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8.仕事というより、これって旅行?

 ベリンダ様が何気なく口にした言葉に、私もレイも何も言えなかった。ちょっと待って、今なんて。


 私とギルバート様が、婚約? アンドリュー様をあきらめさせるために? あれ、なんかとっても頬が熱い。間違いなく、今の私は赤くなっている。


 そんな顔を隣のレイに見られたくなくて、とっさに両手で頬を押さえて反対側を向く。


 ベリンダ様は私の様子に気づいているだろうに、おっとりと言葉を重ねていた。でも気のせいか、その顔がほんの少しこわばっているようにも思えた。


「あなたはずっと、ギルバート様に憧れていたのでしょう? だったら、問題ないのではないかしら。あなたは男爵家の令嬢ですけれど、あの王立学園の首席ですから」


「あ、あの」


「アンドリュー様には酷ですけれど、そうすればさすがのあの方もあきらめると思いますわよ。そのためなら、ギルバート様も協力してくださると思いますわ。今、ギルバート様には婚約者はおられませんし」


 とんでもないことを話し続けるベリンダ様を、あわてて止める。両手と、ついでに首をぶんぶんと横に振って。


「あのですね、ベリンダ様! おそれ多くて無理です!」


 その勢いに、ベリンダ様がきょとんとして小首をかしげた。隣のレイが、微妙な顔で目を細めてこちらを見ている。


「ギルバート様は確かにとっても素敵な方ですし、見ていると幸せな気分になります。でも、そうやって近くで見ていられるだけで幸せなのであって、婚約したいとかそんな図々しいことを願ってる訳じゃないんです!」


 その言葉に先に反応したのは、レイのほうだった。


「相変わらず、訳の分からない主張だよね。好きなんだったら、近づけるチャンスを逃したくないって、普通はそう考えると思うよ? 見ているだけでいいって、ほんと何がしたいのさ、君は」


 レイは心底あきれたといわんばかりの顔をしている。王立学園にいた頃からずっと、ギルバート様の話題になると、だいたいレイはいつもこんな感じの態度になる。


 もしかしたらレイは、ギルバート様のことがちょっぴり苦手なのかもしれない。


 目を丸くしているベリンダ様から視線をそらし、隣のレイを見すえる。


「だから、こうしてギルバート様と一緒に魔法省で働けるようになった、それだけでもうこの上なく嬉しいの。私は現状で十分すぎるくらいに満足してるのよ。……アンドリュー様のことさえなかったら、だけど」


「ううん、やっぱり分からない。どうしてそこで満足しちゃうかな? 今ならベリンダ様の後押しもあるんだよ?」


「だって、ギルバート様と私じゃ、いくらなんでも釣り合わないんだもの。あの方にはもっとしとやかな、淑女の中の淑女が似合うんだから。ギルバート様の隣に誰かが立つのなら、こう、いかにもお似合い! って感じの女性でなきゃ駄目」


「じゃあ、君がその淑女の中の淑女を目指せば? 憧れの人のためなら、できるんじゃない? 君、努力は得意だし」


 レイの声がどんどん不機嫌になっていく。今日はいつになく食い下がるなあ。


「し、淑女だなんて私には似合わないって、あなたにも分かってるでしょ? 私は学問は得意だけど、気が強いし思ったことはばんばん口に出すし。淑女の中の淑女なんて、そもそも向いてないのよ」


「確かにね」


「あっ、ひどい! 即肯定しなくても! ここは社交辞令でも何でも、そんなことないよって言うところでしょう!」


「僕はそういう社交辞令を言えるような人間じゃないって、君はよく知ってるよね」


「知ってるけど、ちょっとくらいおまけしてくれたっていいじゃない」


 そうやってわいわいとやり合っていると、ベリンダ様がくすりと笑った。先ほどまでの上品な微笑みとはまるで違う、とても無邪気な笑みだった。


「ふふ、ほんとに仲がいいんですのね。でもそれなら、わたくしの提案は没ですわね。気長にアンドリュー様から逃げ回ってくださいまし。……でもアンドリュー様にも、あれでいいところはあるんですのよ?」


