4.憧れの新生活は前途多難
波乱だらけの卒業パーティーから一か月後。私は、意気揚々と魔法省に出勤していた。すっきりとしていてかっこいい、魔法省の制服に身を包んで。袖を通しただけで、妙に心が浮き立った。
王都の静かな一角、様々な役所がある区画の一番端っこ、そこには広々とした草原が広がっている。
そのど真ん中に、魔法省の建物がぽつんと建っていた。他の建物とはまるで違った、妙に曲線的で風変わりな見た目をしている。
この王都は土地不足で、他の区画にはもうぎっちぎちに建物が建っているし、城下町を囲む防壁の外側にまで、もう色々な建物が建てられてしまっている。
そんな状況でこんなにぜいたくに土地を使っているという意味では、魔法省は少々変わった存在でもあった。もっともこの立地には、ちゃんとした理由があるのだけれど。
凝った装飾が施された正面玄関を通りホールに入ると、レイが声をかけてきた。
「おはよう、シンシア。気合入ってるね。定期試験の日みたいだ。いや、それよりもかな」
彼もまた、魔法省の制服を着ている。学園で見慣れた姿と違うせいか、何だかちょっぴりかっこよく見える。
「だって、今日が魔法省勤務の初日だもの。自然と気合も入るわ。……レイは、いつも通りみたいだけど」
「まあね。僕は自然体のほうが、何事もうまくいくから。それにしても、魔法省ってやっぱり他の役所と雰囲気が違うね。外も、中も」
レイがゆっくりと、辺りを見渡している。魔法を駆使して建てられたらしいこの建物は、構造から装飾から、とにかく特殊だった。
壁は斜めにせり出して、そのまま美しい弧を描いた天井とつながっている。しかも壁にも天井にも、やけに細かく優雅な装飾が施されているのだ。外観も綺麗だったけれど、内側も中々しゃれている。
「そうね、ここは色々と特殊なところだから。組織も、場所も、人も」
ここ魔法省は、国王直属の特殊な組織だ。この国では、魔法の素質を有する者は魔法使いと呼ばれ、登録が義務づけられている。
そして魔法省は、魔法使いを探し出したり、管理したりといったことを主な職務としている。
さっくり言うと、魔法に関すること全般を一手に引き受けているのだ。その中には、魔法の研究なども含まれる。魔法省の職員には、魔法使いも多いのだ。
だから、万が一魔法などが暴発した時に備えて、草原のど真ん中に建てられているのだ。
喉から手が出るくらいに空いた土地が欲しいであろう貴族たちも、さすがに魔法省の近所には住みたくないらしい。おかげで、魔法省の周囲の草原はそのままの形で残されている。
ちなみに、あの草原の管理も魔法省の仕事だ。よその省庁の人間はみんな怖がって、近づきたがらないのだそうだ。確かに、いつ魔法の流れ弾が飛んでくるか分からない場所ではあるし。
「まあ、特殊っていうなら僕たちもだけど、ね」
そう言って、レイが肩をすくめた。実は私とレイも、魔法使いの一人なのだ。私は光の、レイは闇の魔法の素質を持っている。どちらも、とても珍しい属性なのだ。
「もっとも私たち二人とも、魔法は使えないけどね」
「学園に入ってから、素質持ちだって判明したからね。僕も君も」
「しかも学園にいる間はとにかく勉強で忙しかったから、魔法を練習してる暇なんてなかったし。……それに、珍しい属性ということもあって、気軽に練習できなかったから」
「まあ僕が魔法を使うことは、まずないね。ちょっと独特な属性だし」
ホールで二人話し込んでいたら、かつかつという足音が近づいてきた。
大股に歩み寄ってきたのは、やけに背の高い、がっしりとした中年男性だ。私たちのものと同じ制服を着ていて、鮮やかな赤毛が印象的だ。
彼は私たちの前で勢いよく立ち止まり、さわやかに笑った。親しみやすい感じではあるけれど、でもほんの少し暑苦しい。
「君たちが、今年の新人だな?」
私とレイはお喋りを止め、同時に男性に向き直った。
「はい。シンシアです。頑張ります!」
「僕はレイです。よろしくお願いします」
「うむ。俺はクライヴ、ここの職員だ。このたび、君たちの教育係に任命された。これからよろしく」
クライヴさんはきびきびとした動きで、手を差し出してくる。もしかしてこれは、握手を求めているのだろうか。
