33.二人だけの、懐かしい時間
そうして無事にレイを見つけ出した私たちは、三人一緒に魔法省を目指していた。
行きは転移の魔法陣を使って一瞬で移動できたけれど、帰りは地道に馬車を使って戻ることになった。
ギルバート様から金貨を受け取っていたおかげで、旅費には困らなかったけれど。
丸二日旅をして魔法省に戻った私たちを出迎えたのは、目を血走らせた職員たちだった。あの夜の一部始終は、既に音の魔導具を使ってギルバート様経由で上に報告してある。
しかしその報告内容がちょっと、いやかなり問題だったのだ。私たちは、あっという間に彼らに質問攻めの検査攻めにされてしまったのだ。
まず、レイが眠りの魔法で死ぬ寸前までいったこと。
闇の魔法は使い手が珍しい上に禁忌ということもあって、その魔法を自分自身に使おうとした者は今までいなかったらしい。
大変貴重なデータが取れた訳ではあるけれど、彼は当然ながらこっぴどく叱られた。いずれ改めて、何らかの処分がされるらしい。
そしてもう一つ、突然マナの泉ができて、しかも目的を果たしたら勝手に消えたこと。
あのマナの泉がなかったら、私はレイを助けられなかった。きっと神様が奇跡を起こしてくれたんだって、そう思っていたのだけれど。
結論から言うと、あれは奇跡ではなく、私のしわざだった。うんざりするほど検査を繰り返したことで、驚くべき新事実が明らかになったのだ。
なんと私は『光』の素質の他に、『海』と呼ばれる素質も持っていたのだった。素質を複数持つこと自体かなり珍しいのに、この二つ目の素質はとんでもなく珍しい素質だった。
おそらくは、あのダンジョンでのスライム事件の時に大量のマナを浴びたことで素質が目覚め、そしてレイを救いたいという思いから、私はぶっつけ本番で海の魔法を使ったのだろうと、研究班はげっそりとした顔でそう判断した。
海の魔法は、マナそのものの流れを操る魔法だ。あの時、私はその魔法で周囲のマナをありったけかき集め、一時的にマナの泉を作り上げていたのだ。
ともかくも、魔法省の上のほうはすっかりてんやわんやになってしまっていた。今回の事件のあとしまつが終わるまでは、まだちょっとかかりそうだ。
そんなことを思い出しながら、私は椅子に腰かけてリンゴをむいていた。隣のベッドでは、レイが上半身を起こして本を読んでいる。
今レイは、寮の自室で療養中だ。私の光の魔法でどうにか命はつないだものの、それでも彼の体にはダメージが残っていた。傷というよりも、身の内にあるマナが体とまだなじんでいないというか、そんな感じだ。
だから彼は、しばらく自室待機ということになっていた。その間に、彼の今後の処分が決まるらしい。
私も転移の魔導具の無断使用と脱走の件で謹慎処分になってしまったので、レイの部屋に居座って、あれこれと彼の世話を焼いていた。自室のある寮の建物からは出ていないのだからいいだろうと、誰にともなくそんな言い訳をして。
「はいどうぞ、リンゴがむけたわ」
フォークに刺したリンゴを差し出すと、レイは本を置いて嬉しそうに目を細めた。フォークを受け取り、しゃくと音を立ててリンゴをかじった。
「うん、おいしい。君に看病してもらうことになるなんて思いもしなかったけれど、いいものだね」
「そうね、たまにはこうやってのんびりするのもいいわね」
それきり、沈黙が流れる。こうやって過ごすようになって丸二日、私たちは当たりさわりのない会話だけを交わしていた。先だっての騒動について、お互い一言も触れることなく。
けれどそろそろ、限界だった。ずっとずっと、気になって仕方がないことがあった。意を決して、口を開く。
「……ねえ、レイ。ずっと気になってたことがあるんだけど……聞いてもいい?」
私の声音が変わったことに気づいたのだろう、レイは黙ってうなずいた。
「どうしてあなたは、あんな無茶をしたの? 盗賊をまとめて片付けて、自分に眠りの魔法をかけて……その、ずっと悩んでいたことに気づかなかった、そのことは申し訳ないと思っているけれど……」
その言葉に、レイは決まりが悪そうな顔をして目をそらす。
「……実は、僕もずっと気になってた。結局君は、あの幻聴の魔法の伝言にたどり着けたのかな、って。確かめる勇気がなくて、ずっと黙ってた。でもどうやら、君はあの言葉を聞いてしまったんだね」
「……うん。驚いたけど、あれに気づけたおかげで……すぐにあなたを追いかけることができた」
