薄幸王子の苦悩
リラの幼馴染がやって来た。
その切迫した状況から、リチャードは察する。
彼はきっと、リラを取り戻しに来たのだと……。
イヴァリースからやって来た男の名は、ヴァン・キッドマンだとリラから聞いたリチャード。
そのただならぬ圧ある声から、リチャードは彼がリラと深い関係であることを察していた。
当の本人曰く、ただの幼馴染と言い張っているが……。
同じ男として。
そして何より彼の必死さで、十分リチャードには伝わっていたのだ。
(十中八九、彼はリラに対してただならぬ好意を。つまり愛情を抱いてる……)
そう考えたら居ても立ってもいられなかった。
ヴァンの登場による衝撃で、リチャードはまた少々体調を悪くしてしまっている。
激しい動悸、息切れ、顔色も悪い。
「リチャード様。体調がもっとひどくなる前に、お休みください。応対は私だけで大丈夫なので」
そう気遣ってくれるリラに、リチャードは丁重に断る。
彼女が慮ってくれているのは有り難いが、今はそうも言っていられない状況だ。
もし自分がベッドで臥せっている間にヴァンの想いが届いてしまったら?
そんな薄情な女性だとは露とも思っていないが、彼との関係の深さをリチャードは知らない。
説得に応じて、その優しさが仇となり、彼と共に故郷であるイヴァリースへ帰ってしまったら?
想像しただけで、リチャードの目の前は真っ暗になる。
今まで暗闇の中で生き続けてきた彼に、一筋の光を差し込んでくれた女性……。
一目でその心の美しさに、憧れてやまない健康的かつ生命力の強さに、リチャードは心を奪われたのだ。
後にも先にもリチャードを受け入れ、リチャードもまた心の底から愛したいと思える女性は、きっとこの世にただ一人……。
リラしかいないと、そう信じて疑わない。
(自分はこれまで、多くのことを我慢してきた……)
自由に走り回れないことを、何度呪ったことだろう。
本来なら通うはずだった貴族学校にさえ、リチャードはその大病により通うことすら出来なかった。
何をするにも、この虚弱体質が足を引っ張る。
友を作ることも……。
普通に外を出歩くことさえ……。
リチャードはそんな普通で平凡なことすら望むことが許されず、ずっと耐え忍んできたのだ。
(誰にも心配をかけまいと、そう自分に言い聞かせて……やりたいことも全て諦めてきた……)
だが今、リチャードの中にどうしても譲れない想いが芽生えた。
(彼女だけは、リラだけは自分の妻として……。せめてこの命が続く限りは、彼女に側にいて欲しい……!)
それが自分勝手なワガママだと、自分自身がよくわかっていた。
常に自分のことより相手のことを優先してきたリチャードにとって、それだけ切羽詰まっている願いなのだ。
(もうすぐ尽きてしまうこの命だけど、せめてその間だけでいいから……)
リラがリチャードの乗る車椅子を動かそうとした時、リチャードは声をかけて制止した。
「自分なら大丈夫だよ」
「でも、リチャード様。唇の色まで紫になってます」
そういえばなんだか発熱どころか、血の気が引いて体温がどんどん下がっているような気がする……。
「ひざ掛けしてれば大丈夫だよ。それより、君の幼馴染みが訪ねてきてるんだ。是非ともご挨拶がしたいな」
「ヴァンに会いたいのでしたら、私から伝えておきますから。またリチャード様の体調の良い時に」
「リラ、それではお客人に失礼だよ。仮にも自分は、この国の第一王子だった人間だ。礼儀に反することはしたくないんだよ」
リラは優しいーー。
リチャードの体調を気遣いながら、リラは事務官があらかじめ用意していたひざ掛けをリチャードに手渡す。
それをリチャードがひざに掛けている間に、リラは後ろに回って車椅子を押してくれた。
甲斐甲斐しく世話をしてくれる一国の姫。
普通はこんなこと、あり得ないことだ。
さらに言うなら大切に育てられてきたお姫様が、他人の世話を文句も言わずやろうとはしないだろう。
身分が高くなればなる程、自分自身が丁重に扱われることに慣れているはずだ。
結婚相手の世話をいきなりすることになるような事態など、あり得ないのだ。
振り向き見上げると、そこには嬉しそうに、楽しそうに車椅子を押している少女の顔がある。
文句も言わず、不満を漏らさず、暗い顔もせずに。
彼女は心からリチャードの世話を進んでやっていることが、その表情と態度で十分に伝わる。
(これほど心の優しい、清廉な女性なんだ。誰もが恋焦がれて当然の、高嶺の花だ……)
ふと、よぎる。
ーー虚弱過ぎる自分では、彼女を幸せにすることなど不可能だ。
ずっと目を逸らしてきた。
考えないように、自分の残りの人生のことばかり考えてきた。
今になって、リチャードは後悔する。
自分勝手な願いの為に、この素晴らしい女性の人生を台無しにしようとしている、ということを。
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