「シンシア、一応聞いとけば? 今後の参考に」


 それをきっかけに、お喋りは別の方向に向かっていった。アンドリュー様の話から、日々のちょっとしたことなど、次々と思うまま三人で話していく。


 そういえば王立学園に入学してからというもの毎日が忙しくて、レイ以外の人間とこんな風に世間話をしたことはなかった。


 こういうのも、いいな。そんなことを思いながら、アンドリュー様の問題については一時棚上げにすることにした。今は思いっきり、この時間を楽しみたい。


 そうして和やかにお喋りする私たちを乗せて、馬車は軽やかに進んでいった。




 夕方頃、町にたどり着いた。落ち着いた雰囲気の、のどかな町だ。


 今回の仕事の目的地はこの町の近くにあるとかで、今日はこのまま宿に泊まることになっている。そうして明日の朝、徒歩で目的地に向かうのだ。


 私たちはみな、魔法省の職員としてここに来ている。だから用意されていた宿も、当然ながらごく普通の……いや、普通よりはちょっと豪華かも……といったくらいの宿だった。


 倹約生活に慣れている私やレイ、ずっと魔法省で働いているクライヴさんはともかく、他の三人にとってこの宿は地味で質素にすぎるのではないか。


 そう思いつつ、三人の様子をうかがう。


「まあ、こぢんまりとして可愛らしいおうちですのね。ここに泊まるんですの? わくわくしますわ」


「うむ、そうだな。……っと、わ、私はお前に同意したのではなく、シンシアと同じ宿に泊まれることを楽しみにしているのだからな」


「アンドリュー様、わざわざ念を押されずとも、みな分かっております。……しかし、中々趣味の良い宿ですね」


 どうやら三人とも気にしていないようで、ほっとする。


 いや、アンドリュー様に関してはほっとしてはいけないのかもしれない。どちらかというと「こんなところに泊まれるか!」とか何とか言って、よそに移ってもらう流れになったほうがありがたかったかもしれない。


 そういえばベリンダ様はアンドリュー様のいいところとして「大らか」といった点を挙げていたけれど、こんなところでそれを発揮しなくても。


 そんなことを考えつつ客室に荷物を置いて、宿の食堂でみんな一緒に食事をとる。それから夜の庭でお茶を飲みながらのんびりして。そうやってくつろいでいたら、レイが小声でささやいてきた。


「……僕たちって、仕事しにきたんだよね。でもなんだか……ただの旅行みたいだ」


「うん。連れの人たちがちょっと豪華だけど、普通に楽しいわ。これでいいのかな?」


 二人で首をかしげているところに、クライヴさんの声が割って入る。


「なあに、本気を出さねばならないのは明日だ。今日はしっかりと、旅の疲れを癒してもらわないとな。つまり、くつろぐのも仕事のうちだ」


 どうやらクライヴさんは、宿の大浴場で一風呂浴びてきたところらしい。火照ってつやつやした顔で、片手に木のカップを持っている。


 それからおいしそうに、カップの中身をぐいっと飲んだ。お酒かな。


「これはこの辺りの名産品、牛乳と果物を加工したジュースだ。さわやかな酸味と蜂蜜の甘さがとてもうまいんだ。厨房で頼めば出してもらえるぞ。経費で落ちるから、遠慮しなくていい」


 そう聞いたら、気になった。飲んでみようかなと厨房のほうを向いたとたん、目の前にカップが差し出された。


 そこには、白い液体がたっぷりと満たされていた。ヨーグルトに似た、まろやかでさわやかな香りがする。


「さあシンシア、受け取ってくれ。君が気に入ると思って、急ぎ取ってきたのだ」


 わくわくした声でそう言いながらカップを差し出しているのは、アンドリュー様だった。目を丸くしながらちょっと悩んで、素直にカップを受け取る。


 そのまま一口飲んでみた。確かにおいしい。さわやかで甘くて、ほんのり果物の香りがして、後味がすっきりしている。


「……ありがとうございます。とてもおいしいです」


「ああ、君の口に合ったようで嬉しい。わざわざ厨房まで取りにいったかいがあった」


 そう言ってアンドリュー様は幸せそうに両手で胸を押さえていた。どうやら彼は、大急ぎで私の分だけを取ってきたらしい。


「アンドリュー様、彼女の分だけを取ってきてどうするのですか」


「そうですわ。どうせなら、みんなで一緒に飲みましょう」


 そんな言葉と共に、ギルバート様とベリンダ様が歩み寄ってくる。二人は両手にカップを持っていて、その片方をアンドリュー様とレイに差し出した。


 みんな同じカップを手にして、視線を見かわす。それから同時に、ジュースを飲んだ。さっきよりもおいしく感じられるのは、気のせいかな。


「うむ、青春だな! やはり若者には、健全な青春がよく似合う!」


 クライヴさんが、そんなことを言って豪快に笑っていた。つられるようにして、自然と笑いが浮かんでくる。


 気づけばみんな、笑っていた。何だか不思議なくらいに、心が穏やかになっているのを感じた。

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