「そっか。アンドリュー様にたくしたあれだけの言葉からあそこにたどり着くって、さすがは君だ……って喜んでいいのかな」
レイはこちらを見ないまま、すっと遠い目をした。
「……あんな感傷じみた言葉を残してしまったこと、今さらながらにちょっと後悔してるんだ。あの思い自体に偽りはないけれど、ね……」
「私は、聞けてよかったって思ってる。まだ戸惑いはあるけど」
それっきり、二人して黙り込む。落ち着かないような、気恥ずかしいような、くすぐったいような、そんな不思議な沈黙だ。
今まで何度も、レイと二人きりで行動してきた。でもこんな雰囲気になったのは初めてだ。
そっと横目でレイの様子をうかがうと、彼もいつになくもじもじとしながら視線をさまよわせていた。
その時、もう一つ言っておかなくてはならないことがあったのだと思い出してしまう。
「……あの、それで……一つ、謝らないと。その、あのあなたの告白なんだけど……その場に居合わせたアンドリュー様にも聞かれてしまって……」
「アンドリュー様が一緒に駆けつけてた時点で、何となく察してはいたけどね。でもそっか、聞かれたんだ……うわ、恥ずかしい」
「だからあんな回りくどいことしないで、直接私に言えばよかったのに……」
露骨に恥ずかしそうな顔をして頬を押さえるレイに、口をとがらせながら言う。すると彼はふっと儚げな笑みを浮かべて、私を見つめた。
「その勇気がなかったんだよ。告白が失敗して、しかもアンドリュー様に君をかっさらわれる……そんな状況を想像しただけで、絶望しちゃったから」
レイはもっと強い人間だと思っていた。私と出会うまで、彼はずっと一人で貴族たちの嫌がらせに耐えていた。それに冷静で合理的で、私があわてている時なんかも、よく彼に助けられてきた。
そんな彼が、私の存在一つでそこまで動揺するなんて、思いもしなかった。
ふと、ベリンダ様とギルバート様が思いを伝え合った、あの時のことを思い出した。
二人の思いを聞いたレイは、なんだか様子がおかしかった。どうしたのかな、と思ったけれど、その疑問は胸の奥にしまわれて、そのままになっていたのだ。
でも今なら分かる。彼はあの二人に、自分を重ねていたのだ。告げることのできない思いを抱えているのは、彼も同じだったから。
「それでなくても僕は、自分が闇の魔法使いだってことを受け入れられずにいたから……とても便利な、危険すぎる力。こんなもの、欲しくなかったよ」
レイは珍しくも語気を強めて、そう吐き捨てる。けれどその声は、途方に暮れたように弱々しくなっていく。
「王立学園にいた頃は魔法の勉強なんてしなくて済んだからよかったけど、ここに来て闇の魔法を習得するはめになって……それからはずっと、怖かった」
辛そうに目を伏せるレイに、そろそろと声をかける。どうにかしてその苦しみを減らしてあげたいと、そう思った。
「……もし、あなたが私に闇の魔法を使ったら」
彼に向き直り、その金の目をまっすぐに見つめた。
「その時は、全力で抵抗するわ。私は光の魔法使いだし、闇に抵抗することもできると思うの。あなたに降りかかる不幸だって、払いのけられるかもしれない」
レイは何も言わない。黒い前髪の間からのぞく目は、不安定に揺れていた。
「私、もっともっと光の魔法を練習する。それに、海の魔法も使えるように訓練する。その二つの魔法を使いこなせれば、きっと大丈夫。だからもう、心配しないで」
「きっと……って……不安要素だらけなんだけど」
泣きそうな目をしながら、それでもレイがそう言った。いつものようにちょっと皮肉っぽい口をきくことで、どうにかこうにか自分を保っているような、そんな顔だった。
「それでも、今までよりはずっとずっとましでしょう? それにもしかしたら、私があなたのことを好きになるかもしれないし。あ、えっと、大切な友人ではあるのよ? だからね、その……男性として」
「……かもしれない、か。どうせなら、好きになれそう、くらいは言ってほしかったな」
「ごめん、まだよく分からないの。人を好きになるっていうのがどういうことなのか」
「君ってほんと、勉強以外のことはからきしなんだね」
苦笑しながらレイが手を伸ばし、私の頬に触れてくる。ほんの少しひんやりとした指先の感触が、やけに心地よい。
ぼんやりと見つめていると、レイの顔がゆっくりと近づいてきた。




