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第1章 第5話 精神薄弱

「あー、ねっむ」



 夜中にコンビニに赴き、ナンパされ、俺の話を聞き、俺が戻ってくるのを待っていてくれた夜流さん。ずっと張りつめていたであろう彼女が自室に帰り、大きく伸びをする。俺とこれから二人で暮らすこのワンルームで。



「なんか……意外ですね」

「ん? なにが?」



 いまだに女子と同じ部屋に住むという実感が湧かない中、とりあえず思ったことを口にする。



「いや……すごく片付いてるなって……」



 夜流さんのイメージ的に部屋は物やゴミで散らかっていると思っていたが、実際はその真逆。八畳ほどの部屋にある家具と呼べるものはベッドや冷蔵庫、タンスといった必需品くらい。娯楽として扱えるものはパソコンやテーブルだけ。それ以外の物はほとんどなく、ゴミがないどころかきっちりと片付いていてまるでモデルルームのようだ。



「そ、そう!? やー、昨日たまたま掃除してさ、いつもはもっと散らかってるんだけどねー、あははっ」



 素直に感心していると、なぜか夜流さんは照れながら着ていたキャップとパーカーをわざとらしく床に放り投げた。



「…………!」



 キャップにしまわれていたブラウンに染まったセミロングの髪が舞う。そして露わになるパーカーの中身。黒いタンクトップにデニムのミニスカートというラフな格好。なるほど、この上から丈長めのパーカーを羽織ることであのパーカーから生足が出るファッションになっていたのか。



 いやそれよりも思ったよりでっ……! パーカーのせいで体型がわからなかったが、すらっと線が細い割に出るところが出ている。身長はたぶん150㎝そこそこ……俺の一個下のはずだよな……。



「なに? そんなじろじろ見て」



 夜流さんの姿に見惚れていると、彼女が怪訝そうな目を向けてくる。だが俺の視線に気づくと、途端にニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「正義のヒーローくんも男の子だねぇ。でもダメだよ、悪いことしちゃ」

「し……しないよ……!」



 そんな度胸俺にはない。そもそも人と関わるだけで怖くて仕方ないんだ。関係性を壊すようなことなんてできるはずがない。



「まぁヒーローくんのことは信用してるし。さっさとねよっか」



 勢いよくベッドに飛び乗り、そして毛布を広げてくる夜流さん。



「さ、おいで」

「は……はい……」



 断るような雰囲気でもない。俺は緊張しながら、夜流さんに触れないよう細心の注意を払いながらゆっくりと彼女の横に寝そべる。それでも一人用のベッド。すぐ目の前には夜流さんの幸せそうな顔がある。



「そんなあたしに気遣わなくていいよ? 結構男慣れしてるから。ヒーローくんには悪いけどね」

「わ……悪いなんて……」



 そうだよな、バーで働いていて、ヤクザの男たちとも親交があるんだ。俺が一度もやったことがない遊びなんていくらでもしてきてるんだろう。



「な……なんならあ、相手してあげよっか……!? こ、こういうの毎日してるから……!」

「……夜流さん?」



 だが気づけば彼女の顔は真っ赤に染まっており、口をパクパクとさせながら震えていた。まるで必死に嘘をごまかすように、何かから身を守るように。



「お……男の人と一緒に寝るなんて悪いことしてる……怒られる……!」

「よ……夜流さん……どうしたの……?」


「ち……ちがうの……これは何かの間違いなの……お母さん……!」

「おかあ……さん……?」



 突然の異変に聞き返すと、夜流さんは正気を取り戻したのかハッとした顔をする。そしてそのまま怯えるように身体を震わせ、許しを請うように弁明してきた。



「ご……ごめんね……! 親といた時はいっつも怒らせないように緊張してたからさ……ちょっとドキドキすると昔の癖が出ちゃって……!」

「そ……その……」


「本当にごめん……! こんな……こんな私を変えたくて……変わったつもりだったのに……男慣れしてるなんて嘘ついて……あ、はは、いやこれは違くて……ごめんなさい……お母さんごめんなさい……!」

「いや……あの……」



 今にも泣きだしそうな顔で支離滅裂な言葉を紡ぐ夜流さんを見て、脳裏に浮かんだのはロリさんの言葉。



 『夜流ちゃんを助けてあげて』。こういうことだったんだ。いまだに夜流さんは厳しい親からの呪縛に囚われている。緊張すると普段の飄々とした顔が出せなくなる。トラウマに支配されてしまう。



 綺麗に片付いた部屋もその名残。人は簡単には変われない。きっと無意識のうちに、親から躾けられた癖が顔を出していたのだろう。



 だがそれがわかったところで俺に何ができる。そもそも人と話すだけで緊張してしまう俺が。上手く言葉を出すことすらできない俺が。夜流さんのために、どんなことをしてあげられる。



 わからない。俺にできることなんてわからないが、夜流さんがしてほしいことだけはわかる。



「一緒に……落ちてくれるんでしょ」



 夜流さんの普段の態度が仮初だとしたら。望む自分に変わろうとしているのであれば、彼女の言動こそが答えだ。夜流さんが俺にくれた言葉をそのまま返す。



「そう……だね。そうだったね……」

「だから……大丈夫。何かあったら、俺が守るから……」



 今の俺にできることはこれで精一杯。これ以上踏み入るには、まだ関係性が浅すぎる。



 そう。これから始まるのだ。俺と夜流さんの地の底での人生が。

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