イヴァリースからの訪問者
ここから登場キャラの紹介を、後書きで紹介したいと思います。
作者の覚書のようなものです。
よろしくどうぞ。
翌朝のこと、珍しくリチャードの体調がすこぶる良かった。
リチャードの体調と体力を鑑みて結婚式を執り行わないということなので、リラとリチャードは粛々と事務手続きを進める。
「ではこちらにリラ姫のサインを。それからここに捺印をお願いいたします」
「はい」
車椅子に座っているリチャードは、いつまた体調が悪化するのかわからないので一番最初に署名などを済ませていた。リチャードが隣で見守る中、リラは力みすぎてペンやテーブルなどを壊してしまわないように、震えながらサインを書く。
「大丈夫、落ち着いて。もし力加減を間違えてしまっても、替えはいくらでも用意出来るから」
「あっ、ありがとうございます」
これまで、リラが何か壊してしまわないか。
周りの者はいつも気が気でなかった。
リラもまた、そんなプレッシャーの中で常に緊張しながら生きてきたので、リチャードの心遣いが身に沁みる。
ここにはリラの破壊を恐れる者はいない。
少なくともリチャードはそうだ。
だけどそれでもリラは不安が募る。
自分のせいで、いつ何時リチャードを傷付けてしまうかわからないからだ。
呪わしい。
リチャードは褒めてくれるけど、リラにとっては枷でしかない。
深呼吸をして、最後の書類にサインをすれば事務的な意味で婚姻成立となる。
二人は晴れて夫婦となるのだ。
(そう思うと、また緊張してきた……っ! 落ち着いて、リラ。深呼吸よ!)
浅く、ゆっくりと、そして深く深呼吸をしていたら突然大きな声が外から聞こえて来た。
「突然の訪問、失礼致します! こちらにゴル・リラ・イヴァリース姫がいらっしゃるはず! 僭越ながら此度の婚姻に疑問を感じ、参上仕りました! リラ姫との面会を、何とぞ!」
遠く響く声に驚く。
リチャードと事務官が目を瞬かせていると、リラは二人とはまた違った驚きの表情になる。
「この声は……」
「リラ? この声の主に覚えがあるのかい?」
声のした方向、そしてセリフの内容から。
恐らくその人物は城門前で言葉を発していることになる。
にわかには信じられなかったが、城の者が突然の訪問者をおいそれと中へ通すわけがない。
城門前からここまで、どれほどの距離と遮蔽物があるというのか。
その声の大きさからリラの初訪問した時の出来事が思い返される。
「ヴァン……、私がイヴァリースにいた頃の近衛騎士です」
「近衛騎士が? どうして今頃になって?」
「さぁ……。ゲルタニアへ嫁ぐお話はきちんとしたんですけど」
本当にわからない、という風にリラが首を傾げながら次の言葉をさらりと言う。
「幼馴染ですから、もしかして結婚式に出席するつもりで来た……とかでしょうか?」
「お、幼馴染っ!?」
突然の幼馴染発言に、リチャードは胸を押さえて痛みを訴えた。
慌てて介抱しようとするリラに、リチャードは複雑な気持ちになる。
(異性の幼馴染が、隣国とはいえ結構な距離のある道のりを越えてまで会いに来てるんだ。言いたいことはひとつだろう……)
リラは相当に鈍いのか?
それとも本当に、その幼馴染ヴァンという者に対する情などその程度のものなのか。
どちらにしろリチャードはただならぬ声の持ち主の心境を察した。
(間違いない。これは……、花嫁を奪い返しに来たに決まってるじゃないか……っ!)
***
ヴァン・キッドマン、二十一歳。
代々近衛騎士を務める家系に生まれ、物心つく頃から父親により剣の稽古に明け暮れていた。
父親もまた国王付きの騎士であった為、三つ年下であったリラと出会い恋に落ちる。
姫付きの騎士になるには相当の腕前、そして人柄が大きく評価されなければいけない。
ヴァンは密かに想いを寄せるリラの近衛騎士に抜擢されるよう、剣の腕と内面を磨き続けて来た。
彼が十五歳の頃、他の騎士を圧倒する程の剣技と、爽やかな容姿と内面を持ち合わせる男にまで成長した。
誰もがヴァンを褒め称え、その人柄の良さにより同性のやっかみさえ跳ね除ける。
異性・同性からの憧れの的となる彼であったが、どうしても掴みたい心だけは掴むことが出来なかった。
「リラ様、どうしてあんな一方的な結婚の申し込みなど受けてしまうのです!」
ヴァンは歯を食いしばりながら、城門から数歩離れ、城が拝める位置まで来るとじっと見つめる。
あの城に、愛しの姫がいらっしゃる。
「あなたの側には、常に俺がいたじゃないですか! 俺じゃダメってことですか?」
苦しい訓練、鍛錬の日々を思い出す。
自分に告白してくる女性全てを、丁重に断りながらリラの笑顔を夢想した。
リラ姫以外の女性など、全く目に入らないとでも言うように。
「あなたに相応しい男になる為だけに、俺の人生全てを捧げて来た。それなのに……っ!」
横からヒョイっと出て来た見知らぬ男に、こうもあっさりと出し抜かれるとは思っていなかった。
姫付きの近衛騎士になってから、幼馴染ということもあり、慢心していたのかもしれない。
リラが心を許しているのはご両親以外に、自分だけだと……そう思い上がっていた。
「ひどいです、リラ姫……」
くうっと悔しがり、目頭が熱くなったかと思うと涙が滲んできた。
思い出す度に何度でも泣けてくる。
あの日の、リラから受けた最後の言葉。
『聞いてください、ヴァン! 私を花嫁にしたいという申し出があったのです! こんなチャンスはこの先、永遠にないのかもしれない。少し寂しくなりますが、お父様とお母様のことよろしくお願いしますね。今までありがとうございました』
「チャンスならすぐ側に何年もあったでしょう!?」
突然の大声に、城門兵が驚く。
思わず持っていた槍をヴァンに向けたが、彼の目にはもはや何物も映っていない様子。
むしろ城から離れてくれているので、これ以上刺激しない方がいいだろうという判断をした。
「少し!? 少しとおっしゃいましたか!? あれだけ長く共にいて!? それはないでしょう!?」
これだけ尽くした。
そう思っていたのは自分だけだったのかと、ヴァンは悔しくて悲しくて堪らなかった。
恋心は確かに隠していたけれど、ちらほらとアピールはしていたはずなのに、それが全くもってリラに届いていなかったことにショックが隠し切れない。
「リチャードと言ったか。どこの馬の骨とも知れない男に、美しき我が姫を渡してたまるか」
ヴァンからわずかに殺気が漏れる。
憎しみが増幅する。
「生半可な覚悟でリラ姫の側にいられると思うなよ」
古傷が疼く。
リラを守る為に受けた傷ではない。
リラから受けた傷が疼くのだ。
本作の主人公。
【名前】ゴル・リラ・イヴァリース。
【年齢】十八歳。
【髪色】黒褐色、ゴリラと同じ毛色。
【性格】ゴリラの恩恵のせいで苦労を強いられる人生だった為、他人に気を使いすぎる面がある。顔色を窺う傾向にあるので、自分のせいで周囲が暗くならないよう常に明るく振る舞うよう心掛けている。
【能力】霊獣ゴリラの恩恵。病などの抵抗力が強く、身体的にも頑丈。成人男性の十倍以上の腕力を有する。脚力も強く、三日程度なら休まず全速力で走り続ける程の体力がある。全てにおいて人間の平均能力を遥かに超える。