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35.元通り……とはちょっと違う日常

 朝。さわやかに目覚め、魔法省の制服に着替える。


 髪をとかして、薄くお化粧。鏡の前でくるっと回って、身だしなみをもう一度確認。うん、いい感じ。鏡の中の私は、とっても元気な笑みを浮かべていた。


 軽い足取りで部屋を出て、玄関ホールに向かう。そこにはレイが私を待っていて、ちょっぴり眠そうな顔であいさつしてきた。


「おはよう、シンシア。……ふわあ」


「レイったら、また夜ふかししたの? ほら、寝ぐせついてる。ちょっと待って、今直すから」


「ん、ありがと。……それが、魔法省の書庫から借りてきた本が、すっごく面白くて……今度、君も読んでみるといいよ」


「そうね、あなたに勧められた本はどれも面白かったし。レイって、目利きがすごいんだなあって、いつもそう思ってるの」


 手早くレイの髪を整えて、二人一緒に寮を出る。よく晴れた、穏やかないい日だ。


「ほら、僕ってこれでも一応豪商の養子だし、目利きについても教わってるんだよ。あ、でも……」


 隣を歩くレイが、ふっと金色の目を細めて私を見つめる。最近彼は、こんな風に甘やかな表情を見せるようになっていた。


「……他でもない君のためだから、とびきりの物を選びたいなって、ずっとそう思ってたんだ。君の喜ぶ顔が見たかったから」


「そ、そうだったのね。自分の鈍さを思い知らされたわ。……あの、レイ。一つ、聞いていい?」


「一つと言わず、いくらでもどうぞ」


 嬉しそうに笑うレイから目をそらし、ぼそぼそとつぶやく。頬が熱くなるのを感じながら。


「……その、あのね。あなたは私のことが好きだって言ってたけど……いつから、なの?」


「最初から」


 レイは全く気負うことなく、さらりとそう答えてきた。


「三年前、王立学園に入ってすぐに、僕は貴族たちに目をつけられた。それでも僕は、学業について一切手を抜くつもりはなかった」


 少しも気負うことなく、淡々と彼は語る。


「あんな連中、まともに相手するのすら馬鹿らしいって思ってたよ。だから徹底的に無視してた。それでも、うっとうしいことに変わりはなかったけどね」


 懐かしそうな声に、そろそろと彼のほうを向く。彼は金の目を優しく細めて、私をまぶしそうに見つめていた。


「でもそこに君が現れて、あいつらを追い払ってくれた。格上の貴族たちを見事にやりこめた君は、とってもかっこよくて、輝いてた」


「あれは……単に私が、実家なんてどうとでもなれって思ってたから……だから、立場なんて気にせずに、言いたいことを言うことができたのよ」


 レイが引き起こした騒動の後始末もどうにかこうにか終わった後、私はレイに自分の本当の事情を、継母たちから逃げているのだという事情を打ち明けた。


 そうしようと思ったきっかけは、今回の事件だった。彼は私への思いをひた隠しにした結果、あんなややこしいことになってしまった。彼がもっと早く打ち明けていてくれたらと、幾度となくそんなことを思った。


 だからこの機会に、私も隠していた事情を話そうと思ったのだ。この秘密のせいで、また大変なことになってしまったら、悔やんでも悔やみきれないし。


 そうして私の話を聞き終えたレイは、一言「そっか」とつぶやいた。とても優しい、でも切なげな目で。


 けれどすぐにいたずらっぽくにやりと笑って、こう言ったのだ。「君が無事に逃げられてよかったと思うよ。それに今なら、いくらでも打つ手がありそうだし。災いの元を根から絶つことだってできるんじゃないかな」などと。


 何かたくらんでいそうなその表情に私が首をかしげていると、彼はおかしそうに声を上げて笑ったのだった。まあ、そちらは僕とアンドリュー様との決着がついてから対応すれば大丈夫かな、などと言いながら。


 いったい何をどう対応するつもりなのかしつこく尋ねたけれど、結局はぐらかされてしまった。気になる。


 そんなことを思い出していたら、レイが私の耳元に顔を寄せて、小声でささやきかけてきた。


「それでも、僕はまっすぐな君に、ずっと救われてきたんだ。そして、この前も。……あの時僕は、賭けをしたんだ。誰かが僕のところにたどり着いて、僕をこの悩みのどん底から救い出してくれるかどうか、って」


「レイ……自分の命なんて、賭けちゃ駄目よ。もう絶対にしないでね?」


「うん。反省してる。二度としないよ。だって、僕は賭けに負けてしまったから。勝ったのは、やっぱり君だった。僕の大好きな、まぶしくて愛おしい人」


 くすくすと笑う彼の吐息が耳にかかってくすぐったい。でも、嫌な気分じゃない。どうしよう、どうしたらいいのかな。


「公衆の面前で、しかも朝からいちゃつくなど、もってのほかだぞレイ!」


 その時、ずかずかと大股でアンドリュー様が近寄ってきた。レイは私の肩に手を置いて、ふふんと笑いながらアンドリュー様に向き直る。


「おはようございます、アンドリュー様。公衆の面前で婚約破棄を、しかも勘違いで言い渡したあなたよりはまともだと思いますよ」


「くっ……! それを持ち出されては返す言葉もない! だが、あえて言葉を返させてもらおう! 一度はシンシアのことを、それどころか自分自身の幸せすらあきらめた君に、シンシアを幸せにできるものか! 彼女の隣にふさわしいのは私だ!」


