にお母さんが乗ってるの?」

 女性は恐る恐る訊ねた。

 「う~ん。多分乗ってないと思う。だけど乗らなきゃいけないんだ」

 突然のことに女性はどうしてよいのかわからなくなる。


 ファーンという警笛と共に光が差し込み、ホームに電車がやって来た。

 キキーというブレーキ音がして停車するとピンポーンという音と共に扉が開いた。

 「ねぇ、お姉さんも一緒に乗る?」

 電車に飛び乗ると男の子が振り返って訊ねてきた。

 一本早い電車が来たのかもしれない。

 女性はそう思い男の子の後を追って電車に乗り込もうとした。


 「あれ?」

 しかし女性は電車に乗ることが出来なかった。

 何もないはずなのに目の前に見えない壁のようなものが邪魔をしている。

 どう足掻いても電車に乗り込むことは出来なかった。

 「どうしたの?」

 そんな様子を男の子が不思議そうな顔をして見つめていた。

 「ごめん。なんだかわからないけど、私はこの電車に乗れないみたい」

 何をわけのわからないことを言っているんだと、女性は少し恥ずかしくなりながら男の子に説明した。

 「駅員さんに聞いてみるから気にしないで」

 女性はそう答えた。

 「そっか、わかった。でも話せて楽しかったよ。じゃあね」

 男の子は少し寂しそうな表情を浮かべたがすぐにニッと笑顔を見せた。


 ピンポーンという音がして電車の扉が閉まる。

 電車の中から男の子は女性に手を振る。


 ゆっくり電車は動き出し、あっという間に再びホームに暗闇と静寂が帰って来た。

 「一体何だったんだろう?」

 女性は首を傾げた。

 駅員さんに聞いてみよう。そう思い立ち上がると改札へと続く階段の方向へ歩く。

 ふと駅名標が視界の端に入った。

 キサラギと大きな文字で書かれている。

 下にはそれぞれ前後の駅名も書かれていた。




           キサラギ

  ←ジゴク/ゲンセ      テンゴク/ゲンセ→




 「えっ」

 女性は駅名標を見て固まった。


 ジゴクとテンゴク。そしてゲンセ。

 さっきの子は右方面へ走り去る電車に乗って行ってしまった。

 その方向はテンゴクと書かれている。

 「どういうこと…」

 女性は恐怖のあまり声を震わせてその場にしゃがみこんでしまった。


 「どうかされましたか?」

 するとさきほどの駅員の女性が声をかけた。窓口対応を終えて戻ってきたようだ。

 「これってどういうことですか?テンゴクって、ジゴクって何ですか?ここはどこですか?私は生きてるんですか、死んでるんですか?」

 駅名標を指差して女性はパニックになりながら叫んだ。

 「お客様、落ち着いてください。あなたはまだ死んでませんし、ジゴクにもテンゴクにも行きませんから安心してください」

 駅員は女性を宥めた。


 「ここはあの世とこの世の境目なんです。あなたが死にたいと思えばあの世へ行けますし、生きたいと思えば現世に戻ることが出来ます。あなたは戻りたいと言いましたよね?」

 「…はい」

 「だったら大丈夫です。問題なく帰れますから安心してください」

 駅員の言葉に女性は少し安心した。

 「本当に、ジゴクにもテンゴクにも行かないですよね?」

 「はい、大丈夫です」

 「でもさっきの男の子はテンゴク行きに乗って行っちゃんですけど…」

 ここはあの世とこの世の境目だと駅員は言った。

 そしてあの男の子はテンゴク行きの電車に乗って行ってしまった。

 であれば、あの子はすでに死んでいたのだろう。

 「そうですね。でもちゃんとテンゴクに逝けたのならよかったんじゃないでしょうか」

 駅員は少し節目がちになりながら答えた。


 「私は乗れなかったんですけど…、テンゴク行きに。何で乗れなかったんですか?」

 女性は怯えながら駅員に理由を訊ねた。

 「それはお客様に乗車資格がなかったからだと思います」

 「資格ですか?」

 「はい、あの電車に乗車するには乗車するに値する資格が必要なんです。お客様はまだその資格がないと判断されたんだと思いますよ」

 「そうだったんですね…。取り乱してしまってすいません」

