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32.あきらめた彼と、あきらめたくない私

「レイ、しっかりして!」


「どうしたのだ、レイ!」


 アンドリュー様と二人、草の上に横たわるレイに駆け寄って懸命に声をかける。けれどレイは目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。


 魔法の残り香がする。それも、やけに強い匂いが。まるで今ここで、魔法が発動しているかのように。


 レイの隣に座り、彼の頭を私のひざに乗せる。そっと触れた頬は、恐ろしくなるほど冷たかった。そのまま意識を集中して、周囲のマナを探った。何がどうなっているのか、少しでも知りたかった。


 そうして、悲鳴をのみ込む。レイの身の内のマナはすっかり少なくなっている。こんなにマナが減ってしまったら、体調にも影響が出てしまいかねない。というか、もう出ているような。


 彼の呼吸はひどくゆっくりだし、頬どころか手も冷たい。そっと首に触れてみたら、そちらも冷え切っていた。今は寒い季節でもないのに。


「シンシア、レイはどうしたのだろうか。それに、妙に魔法の残り香が強いような……」


 戸惑いながら問いかけてくるアンドリュー様に、おそるおそる答える。


「……レイは今、自分自身に闇の魔法をかけています。残り香が強いのは、そのせいです」


「ならば、彼が目を覚まさないのは……眠りの魔法のせいだろうか」


「はい、おそらくは……でもこのままだと、レイは死んでしまいます。体の中にあるマナを使い切って。もうかなり、体が弱ってしまっているみたいです……」


 震える声でそう告げると、アンドリュー様が重々しく答えた。私の隣にひざをつき、レイの顔をのぞきこんでいる。その眉間には、くっきりとしわが刻まれていた。


「とにかく、一刻も早くどうにかしないとな。レイの魔法を止める方法はないのだろうか?」


「……分かりません。基本的に他人が使った魔法に介入できるのは、同じ属性を持つ者だけです」


 一つだけ、例外がある。けれど、それは。


「反対の属性である光魔法をぶつけて相殺すれば、止められるかもしれませんが……今のレイの状態では、相殺の衝撃に耐えられるか、どうか……」


 私の返答に、アンドリュー様がさらに難しい顔をした。


「……レイは聡明だ。そうなることを考えずに、自分に眠りの魔法をかけたとは思えない。つまり彼は……自ら命を絶とうとしているのだろう。幼き日に見上げた、優しき月光の中で」


「で、でも、レイがそんな、どうして」


「君は聞いただろう。彼の言葉を。周囲の者を不幸にするという闇の魔法使いであることを、彼はずっと気に病んでいた。君を手に入れたいという衝動と、君を不幸にしたくないという思いと、その間で彼は揺れ動いていた」


 レイの部屋で聞いた、彼からの伝言。声だけだったけれど、彼の苦しみはひしひしと伝わってきた。その苦しみに、彼は耐えられなかったのか。


「だからって……生きることをあきらめるなんて、そんな……」


 呆然とそう言った時、レイの様子が変わった。ただ静かに横たわっていた彼は、苦しげに顔をゆがめ、あえぐように呼吸をし始めたのだ。


 その様子に、昔の記憶がよみがえる。まだ小さな頃、病床の父を看取った時の記憶。息を引き取る直前の父も、ちょうどこんな様子だった。


 すっと血の気が引いていく。頭が真っ白になる。


「死んじゃやだ!」


 レイの胸に手を当てて、魔法を使う。マナを生命力に変えて注ぎ込む、光の魔法だ。


 自分の内にあるマナを、次々と生命力に変えてレイに受け渡す。周囲のマナに頼ることはできない。


 レイがずっと魔法を使っていたせいで、周囲のマナはすっかり薄くなってしまっていた。そしてその残り少ないマナを消費しながら、眠るレイは魔法を使い続けている。


 この分だと、じきに魔法が維持できないくらいに周囲のマナの濃度が低くなってしまう。


 そうしてレイの魔法が強制的に中断されてしまえば、おそらくその衝撃で彼は命を落とす。彼の魔法を止めるには、まず彼の生命力を戻さないといけないのだ。


 でも、私には一つ、心強い味方がいた。月明かりを受けて緑色に輝く魔石の指輪を見ながら、祈るような思いで魔法を使い続ける。たっぷりとマナを蓄えたその指輪が、今は涙が出るくらいに頼もしいものに思えていた。