 そんなことを叫びながら、アンドリュー様が私の空いているほうの隣に並んだ。エスコートするように私の手を取って、うっとりとした視線を送ってくる。


「そんな僕を、彼女はわざわざ助けてくれたんです。それだけ、彼女にとって僕は大切な存在なんです」


 とっても得意げに、レイが言い返す。すぐさま、アンドリュー様が反撃した。


「だが、そんな彼女を支えたのは私だ。彼女は私のことを頼ってくれた。私なら、彼女の力になれる」


 そうやってにぎやかに、二人は言い合っている。私を挟んで言い争うのはやめてほしい。


 というか二人とも声が大きい。ここ、魔法省に向かう途中の道なんだけど。ここを歩いているの、私たちだけじゃないんだけど。


 ほぼ毎日同じようなやり取りをしているからか、周囲の人々は私たちのことを全く気にかけていない。いつも通りだなあという顔をして、のんびりと魔法省のほうに向かっている。


 魔法省は変人が多いけれど、こんな状況をあっさり受け入れるなんて、どうかしていると思う。


 そんなことを考えている間も、二人はまだわいわいと言い合い続けていた。私の肩と手を、しっかりとつかんだまま。


「おはよう、シンシア君。今日もアンドリュー様が迷惑をかけて申し訳ない」


「おはようございます、シンシアさん。なんだかこの光景にも、すっかり慣れてしまいましたわ」


 アンドリュー様の後を追いかけるようにして、ギルバート様とベリンダ様もやってきた。まだ騒いでいるレイとアンドリュー様が、口論を続けながら二人に会釈する。


「おはようございます、ギルバート様、ベリンダ様。……実のところ私も慣れてきてはいるんですが……複雑な気分です」


 苦笑しながらそう言うと、二人も同じような笑みを返してくれた。美男美女がそうしていると、本当に絵になる。両側が騒がしいのも忘れて、つい二人に見とれる。


 と、ギルバート様が進み出て、私からアンドリュー様をひっぺがしてくれた。レイが勝ち誇ったような顔をしている。アンドリュー様は不服そうにレイとギルバート様とを交互ににらんだ。


「離せ、ギルバート。レイに抜け駆けされる訳にはいかないのだ」


「落ち着いてください、アンドリュー様。陛下より伝言があります。この五人がそろったところで聞くようにと。魔法省の一室を借りて、そこで聞きましょう」


 そう言ってギルバート様は、涼しい顔でアンドリュー様を引きずっていく。その後を、三人で並んでついていった。




 魔法省の会議室を借り切って、めいめい席に着く。それからギルバート様がうやうやしく何かを差し出して、大きな円卓の上に置いた。


 手のひらに乗るくらいの丸くて薄い、銀色の板のようなもの。ギルバート様が目を伏せ、円盤に手をかざす。その円盤にマナが集まり、虹色の光を放つ。


 あれは魔導具か、と思った次の瞬間、いきなり叫び声が響き渡った。


『何を考えておるんだ、この馬鹿息子!』


 豊かな響きの、張りのある声。知らない中年男性の声だけれど、これは陛下の声なのだろう。


『昔からお前は猪突猛進というか、考えなしというか、能天気というか……それでもいずれは、次の王としてふさわしい思慮深さを身に着けてくれると思っていた。実際、子供の頃よりはましになっていたしな。多少だが』


 陛下の声は、とても感情豊かだった。なんというか、頭を抱えている陛下の姿が容易に想像できてしまう。


『それがまあ、婚約破棄などと言い出すとは……まったく、あのように良い娘を袖にしようとは、こんな愚か者に育てた覚えはないぞ!』


 困り果てたように小さくうなっていた陛下の声が、突然がらりと様子を変えた。打って変わって威厳に満ちた声で、陛下は告げる。


『お前とベリンダとの婚約はいったん白紙に戻す。ただし婚約破棄ではない、保留だ。解消するもしないも、ベリンダに一任する。もし婚約が解消となったら、お前にはきちんと罰を与えるから、覚悟しておけ』


 アンドリュー様が目を丸くして、それからがっくりとうなだれる。そんな彼を見て、ベリンダ様は無言で微笑んでいた。


『ともかく、お前はそこでしばらく頭を冷やせ。私はまだまだ玉座を退くつもりはないし、時間はあるからな。一年と言わず、二年でも三年でも』


 その言葉に、うっかりうめきそうになる。アンドリュー様は、一年の間私のそばにいたいと言っていた。それがどうやら延長されそうな気がする。


 もっとも、それはそれでいいのかな、などと考えている自分もいた。彼がいなくなったら静かになっていいけれど、ちょっと物足りないかも、などと思ってしまっていたのだ。


『私はお前がどう立ち回るか、しばらく観察させてもらう。その状況いかんによっては、廃嫡も辞さないからな。良かったなアンドリュー、もしそうなったとしても、そのまま魔法省で働けるではないか』


