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病弱な薄幸王子は、死ぬ前に結婚がしてみたい

短編のあらすじで宣言してました連載版を始めさせてもらいます。

大まかには短編と変わりありませんが、新キャラや甘々展開、その他にも色んなイベントを入れようと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

「リチャードよ、最期に……何か望むものはないか」


 珍しく父王が寝室へ来たかと思えば、開口一番がそれだった。

 ゲルタニア国第一王子であるはずのリチャードは、ベッドに横たわったまま父親の顔を見上げる。

 蔑むように見下す瞳、まるでゴミ虫を見るような目つきに、リチャードは吐き気がしていた。


 リチャードが生まれた時、手足のあちこちが骨折した状態で誕生したのが全ての始まりだった。

 ほんの少しの衝撃にも耐えられない弱い体、病気に負けやすい抵抗力のない体、体調の良い日など年に数回あるかないかの日々。

 こんな脆弱な人間が一国を背負えるわけがない。ーーそんなことはわかっていた。

 それでもリチャードは、父から一切の愛情を与えられることのなかったこれまでの人生に、ようやく終止符が打てるのかと思うと、かえって安堵さえしていた。


「どうせなら……」


 ならばいっそのこと、最後の最後に困らせてやろうと思った。


「こんな自分でも……、せめて一度くらいは……、結婚というものがしてみたかったです……」


 それが父親だけではなく、その相手に選ばれてしまった女性にまで迷惑をかけてしまうことも、全て承知していた。

 だけどせめて最期の瞬間だけでもいいから、自分だけを愛してくれる人にーー自分の最期を看取って欲しいという思いがあった。

 そんなささやかな願いだけでも、リチャードはどうしても叶えたかったのだ。


 ***


 父親が寝室を訪れてから、数日経ったある日のこと。

 何やら外が騒がしいと思っていた矢先だ。いつも食事を運んでくれる世話係のメイドが、食事を持って来ることも忘れて寝室に駆け込んで来た。


「リチャード様! 大変です! いや、朗報です……?」

「……どっちなんだい」


 お腹から声が出せないリチャードは、吐息ほどの声量でメイドに問う。

 するとよほど急いで走って来たのか、メイドは「ちょっと待って」と両手を膝について、前屈みになりながら呼吸を整えている様子だ。

 どれほどなのだと思ったリチャード。いつも静かだった城内がこれほど騒がしいのは、弟のイーサンが誕生して以来なのかもしれない。

 まさか三人目の男子が生まれたなどとは考えたくなかった。

 ようやくメイドが顔を上げると、その顔は嬉しいような憐れむような、そんな複雑な表情をしている。


「で? 一体何があったんだい」

「それが……、リチャード様は隣国にあるイヴァリース国のこと、ご存知ですよね?」

「まぁ……。一般常識くらいは心得ているつもりだけど……」


 リチャードが次の言葉を待っている間、メイドは躊躇いながらも一気に答えた。


「イヴァリース国の姫君が! リチャード様との婚約を! 承諾したそうです!」

「…………え?」


 メイドの話によると、以前父王に訊ねられた「最期の願い」がどうやら叶ったらしい。

 父王はその後すぐに隣国であるイヴァリースの国王へ親書を送り、我が王子との婚約を了承してくれる手頃な令嬢がいるかどうか依頼したそうだ。


 どうせ非情な父親のことだ。

 家で飼っているペットに、めぼしいメスが余っていないかどうか。そんな尋ねた方をしたとしか思えない。

 実に相手のご令嬢に対して失礼なことだとリチャードは憤慨したが……、過ぎたことを言っても仕方ない。

 そして驚くことにイヴァリース国王はこれに快諾し、年頃のご令嬢……。しかも姫君を紹介して来たのだ。

 

