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9.改めまして、初仕事です

 そうして次の朝、私たちは張り切って宿を後にした。馬車は宿に預けて、徒歩で町の外に出る。仕事中なので、きっちりと隊列を組んで。


 先頭はクライヴさんで、その後ろをアンドリュー様とベリンダ様が並んで歩く。さらにその二人を守るようにギルバート様がすぐ後ろにつき、最後尾は私とレイ。


 馬車の時とは違い、今回は特にもめなかった。そわそわしながら私の隣に来ようとするアンドリュー様を、ベリンダ様とギルバート様が息の合った動きで阻止し、さらにレイも無言でかばってくれたのだ。


 前のほうからは、クライヴさんの困ったような声が聞こえてくる。ギルバート様とベリンダ様も、さっきから何事か話している。三人がかりでアンドリュー様をなだめているようだった。


 聞こえてくる内容からすると、どうやらアンドリュー様は私と引き離されたせいでふてくされているらしい。子供みたいだ。


 ひとまずそちらは三人に任せておくことにして、のんびりと歩きながら周囲の景色を眺める。


 町のすぐ外には草原が広がっている。そして今日はよく晴れていて、ぽかぽかと温かい。すぐ前で起こっている騒動を除けば、のどかそのものの光景だった。


「平和だなあ……」


 空を見上げながら、小声でつぶやく。隣のレイが、聞こえるか聞こえないかの声で返してきた。


「アンドリュー様がすぐそこにいる状態でそう言えるって、やっぱり君って図太いよね」


「だって、こうしてみんな力になってくれてるし。それに一年も一緒にいれば、アンドリュー様も目が覚めると思うの。今のあの方、私のことを妙に美化しているみたいだし。というかレイ、仮にもレディに対して図太いって何よ」


「褒めてるんだよ。僕もそれくらい図々し……図太くなれたらなって」


「さらにひどいこと言ってない?」


「褒め言葉、褒め言葉」


 そんなことを話している間に、風景は草原から明るい森へと移り変わっていた。木々の間にかろうじて道のようなものはあるけれど、大小様々な岩が転がっていて歩きづらい。


「クライヴ殿、私が道を作りましょうか」


 土の魔法を使えるギルバート様が、がたがたの道を見ながらそう言った。


「いや、いい。この先にはできるだけ一般人を近づけたくないんだ」


 答えるクライヴさんの顔が、ほんの少しこわばっている。どうやらこの先が、私たちの目的地らしい。


 互いに手を貸し合いながら、どんどん先に進んでいく。と、いきなり目の前が開けた。


 森の奥に、なぜかぽっかりと草地が広がっていたのだ。物置小屋くらいなら建てられそうなくらいの広さの、真ん丸の草地だ。奇妙なほどにきれいな円形で、何だか薄気味悪い。


 あれ、今草地の真ん中に何かが見えたような。空気そのものが揺らめいているような、そんな感じだ。水の流れや真夏のかげろうにも似ている。何かあるのかな。


 首をかしげながら、つい一歩踏み出した。とたん、クライヴさんの鋭い声が飛んでくる。


「シンシア、下がってくれ。全員、草地の外周で待機だ」


 あわてて下がると、クライヴさんが私たちを見渡して、それから草地の中央を見つめた。


「ここが今回の目的地だ。……なるほど、報告通りだな」


 クライヴさんはそう言って、慎重に草地の中央に向かっていく。手に小さなトランクを提げて。


 彼の行く先、草地の中央に目を凝らす。そこにはやはり、何かがある。地面からわき上がり、空に向かって流れる川のような何かが。


 クライヴさんはその川から数歩離れたところで立ち止まり、私たちに向き直った。


「これは、マナの泉と呼ばれるものだ。……ではベリンダ様、マナについての説明を頼む」


 そう尋ねてくるクライヴさんは、まるで講義中の先生のようだった。というかこれは、仕事兼新人研修なのだろう。


 ベリンダ様は一瞬びくりとして、それからゆっくりと話し始めた。


「マナとは、魔法粒子とも呼ばれ、魔法を使う際に消費されるものですわ。魔法の素質のある者にしか感知できない、とも聞いております。わたくしたち魔法使いは、身の内に宿るマナを用いて魔法を使います。空気中のマナが濃いところであれば、そちらも使えますわ」


「正解だ。次はギルバート様、マナの分布等についての説明を」


「マナは自然界に広く分布していて、場所により濃度が異なる。たまに、大量のマナが特定の場所に集中することがあるが、そういった場所はマナの泉と呼ばれる。多人数での大掛かりな魔法を使う場合にはマナを大量に消費するので、マナの泉のそばで行うことが望ましい」


「さすがはギルバート様。それではアンドリュー様、マナの泉の注意点は何でしたか?」


「わ、私か? ……マナの泉には高濃度のマナが集まっているため、長時間触れていると健康に害を及ぼすことがある……ええと……それと……ああ、確か短時間の接触であっても、何らかの異常をきたすこともある……だったか?」


「その通りだ。したがって、マナの泉らしき場所が発見されると、我々魔法省の職員が調査のために派遣されることになっている。具体的な調査は、このようにして行う」


 そう言って、クライヴさんはトランクから細い棒のようなものを取り出した。長さは肩幅くらい、太さは指二本分くらいの、真っ黒でつややかな棒だ。


 クライヴさんは棒の片方をにぎって、もう片方の端をマナの泉に突っ込んだ。次の瞬間、棒全体から鮮やかな虹色の光が放たれる。


「それではシンシア、この器具の名称と、この虹色の光が意味することは分かるだろうか?」


 あの棒は初めて見たけれど、マナの泉に突っ込むと光る器具の話なら知っている。


「その器具は魔導具の一つである、マナ測定器です。全体から放たれる虹色の光は、マナの濃度がとりわけ高いことを意味します。この近くでなら、魔法がほぼ使いたい放題になります。使ったそばから空気中のマナを取り込み、回復することができますから」