 陛下はなんだか愉快そうだ。アンドリュー様は額を円卓につけたまま動かない。


『さらにしばらくの間、お前が私と王妃に面会することを禁ずる。それとギルバートについてもいったんお前の側近から外す。自分一人で、しっかりと考えろ』


 そうして陛下は、深々とため息をついた。疲れたような声で、さらに続ける。


『……本音を言うと、王宮からも叩き出してやりたいところだが……そうするとお前は文官用の寮に入らざるを得なくなるだろうし……これ以上、お前があちこちに迷惑を振りまかないようにするのは親の義務だからな』


 ぼやいているような陛下の声は、それでも温かさに満ちていた。と、その声が思いもしない言葉を紡ぎだす。


『シンシアとやら、馬鹿息子のせいで迷惑をかけてしまったな。すまないがもう少しだけ、付き合ってやってくれ。いずれ、君とはゆっくり話がしたい』


「は、はい!」


 いきなり呼びかけられたことに驚いて、返事をしながら立ち上がってしまった。うわっ、恥ずかしい。これは伝言だから、陛下に聞こえるはずはないのに。


 そして陛下の伝言は、そこで終わったようだった。円盤の光が消え、元の銀一色に戻る。


「……結局、これからも騒がしいまま、か。まあ僕としても、アンドリュー様ときっちり決着をつけたかったし、ちょうどいいかな」


 隣の席に座っていたレイが立ち上がり、笑いかけてくる。


「ああ、もちろんだ! ある意味父上からお墨付きをいただいたようなものだし、こうなったら堂々と居座ることにしよう! ひとまず、魔法省の臨時職員から一般職員への変更を頼まねばな」


「アンドリュー様ったら、妙なところで律儀ですわね。ふふ、でもそれならわたくしもそうしましょう。婚約をどうするのか、その決定権をいただいてしまったようですし。わたくしもアンドリュー様と、そしてみなさまのこれからを見届けたいですわ」


 向かいに座っていたアンドリュー様とベリンダ様が、席を立ってこちらに歩いてくる。


「どうやら私は、魔法省の仕事に専念できそうですね。もっとも、あなた方四名をまとめて率いることにはなりそうですが。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします」


 魔導具を丁寧にしまいこんで、ギルバート様がこちらに歩いてくる。その笑顔は、いつもより柔らかな、肩の力の抜けたものだった。


 すぐ近くに並ぶみんなの顔を、順に見渡していく。それぞれ、様々な笑みを浮かべていた。自然と自分の口元にも笑みが浮かんでいくのを感じながら、口を開いた。


「……私、みなさんと知り合えて良かったなって、そう思います。私は元々あまり人付き合いのいいほうではありませんでした。王立学園でも、友人と呼べるのはレイ一人でしたし」


「そうだね。あの頃は静かだった」


「でも今では、みなさんのことも、大切な友人だと思っています」


「ありがとう、シンシア君」


「わたくしもですわ」


「私は不服だな。友人では足りない。いずれは、もっと先へ……!」


 それぞれに言葉を返してくる三人にうなずきかけ、ちょっと照れながらもう一度口を開く。


「その……ですからこれからも、どうか一緒にいてくれると、嬉しいです」


 あらたまってこんなことを言う、そのことが不思議と恥ずかしくて、ついうつむいてしまう。


 そのまま足元をぼんやりと見ていたら、視界に手がにゅっと突き出された。それも、四本。


 驚いて顔を上げたら、みんながすぐそばに立っていた。そうしてめいめい、私に片手を差し出していたのだ。


 そろそろと両手を伸ばして、その手に触れる。レイとアンドリュー様が私の右手を、ベリンダ様とギルバート様が私の左手をしっかりとにぎってきた。


「私たちの関係は、きっとこれから変わっていくだろう。しかしどんな形になろうとも、私たちは君と共にいる。君が望む限り」


 みんなを代表するかのように、アンドリュー様が朗々と言った。それからみんなで見つめ合い、うなずき合い、笑い合った。


 広くて静かな会議室に、私たち五人の笑い声がふわりと広がっていく。


 それを聞いていたら、素直に信じられた。


 これからもたぶん色々と大変なことが起こる気がするけれど、きっと大丈夫だと。みんなで大騒ぎしながら、どうにかこうにか乗り越えられるだろうと。


「さあ、それではそろそろ、今日の仕事に取り掛かりましょう。まずはアンドリュー様とベリンダ様の役職を変更して……」


 目元を優しくほころばせたギルバート様が、穏やかに言う。彼に続いて、みんなで会議室を後にした。軽い足取りで、笑いさざめきながら。


 卒業パーティーでの騒動がもたらした、とびきりおかしな日々。


 でも今の私は、こんな日が少しでも長く続きますようにと、そう願わずにはいられなかった。

ここで完結です。ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。

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