 しかしそれが言葉の通り事実であるなら、ここまでバタバタするはずもない。

 問題はその姫君にあった。


「イヴァリース国の姫君といえば、まさか……白鴎山はくおうさんに住む霊獣の名を揶揄してあだ名をつけられたという、あの……?」

「そうです! 隣国で有名な、あのゴリラ姫が……。リチャード様との婚約を受け入れたんですよ!」


 この世を去る前に、こんなハプニングが用意されているとは思っていなかった。

 思わず上半身を起こしてしまう程に驚くリチャード。

 父王に対して嫌がらせをしたはずが、こんな嫌がらせで返されるとは思ってもいなかったリチャードは、自嘲気味に微笑みながら、胸を押さえた。


「あっ、持病のお薬がまだでしたよね! 申し訳ありませんでした! 今すぐ用意いたします!」


 パタパタと慌てて出ていくメイドに、リチャードは再びベッドに横たわると、窓の外に広がる世界に想いを馳せた。

 そしてすぐまた、憂鬱な気持ちが頭の中を駆け巡る。


(ゴリラ姫と噂される隣国の姫君が、自分の妻になるかもしれない……)

(あまり良くない噂ばかりのゴリラ姫なら、と。父王は思ったのだろうか……?)

(噂のご令嬢のことで頭が一杯になって、自分の薬を忘れてしまう程……自分はちっぽけな存在なのだな)


 そんな風に思っても、誰も責める気になんてなれなかった。

 本来ならこんな、誰かに世話をしてもらわなければ生きていくことすらままならない自分を、こうやってきちんと面倒を見てもらえるだけでも、十分有り難いことなのだから。


 外の景色を眺めながら、ぽつりと呟く。


「一度でいい。野原を駆け回ってみたかった……。さぞかし、気持ちいいんだろうな……」


 ***


 ゴリラ姫と称されるイヴァリース国の姫君が、ゲルタニア城を訪問する日のこと。

 運よくこの日はリチャードの体調もすこぶる良くて、初顔合わせには最適だと思われた。

 例え相手が、剛力と獰猛な見た目で知られる霊獣「ゴリラ」のあだ名を冠する姫君であろうと、失礼があってはならない。もしかしたらこの機を逃せば、自分のような何の役にも立たない人間に嫁ごうなどと考える女性は、この先一生現れないのかもしれないのだから。

 しっかりと食事をして、決められた薬を服用し、食休みをしていた時だ。


 ドォンという、重く響く音がしてリチャードは驚く。

 地震かとも思ったが、この地域で地震が起きることなど非常に稀だ。

 そんなことを考えていると、再びドォンという音が鳴り響く。

 その音は気のせいか、だんだんとこちらへ向かって来ているような。音と振動が徐々に大きくなっているように感じられた。

 嫌な予感がしたリチャードは、ベッドの側にある車椅子に移動して、窓から外を覗いて見る。


「なっ……っ!? まさか……嘘、だろ?」


 城の中庭を見下ろすと、そこに巨大な牛のような生物が倒れていた。

 いや、そうではない。巨大な牛の魔物、ベヒーモスは何者かに持ち上げられてここまで運ばれたのだ。

 よく見ると、そこには純白のドレスに返り血を浴びたーー若く美しい娘が輝かしい微笑みで城を見上げている。


「この度は縁談のお話をくださいまして、ありがとうございまああす! 私、イヴァリース国より参りましたゴル・リラ・イヴァリースと申しまああす! これ、戦利品……じゃなくて。つまらないものですが、贈呈品? 素材にもなるし、お肉も締まっててとても美味しいので! どうぞよろしくお願いしまああす!」


 ベヒーモスを抱えたまま、彼女はそう告げた。

 一体どうやったら城全体に響き渡る程の声量が出せるのか、いや……それ以前におかしいと思える部分は山ほどあった。しかし、そんな圧倒的な彼女を前に、リチャードが思ったことはただひとつ。


「か、彼女が例のゴリラ姫……? 自分の妻になるかもしれない女性……? あんなに元気で強くて、美しい姫君が自分なんかと……?」


 長い療養生活の中で、複数の人間とのコミュニケーションを取ることなく過ごしてきたリチャードは、思考が少しばかりズレていた。 

不定期更新となります。

続きが気になるけどチェックし続けるのが面倒という方は、ブクマ登録して更新通知を設定してもらえたらいいかと思います。

よろしくお願いします。

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