 女性は駅員に思わず取り乱してしまったことを謝罪した。

 「気にしないでください。たまにいらっしゃるんですよ、お客様みたいに現世から迷い込まれる方が。大体の方がパニックになられますね」

 駅員は今回の事態の対処に手慣れたようだった。

 「そうなんですね。でもなんでこんなことになっちゃんでしょう?」

 「何か心当たりは?」

 「心当たりですか?特に思い当たることはないんですけど…」

 「そうですか…」

 女性の答えに駅員は首を傾げると腕時計で時刻を確認した。

 と同時にピンポーンという電子音の後、自動放送が流れた。


 『まもなく、現世行きの電車が参ります。ご注意ください』


 「これでやっと帰れるんですよね」

 女性は放送を聞くと安堵の表情を浮かべ足元に表示されている乗車位置へ移動した。


 「でもお客様珍しいですよね」

 「えっ、何ですか?」

 駅員の言葉の意味がわからず女性は困惑した。

 「いやね、ここに迷い込んだ方の多くが何か大きな問題を抱えている場合が多いですよ」

 「…大きな、問題ですか?」

 女性は少し言葉につまりギョッとした表情をした。

 「ええ。人生に絶望している方だったり。あとは、人に言えない大きな秘密を抱えているとか?」

 「人に言えない…秘密…」

 女性が小さく呟くと同時にファーンという警笛を鳴らして電車が駅に入線する。


 「男の子とちゃんと会話出来ましたか?」


 「!?」

 女性は絶句して駅員を見つめた。

 キキーとブレーキ音がして電車が止まると扉が開いた。

 「それではお気をつけてお帰りください」

 駅員はにこやかな笑顔を女性に向けた。

 「えっ…」

 女性は戸惑いながらも電車に乗り込んだ。

 今度は問題なく乗り込むことが出来た。

 「今度はこの駅で起きられないかもしれませんので、寝過ごしにはお気をつけください」

 駅員は女性の背中に語りかけた。

 「また来てしまうことがあるんですか?」

 女性は恐る恐る振り返って訊ねた。

 「どうしてここに来てしまったのかを考えればわかると思います」

 そう駅員が言い終わると同時にピンポーンという音と共に扉が閉まった。

 ゆっくりと電車が動き出すと女性の意識が急に朦朧としだす。

 やがて目の前が真っ白となると完全に意識を失った。



 ◇◇◇



 終電も終わった深夜1時。駅前の交番を一人の女性が訪れた。

 「すいません」

 女性は消え入るように小さい声で警官に声をかけた。

 「どうかされましたか?」

 女性の様子に警官はただ事ではない事態を察知した。

 「子供を……、殺しました」

 「えっ?」

 警官は女性の言葉に絶句した。

 「子供を……、殺してしまいました…」

 女性はそう言うとその場に崩れ落ちた。




 とある駅にあるコインロッカー。

 そこに預けられていたキャリーケースの中から、まだへその緒のついた男児の遺体が発見された。

 死後間もないため腐敗はしておらず、遺体は綺麗な状態だった。


 乳児を殺害したのは交番に自首した実の母親だった。

 交際相手との間に出来た子であったが、相手は既に妻子ある身であった。

 当然堕ろすよう言われるが、金は出さない、勝手に妊娠したお前が悪いと罵られ、ついには音信不通となってしまう。

 誰にも相談出来ず時間だけが過ぎ、ついに中絶することが出来ないまま一人自宅で出産してしまう。

 泣き声を上げるわが子を見て女性はゆっくりと乳児の首を絞めた。



 「どうしていいのか、わからなかったんです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 取調べで女性は何度も謝罪を口にした。

 そして最後にこう口にした。


 「私はあの子のことを一生忘れません。きちんと供養して二度と同じ過ちをしないよう、真面目に生きていこうと思います。もし私が天国に行けたとき、もう一度あの子に笑ってもらいから…」

次回は日曜日を予定しています。

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