第1章 第4話 生活開始
「この店で働かせてください……!」
「いーよー」
夜流さんとの再会を果たした直後、同じ雑居ビルの二階の一室に住んでいるロリさんにそう頼みに行くと、ソファに寝転がったまま軽い調子で了承してくれた。
「えと……それでその……夜流さんみたいに住み込みで働かせてほしいんですけど……」
「……親後さんの許可は?」
「いや……それは……」
「おけおけりょーかーい」
倫理的にはアウトだろう。未成年の保護者の同意なしでの労働&家出を眠たそうな目で許可してくれるロリさん。大丈夫なのかと不安になるが、それがこういう普通の道から外れた人たちのやり方なのだろう。慣れるしかない。
「言っとくけど給料安いかんね。契約書とかも作んないし税金もよくわかんないから何かあったら自己責任で」
「はい……今の環境から抜け出せるなら何でもいいです……」
「そっか。じゃあ細かい話はまた夜に。私はとにかく寝るから」
本当に眠いのだろう。睨んでいるかのような細い目で手を振り俺たちを追い出そうとするロリさん。
「あ、ヒーローくんはちょい残って」
だがそのふらふらとした手が手招きへと変わり、夜流さんが部屋を出たのを確認すると一言。
「夜流ちゃんを助けてあげてね」
瞳をぱっちりと開けて、そう頼んできた。
「君がどうして家出したいかは聞かない。理由なんて世の中にありふれてるからね」
俺はまだ夜流さんにもロリさんにも話していない。自分がいじめられて引きこもりになったということを。だが夜流さんは違う。普通なら高校一年生として謳歌できた時間を捨てた理由を、俺は知っている。
「どれだけ逃げても、たとえ吹っ切れても、一度傷ついた心が治ることはない。呪いのように身体に染みついちゃってる。君が夜流ちゃんに甘えるのは自由。だけど夜流ちゃんも癒えない傷を抱えてることだけは忘れないでね」
それは忠告。トラウマがあるからと特別扱いされるのが当然だと思うなという注意。俺だけが特別じゃない。みんな何かしらの嫌なことから逃げてここにいる。
「……はい」
上手く話せない俺は了承の言葉だけ伝え、部屋を出る。俺に何ができるかはわからない。それでも夜流さんに救ってもらえて、俺はここにいる。何か少しでもいい。恩返しができたら……。
「何の話してたの?」
「いや……ちょっと……」
「ふーん、まぁいいや。じゃああたしたちもねよっか」
俺も夜流さんも夜中中ずっと起きていた。言われて自覚したが、そういえばかなり眠い。
「でも……俺寝る場所が……」
「この階はこのビルの従業員の寝室になってるんだ。だからうちも二部屋だけだけど使っていいんだよ」
二部屋……一つはさっきのロリさんの部屋で、もう一つは夜流さんの。でもそうなるとやっぱり俺の部屋がない。
「ということで、今日からここが君の家だよ、ヒーローくん」
夜流さんがロリさんとは対面の部屋のドアを開き、いたずらっぽく笑う。
「あたしと一つ屋根の下。正義のヒーローくんは、悪いことしないよね?」
そして始まる。俺と夜流さんの、ワンルームの共同生活が。