 私の答えを聞くと、クライヴさんはにっこりと笑った。よし、私も合格だ。というか、割と簡単な質問だった。


 もっとも、魔導具を実際に目にしたのは初めてだ。魔導具は製造も管理も全て魔法省が担当していて、情報すら外にはほとんど出てこない。マナ測定器などの数種のみが、一般に公開されている。


「正解だ。最後にレイ、こうして発見されたマナの泉はどう取り扱われるのか、答えてくれ」


「マナの泉及びその周囲は隔離され、魔法省の管轄となります。それと同時に、一般人の立ち入りは禁じられます。マナの泉は危険ですが、同時に魔法使いにとってはとても便利なものです」


 いつもはぶっきらぼうで砕けた口調のレイが、論文のようなきちんとした口調で答える。こういう時の彼は、普段よりずっと凛々しく、かっこいい。


 つややかな黒髪に、夢見るような淡い金の目、ちょっと女性的で繊細な面差し。


 いつも一緒にいるせいかあまり自覚しないけれど、彼もかなりの美形ではある。ギルバート様のような力強さや鋭さには欠けるし、アンドリュー様のような派手さもないけれど。


 そういえば王立学園にいた頃、たまに女生徒に尋ねられることがあった。レイって好きな子とかいないのかな、あなた知ってる? と。


 そのたび、たぶんいないと思う、と返していたけれど、もしかしてレイって結構女の子に人気があったのかも。


 そんなことを考えている間に、クライヴさんは次の作業に取り掛かっていた。


 彼はマナ測定器をトランクにしまいこんで、代わりに黄土色に輝く球を二つ取り出したのだ。手のひらにちょうど収まるくらいの、つやっつやの綺麗な球だ。


「それでは今から、マナの泉の隔離作業を実際に行ってもらう。泉の中に入らないよう気をつければ、あとは簡単な作業だ。一度経験すれば覚えられるだろう」


 クライヴさんは私たちを二手に分け、それぞれに輝く球を渡してきた。それを受け取ったベリンダ様が、ちょっとはしゃいだ声を上げる。


「まあ、魔法の気配がしますわ。もしかしてこれも、魔導具かしら」


「はい、ベリンダ様。この球には土の魔法が込められていますね」


 楽しそうに目を見張っているベリンダ様に、ギルバート様がすぐに答えた。


 二人の後ろでは、アンドリュー様が口をとがらせている。どうやら魔法の素質がないせいで、魔法の気配が分からないのが悔しいらしい。


 アンドリュー様はやっぱりまだ、魔法の素質がないことを気にしているのだろうか。


 彼はあくまでも一年間、魔法省の臨時職員としてここにいるだけなのだし、魔法の素質がなくてもどうということはない。そもそも正式な職員の中にも、素質を持たない者はたくさんいるのだ。


 などと言ってやったとしても、たぶん彼は難しい顔をしたままなのだろうなという気がする。それにうっかり親切にしてしまったら、こないだみたいにまた惚れ直されないとも限らない。


 そんな考えを振り払って、レイと組んで作業を始める。


 球をしっかりと胸元で持って、魔法を使う時と同じ要領でマナを注ぎ込む。そのまま、草地の外周をぐるっと歩いた。私とレイは時計回りに、アンドリュー様たちは反時計回りに。


 私たちが歩いてきた後の空中に、光の帯のようなものが浮かび上がる。それはつながって、草地を囲む一本の光の輪となった。クライヴさんはマナの泉から少し離れたところで、私たちの作業を見守っている。


「よし、それでは全員、俺のそばに集まってくれ」


 そう言うと、クライヴさんは二つの球を受け取って、そのまま光の輪のところまで歩いていく。ポケットから小さな金属の錠前のようなものを取り出して、光の輪にぶら下げた。


 球を手にして、クライヴさんは深呼吸する。彼の周りに、マナが集まっていくのが見えた。


「大地よ、堅牢なる壁となれ!」


 クライヴさんがそう叫んだ次の瞬間、マナの泉と私たちを囲んでいた光の輪が、いきなりまばゆく輝いた。


 と思ったら、いきなり地面から壁がせりだしてくる。その壁は光の輪を飲み込んで、さらに上へ上へと伸びていった。


 あっという間に、この円形の草原は高い岩の壁に取り囲まれてしまった。上を向くと、同じような岩の天井が目に飛び込んできた。


 あれ、閉じ込められたのかなと焦りながら辺りを見渡すと、岩の壁に頑丈な扉がついているのが見えた。ちょうど、クライヴさんがさっき錠前をぶら下げたところだ。


「魔導具について、一つ補足だ。このように魔導具を用いることで、自分の属性とは異なる魔法を使えるようになる。今のは、土の魔法だな」


 その言葉に、アンドリュー様がぱっと顔を輝かせた。


「そうだったのか。ならば魔導具を使えば、私も魔法を使えるのだろうか?」


「いや、さすがに魔法の素質がないとどうにもならないんだ。マナを感知し、操作することができなければ、魔導具を起動することすらできないからな」


 その返事に、アンドリュー様は一転して分かりやすく落ち込んでしまった。みんなが見守る中、彼はうつむいてつぶやき始める。


「結局、魔法の素質がないとどうしようもないのか……口惜しい」


 しょんぼりしていたアンドリュー様が、ふと何かを思い出したように顔を上げた。


「そういえば魔法の素質は、突然目覚めることもあると聞いた。魔法やマナに触れることも、そのきっかけになるとか……」


 彼の視線の先には、マナの泉。そうして彼は、こともあろうにマナの泉に向かって歩き出した。

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