ためらいながら、クライヴさんの手に触れた。彼はしっかりと私の手をにぎり、うんうんと大きくうなずいている。
それからクライヴさんは有無を言わさずレイの手をにぎって、やはりさわやかに笑っている。少々熱血な感じがするけれど、悪い人ではなさそうだ。レイのほうは珍しくも戸惑っているけれど。
「それでは、さっそく研修に移ろう。大丈夫だ、さほど難しいものではないからな。君たちは王立学園でとても優秀な成績を修めたと聞いた。だったら、研修などあっという間に終わるだろう」
そう言ってクライヴさんは私たちを奥に案内しようとする。だが私たちには、一つ疑問があった。
「あの、新人は私たちだけですか? その、他にもう一人か二人くらい、来ることになっているような……」
それだけで、クライヴさんは私の言いたいことを察してくれたらしい。身をかがめ、声をひそめた。
「……アンドリュー様とベリンダ様については、臨時職員という扱いになった。失礼があってはいけないので、上官が教育係につくことになっている。ギルバート様も、そちらのお二人と一緒に行動されることになった。アンドリュー様の側近だから、当然といえば当然だが」
うーん、ちょっと残念。ギルバート様も新人同士だし、研修くらいは一緒に受けられるかなって思っていたのだ。
でもまあ、仕方ないか。ギルバート様は私たちと同じ正式な職員だし、またどこかで姿を見かけることもできるだろう。
そう思い直して、クライヴさんと一緒に講義室に向かおうとしていた、その途中。辺りに場違いな大声が響き渡った。
「だから、私もシンシアと共に研修を受けるのだ! 特別扱いは不要だ!」
この堂々とした高らかな声は、間違いなくアンドリュー様の声だ。
「アンドリュー様。今の貴方は魔法省の臨時職員という立場です。一般の職員とは立場が異なります。それに王太子たるあなたを、特別扱いしない訳にはまいりません」
続いて、ギルバート様の涼やかな声が聞こえてくる。とっさに制服の埃を払って、姿勢を正して声のほうを向く。
廊下の曲がり角から、アンドリュー様がじりじりと姿を現した。
彼は、必死にこちらに近づこうとしているようだった。その腕には、しっかりとギルバート様がしがみついている。さらに彼らの後ろでは、ベリンダ様がおろおろしていた。
みんな、私たちと同じ魔法省の制服だ。臨時職員であるアンドリュー様とベリンダ様だけ、スカーフの色が違う。
アンドリュー様は来なくていいから、ギルバート様だけ来ないかなあ。
そんな私のささやかな願いもむなしく、アンドリュー様はギルバート様を引きずるようにして私たちのところまでたどり着いてしまった。二人とも、大いに息が上がっている。必死の攻防があったようだ。
「ああ、やはり運命は、私を君のもとに導いてくれるのだな、シンシア……! どうか、君と一緒に新人研修を受けさせてくれ」
アンドリュー様はロマンティックな声音で、何とも微妙なことを言っている。その落差にむずがゆいものを覚えながら、クライヴさんをちらりと見る。
「あの、クライヴさん。このまま放っておいたら、アンドリュー様が研修室に乗り込んできちゃいますよ」
小声でそう呼びかけると、クライヴさんはびくりと身を震わせ、それから気まずそうにアンドリュー様に行った。
「あ、あー……その、俺はアンドリュー様の教育係はおおせつかっていませんし……大体俺は敬語がどうも苦手で」
「ふむ、君がシンシアたちの教官だな。私は君の下につき、君から教えを受けたい。いわば、君は私たちの師となる。ならば、君が私に敬語を使う必要はない」
アンドリュー様はとんでもないことをさらりと口にし、呆然としたクライヴさんのところまで歩いてくる。なおもアンドリュー様を止めようとしているギルバート様と、困った顔のベリンダ様も一緒に。
「……結局、こうやって五人集まっちゃった、と」
隣に立つ私にだけ聞こえるような小さな声で、レイがつぶやいた。
私は頭を抱えたいのをこらえながら、なおも楽しそうに話しかけてくるアンドリュー様の話を聞き流していた。
一生懸命頑張ってつかみとった新生活は、一筋縄ではいかないものになりそうだった。