 どれくらいそうしていただろう、レイの表情がまた安らかなものに戻っていった。


「……効いた、のか……?」


 ずっと固唾をのんで見守っていたアンドリュー様が、そろそろと尋ねてくる。


「……いえ、一時的に引き戻した、だけです……最悪の状態を、かろうじて脱した、だけですから……」


 魔石のマナも、少しずつ減ってきている。この状態が、どれだけ続くのだろうか。指輪のマナを使い果たしたら、それで終わりだ。


「アンドリュー様、ギルバート様に伝えてください。至急、ありったけの魔石をここに運んでくださいと。今はとにかく、マナが足りないんです!」


 魔法省には、たくさんの魔石が所蔵されている。あれをここまで運んでくることができれば、きっとレイを助けられる。


 もっともそれは難しいだろうと、そう思っていた。魔石を持ち出すには面倒な手続きが必要だし、そもそも許可が中々下りない。


 ここに魔石を速やかに運ぶには転送の魔法陣が必要だけれど、たぶんあれの使用許可を取るのはもっと難しいはずだ。


 禁忌である闇の魔法を使ってそのまま行方をくらました、魔法省の職員にしてただの魔法使いでしかないレイを救う、そのためだけにそんな許可が下りるとは思えなかった。


「ああ、任せておくがいい!」


 しかしアンドリュー様は、即座にうなずいた。そのまま私たちから少し離れて背を向ける。じきに、緊迫した会話が切れ切れに聞こえ始めた。


 けれどその話に耳を傾ける余裕はなかった。早くレイの生命力を回復させなくては。それから光の魔法をぶつけて、目覚めさせるんだ。闇の眠りの魔法を相殺するなら、光の解毒の魔法で何とかなるはずだ。


 たぶん、助けは来ない。そう思っておいたほうがいい。けれどそれでも、私がレイを救うんだ。絶対にあきらめたくない。


 そんな私の決意をあざ笑うかのように、レイはまた少しずつ弱っていく。あわてて生命力をたくさん注ぎ込んだら、指輪に蓄えられていたマナが一気に減った。


「どうしよう……思ったより、時間がない……」


 アンドリュー様は、まだ腕輪相手に話している。いつになくいらだった様子で、声を荒げていた。交渉がうまくいっていないのだろう。


「あきらめたく、ないのに……」


 ここにマナの泉があったなら。そうすれば、こんな風に一進一退することなく、レイを救えたのに。


 魔法を使いながら、周囲を探る。もしかしたら小さなマナの泉がその辺りにありはしないかと、そんなかすかな希望にすがって。


 けれどやはり、そんなものはなかった。レイがゆっくりと死に向かうことを選んだのなら、当然彼はマナの泉の近くで眠ることは避けるだろう。


「いっそマナが、どこかから流れてきてくれないかな……周り中の、湖中のマナを集められたら……」


 いつの間にか私は、ぼろぼろと泣いていた。眠るレイの顔に、胸元に、涙がこぼれて落ちる。泣き声がもれそうになるのをこらえて、目を閉じた。


 そのまま、意識を集中する。目の前に広がる湖、周りの森、夜空に輝く星々、西の空に沈もうとしている月。それら全てからマナが湧き出して、ここに集まってくる、そんな姿を想像した。


 そこまで広範囲のマナの流れを操る方法なんて聞いたことがない。魔法使いが操れるのは自分の身の内のマナと、ごく近くの周囲のマナだけだ。


 けれど、私はそうせずにはいられなかった。最後の最後まであきらめない、ただそのために。


 けれどやはり、何も変わらない。無力感にうちひしがれそうになったその時、波のような音が聞こえた。湖が立てている波音とは何かが違う、けれど何かが流れている音だ。


「……え……?」


 頬をなでる、実体のない流れ。風のようで、水のようで、でも見えないし触れられないもの。


 マナの流れ。それが、すぐ近くで勢いよく流れていた。いつの間にか、私たちを取り囲むようにマナの泉が生じていたのだ。


 これだけマナがあれば、レイを助けられるかもしれない。さっきまでの絶望に黒く染まっていた心に、一筋の光が差すのを感じた。


 袖で涙をぬぐって、お腹に力を入れる。周囲のマナを取り込んで一気に生命力に変え、レイの体に注ぎ込む。さっきまで冷え切っていたレイの体に、温もりが戻ってくる。


 それから魔法を切り替えて、解毒の魔法を使った。レイの体中に広がっている眠りの魔法を、私の光で弾き飛ばす。


「……う……くっ」


 眠っていたレイが、顔をしかめて身じろぎした。それからゆっくりと目を開ける。ずっと見たかった金色の目が、力なく動いて私をとらえた。


「……シンシア? どうして……?」


「あなたがいきなりいなくなっちゃうから、探したの!」


 レイに手を貸して、座らせる。彼はまだふらついているようだったけれど、それでも自分の力できちんと座っていた。


 周囲のマナの流れが空高く打ちあがって、辺り一帯に降り注ぐ。マナの泉は、マナの雨に姿を変えていた。


「……すっごい、マナだね……どこから出てきたんだろう。君、何かした……?」


「知らない! たぶん、何かの奇跡!」


 思わず、彼に力いっぱい抱き着いてしまう。けれどもう自分を止められなくて、わんわんと声を上げて泣いた。


 ちょっと恥ずかしいな、と思わなくもなかったけれど、それでも彼とまた会えた、話ができたという安堵のほうが遥かに勝っていた。


 湖の向こうの水平線から、まばゆい朝日が顔をのぞかせていた。

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