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第1章 第2話 幸福自由

「さ、ここだよ」



 コンビニから歩いて五分ほど。パーカーに生足と暑いのか寒いのかわからない格好でキャップを被った少女が俺を連れてきたのは、繁華街の一角にある雑居ビル。その地下一階へと続く階段の先には、『BAR BEAT BOOST(ビートブースト)』と書かれた不自然なほど眩しい看板と重厚な扉がある。つまり……。



「あの……すごい年上だったりしますか……?」

「同じくらいじゃない? あたし今年16」

「一個下……いやだったらこんなところ入っちゃダメじゃないですか!」



 詳しい法律はわからないが、深夜未成年がバーに入るのが悪いことだというのは間違いないはず。なのに少女は俺の焦りを全く気にも留めず、へらへらと薄ら笑いを浮かべている。



「真面目だねぇ。でもここがあたしの家だし。入るなって言われても無理な話だよ」



 それだけ言うとさっさと階段を下りていく女の子。数歩遅れて俺もついていくと、扉が開かれていかにもな雰囲気の暗い店内が俺たちを出迎えた。



「ただいまー」

「おかえりー」



 夜の店に似つかわしくないのほほんとした挨拶にひとまず胸をなでおろしたが、すぐにそれが間違いだと気づく。やはり俺たちみたいな子どもが入っていい店じゃなかったんだ。



「ヨルの友だちかな? いらっしゃーい」



 華やかな笑顔とふわふわとした声。だが声をかけてきた店主らしき女性は、ド派手な金髪にピアスバチバチのとんでもなく怖い見た目をしていた。バーの店主といえばきっちりとスーツを決めた大人というイメージだが、とんでもない。肩も腹も脚も露出していて、とても働いている大人の姿には見えない。どうなってんだここは……!



「紹介するね。この人ここの店主のロリさん」

「ロリ!? どう見てもアラサーくらいにしか……」

「あはは、殺すぞー」



 口調は優しいが目はマジだ。怖い……部屋に帰りたい……。



「で、ヨルちゃんこの子は?」

「正義のヒーローくん。ナンパされてたのを助けてくれたんだ」

「あ、佐藤……」

「いいよ本名は。あたしのヨルってのも通名だし。夜に流れるでヨル。かっこいいっしょ」



 かっこいいかはさておいて……夜流。それがこの、悪人なのか善人なのか曖昧な少女の名前か。



「今日はあたしの奢り。何でも好きなもの頼んでいいよ」

「じゃ……じゃあコーラで……」

「コーラ、おいしいよね。じゃああたしもコークで」



 夜流さんがカウンターに座ったので、俺も一つ席を開けて隣に座る。にしても俺たち以外の客がいない。やっぱりまずい店なのでは……。



「で、ヒーローくん。君はなんであんなところにいたの?」



 席を一つ詰めながら俺へと寄ってくる夜流さん。……言えない。言えるわけがない。初対面の年下の女の子相手に。いじめられて高校を退学してひきこもっているだなんて。絶対に言いたくない。



「ま、無理に言わなくていいよ。生きてりゃ言いたくないことの一つや二つや三つや四つあるもんだからね」



 ロリさんから差し出されたドリンクを口に運び、夜流さんは微笑む。



「じゃああたしの話しよっか」

「夜流さんの……話……?」

「そ。こんな寂れたバーで愚痴るのにピッタリなよくある話だよ」



 再び夜流さんはドリンクを煽り、語り始める。今までの余裕そうな態度など見る影もない、酷く冷淡な顔で。



「あたしの家……ここじゃないよ。生まれて育った家。すごい厳しかったんだ。子どもの頃から習い事習い事習い事。家にいても外にいても興味のない勉強ばっか。少しでも逆らえば暴力を振るわれる。黙って言うことを聞いていれば幸せな人生を送れるってね」



 目の前の彼女が。いかにも遊んでいる風の、自由を体現しているかのような夜流さんがそんな風に育てられたなんて。とてもじゃないが信じられない。それでもそれが事実だということは、彼女の目が口よりも雄弁に語っている。



「ま、間違ってないと思うよ。勉強すればいい高校、大学、会社に入れる。教養があればより優れた人物と出会える。きっと幸せな人生を送れるんだろうね」



 俺もそう思う。いや、そう思ってきた。だから高校を退学した俺の人生は……。



「それでも断言できる。今が一番幸せだって」



 だが俺の常識は、彼女の事実によって否定された。



「どうしても耐えられなくて、中学卒業と同時に家出した。高校も通わずこんなどこにでもあるようなバーで住み込みで働いてる。世間的に言えばドロップアウトした負け犬だよ。ロリさんもそう。組んでたバンドのために高校を中退して、ライブの費用を稼ぐためにバーの雇われ店長をやってる。夢に生きようとして失敗した負け犬」

「そうだねー。でも案外この生活も悪くないんだよね。音楽だけで食べていけるのが一番なんだけどさ、そうじゃなくても幸せだよ。まだ夢を追い続けられてるんだから」



 厳しい教育についていけなかった夜流さん。夢を諦められなかったロリさん。世間的には終わっている二人。それでも幸せだと語る二人の顔に嘘はない。



「ヒーローくん、君はどう? 君の人生は今幸せ? これから先は幸せになれない?」

「……俺は」

「答えなくていいよ。君がずっと辛そうな顔をしてたから訊いただけ。正しいとか悪いとか、そんな常識に縛られて苦しんでるくらいならさ、一旦全部捨ててみたら? 君が幸せになるために」



 夜流さんの体験に答える言葉は俺にはない。それでも彼女の言葉に、俺の視界は少しだけ広がった気がした。

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