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34.恋敵たちは認め合う

「元気か、レイ!」


 高らかに響き渡った大声に、近づきかけていた私とレイは弾かれたように離れる。


 レイの部屋の入り口が大きく開け放たれていて、アンドリュー様が堂々と立っていた。その後ろには、厳しい顔をしたギルバート様と苦笑したベリンダ様もいる。


「アンドリュー様、ノックを忘れています」


「そうだな。だが何か、虫の知らせを感じたのだ。一刻も早くここに来なければならないという」


「いきなり走り出されるから、びっくりしましたわ。レイさんは療養中なのですから、お静かにしてくださいませ」


「うむ、そうだったな。気をつけよう」


 後ろの二人とそんな会話を交わして、アンドリュー様がこちらに近づいてきた。


「見舞いに来たぞ。それと、上からの伝言を持ってきた」


 この部屋には椅子が一つしかない。そしてそれには、今私が腰かけたままだ。


 立ち上がって椅子を譲ろうとする私を手で制して、アンドリュー様はベッドをぐるりと回り込んだ。そのままベッドの反対側に立ち、私とレイを順に見渡して、重々しく言い放つ。


「レイ。今回の件で、君は闇の魔法を勝手に使った。しかしそれにより、町を騒がせていた賊を一網打尽にすることに成功した。この功績は大きい」


 ぴんと背筋を伸ばして、アンドリュー様の言葉に耳を傾ける。


「よって、表向きの処罰はなしとする。というより、今回の件で君が動いたこと自体を伏せておくこととする。へたに公表すると、余計な混乱を招きかねない。賊がいなくなって喜ぶ民を、またおびえさせてはならないしな。ただし」


 アンドリュー様はそこで言葉を切って、にやりと笑って言った。


「だからと言って、君がしでかしたことをそのまま許すわけにもいかない。だから君はしばらくの間、寮外での単独行動は禁止だ。以上が、魔法省の出した結論だそうだ」


 よかった。想像していたよりも、ずっと軽い処分で済んだ。ほっとしていると、ベリンダ様がおかしそうな声で付け加えた。


「アンドリュー様ったら、我が好敵手のために力にならずしてどうするって、やけに張り切ってしまわれて。幾度となく魔法省の会議に乱入されて、熱弁を振るわれたんですのよ」


「もう少し、穏便でまともなやり方で介入してくださいと何度も申し上げたのですが……」


 ギルバート様も眉をひそめていたけれど、その口元は柔らかくほころんでいた。


 しかしレイは、二人の言葉に引っかかるものを感じているようだった。思いっきり難しい顔をして、そっとこちらを見てくる。


「……好敵手って、いったい……? ねえシンシア、君には何のことか分かる?」


 ベリンダ様とギルバート様は、またしてもアンドリュー様にあれこれとお説教を始めている。そんな三人をちらりと横目に見て、レイに小声で答えた。


「あ、そうだった。もう一つ、悪い知らせがあるのを忘れてたわ」


「それすっごく聞きたくない」


 即答するレイの耳元で、こそこそとささやく。


「……あなたの告白を聞いたせいか、アンドリュー様があなたのことを『恋敵』として認めちゃったみたいなの……たぶんこれからは、そっちにも迷惑がいくと思う」


「それってさあ、これからはあの人が僕に張り合って、あれこれ大騒ぎするってこと? うわ、想像しただけで面倒くさい」


「その間に挟まれる私はもっと面倒よ」


「……でもさ、まんざらでもなかったりする? 湖からの帰りの旅の間、君たち結構仲良かったよね。ちょっと驚いたもの」


「認めたくはないけど……そんな気もする。ほんと、どうしたらいいのかなあ」


「安心しろ、シンシア! これからは、私がずっと君たちのそばにいる。必ずや、君を振り向かせてみせる。レイという好敵手を得た訳だが、しかし私は負けない!」


 私たちのひそひそ話に、アンドリュー様がいきなり乱入してきた。しかも声が大きい。レイがとっても不服そうな顔で、アンドリュー様に言い返した。


「……アンドリュー様は、僕の魔法の伝言、シンシアにあてた僕の思いを聞かれたんですよね。その上で、そう言い張るんですか? 


「そうだとも。あの言葉は、私の心を強く打った。だから私は、君を好敵手として認めることにしたのだ」


 力いっぱいうなずいたアンドリュー様に、レイはまずいものでも食べたような顔をした。


「……できることなら今すぐにあなたの記憶を消したい。シンシアに闇の魔法を使うつもりはもうありませんけど、今度はあなたに使いたくて仕方がないです」


「あの、レイ、本気じゃないよね?」


「うん、使ってはいけないことは分かっているよ。でも軽口でも叩かないとやってられない……恥ずかしいったら、もう」


「恥ずかしがることなどない、他者を愛おしく思う心は、それだけで偉大なのだ!」


「…………本当に、アンドリュー様って無駄に前向きだよね……ともかくも、僕の思いは知られてしまった。というかシンシア以外には、何となくばれてた気もするけど」


 その言葉に、アンドリュー様の後ろでベリンダ様とギルバート様がこっそりとうなずいていた。レイは一つため息をついて、まっすぐにアンドリュー様を見上げる。


「……でしたら、もう僕は自分を偽らないでいようと思います。アンドリュー様にだって、遠慮するつもりはありません。僕は彼女をあきらめない。抱え込んだ苦しさのせいで、一度は生きることすらあきらめた僕だけど……こうなったら、開き直ることにする」


 そうしてレイはくるりと私のほうを向いた。その線の細い顔に浮かんでいるのは、この上なく晴れ晴れとした、それでいていたずらっぽい笑み。


「だから、覚悟していて? 君のことを一番よく知ってるのは僕だし、君は僕のことをとても大切に思ってくれている。きっと僕にも、まだチャンスはあると思うんだ。違う?」


「……ち、違わない」


 レイのことを男性として見たことはなかった。それを言うならアンドリュー様のことも。いや、もしかするとギルバート様のことでさえ。私は今でも、身を焦がす恋心とはどんなものなのか、分かっていない。


「ふふ、良かった。だったらしっかり、君をつかまえていないとね。アンドリュー様に取られないように」


 けれどそう言って笑うレイの笑顔は、やけにきらきらして見えた。

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