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30/35

30.ひたすらに、前へ前へ

 真っ白な光が薄れ、消えていく。そうして辺りの風景が見えてきた。


 どうやらここは、林の縁のようだった。木々の向こうには草原が広がっている。その草原の中に、大きな町があるのが見えた。


 大きな夕日を背負って、何もかもが同じオレンジ色に染まっている。


「ふむ、転移の魔法を体験したのは初めてだが……意外とあっけないものだったな。おそらく、あの町が目的地だろうな」


「たぶん、そうだと思います。あの町に行ったことはありませんが、レイから聞いていた話と合致しますから。行きましょう、アンドリュー様」


 アンドリュー様にうなずきかけて、まっすぐに町を目指して進む。焦りからか、気づくと私は全速力で走ってしまっていた。


 けれど私はさほど運動は得意ではない。じきに足がもつれて、派手に転んでしまった。


「きゃっ! ……あれ?」


 地面に叩きつけられる衝撃に身構えて、とっさに目をつぶった。でも、どこも痛くない。


 おそるおそる目を開けると、とんでもなく近くにアンドリュー様の顔があった。


「転んでしまうほど必死に走り続けるとは、それだけレイのことが気がかりなのか。……妬けてしまうな」


 その時ようやく、自分が置かれた状況を理解した。なんと私は、アンドリュー様に横抱きにされていたのだ。しかもアンドリュー様ときたら、そうやって私を抱えたまま軽やかに走り続けている。


 どうやら彼は、転びかけた私を抱き上げて、そのまま走っていたらしい。さすがの運動神経だ。


「あの、助けてくださってありがとうございます。でももう大丈夫なので、下ろしてください。重いですし」


「……そうつれないことを言わないでくれ、シンシア。君は羽毛のように軽い、問題はない」


 すっとんきょうなことを言いながら、アンドリュー様はさらに速度を上げた。


 仕方なく彼の体につかまりながら、おとなしく運ばれていった。たぶんこうしているほうが、早く町に着けるから。


 アンドリュー様の求婚に応えることはできない。だからできるだけ、彼とは距離を取っておきたかった。でも結局、レイを探すためにアンドリュー様を巻き込んだ。彼の好意を、利用した。


 私ってひどい人間だな。そう思いながら、どんどん近づいてくる町をにらみつけていた。




 レイの養い親の家は、すぐに見つかった。その町でも一番大きくて立派な屋敷だったのだ。


 普段のレイは、お金に不自由している様子こそなかったけれど、服装も持ち物も質素そのものだった。だから彼が養子に入った豪商の家は、質素なものを好むんだろうなと、勝手にそう思っていた。


 でも、目の前の屋敷ときたら。これなら、王都にある貴族たちの邸宅と言っても通用する。私の実家である男爵家の屋敷よりずっと大きいし、お金もかかっている。


 驚きつつ門番に声をかけて、ここの主に会いたい、自分はレイの友人なのだと説明した。


 ここぞとばかりにアンドリュー様が自分の身分を明かそうとしていたけれど、ややこしいことになりそうなのでいったん止めた。


 幸い、面会の申し込みはすぐに受け入れられた。それこそ、あっけないくらいに。


 通された応接間で、一組の男女が私たちを待っていた。身なりと年の頃からしてここの主人、つまりレイの養い親だろう。


 二人の表情は、一目で分かるくらいに暗かった。それでも二人は私たちに向かって、愛想よく笑いかけてきた。


「ああ、君がシンシア君だね。レイからの手紙には、いつも君のことが書かれていた。息子と親しくしてくれてありがとう」


「顔を合わせるのは初めてなのに、なんだかずっと前からの知り合いのように思えてしまうわ」


 年の頃はもう五十歳を過ぎているだろう夫婦は、そんなはずはないのにちょっとレイと似ているように思えた。もっとも、愛想の良さはまるで違うけれど。


「あの、私たちはレイを探しているのですが、何かご存知でしょうか」


 前置きももどかしくそう尋ねると、二人の顔がさらに暗くなった。


「……今朝がた、魔法省の方々が同じことを聞いてきたよ。とても深刻そうな顔で」


「ごめんなさいね。私たちも、あの子がどこにいるかは知らないの。ねえ、レイに何かあったの? 魔法省の人たちは何も教えてくれなくて」


 心配そうに尋ねてくる二人に、とっさに言葉が返せない。そこに、アンドリュー様の声が割って入った。


「彼は今、行方不明になっているのだ。それもおそらくは、自分の意思で行方をくらましている。……要するに、家出のようなものと言えばいいだろうか」


 二人をこれ以上心配させまいとしているのか、いつもは感情豊かなアンドリュー様の声は、ゆったりと落ち着いていた。


「私と彼女は、魔法省の人間としてではなく、彼の友人としてここに来た。……本来なら私たちの出る幕ではなかったのだが、彼のことが心配でな、ついこうして来てしまった。私たちがここにいることは、黙っていてもらえると助かる」


 友人という言葉に、レイの養い親たちが目元をほころばせている。ちょっぴり和んだ場の雰囲気とは裏腹に、私は落胆を隠せずにいた。


 命令違反を犯してここまで来たというのに、見事に当てが外れてしまった。しかも、もう魔法省の手が回っていた。


 もし魔法省の人たちが先にレイを見つけたら、レイと話せる機会がなくなってしまうかもしれない。


 もしかしたら、彼とはもう二度と会えないかもしれない。彼が処罰されるとか、へき地に配置換えされてしまうとか、そんな可能性だってある。


 ぐっとにぎった手が震えている。気づけば、口が勝手に動いていた。


「ここにもいなかった……もう、レイに会えないのかな……」


 私がつぶやいたその言葉に、レイの養い親たちが同時に私を見た。二人の顔を見ているのが辛くて、視線を落としてつぶやき続ける。


「レイは、色んなことを自分一人で抱え込んでしまう人だった。それを知っていながら、私は彼が悩んでいたことに気づけなかった。私さえもっとちゃんと彼を見ていたら、こんなことにならなかったのに」


 どうしてこんなことを話しているのだろう。自分でもよく分からないまま、次々と言葉を紡いでいく。


「……私は、魔法省の命令に背いてここに来ました。きっと後で、何かしら処罰されるでしょう。でもそれでも、レイを探しにきたかったんです」


 話していくほどに、悔しさがつのっていく。


 私さえしっかりしていれば。彼の思いに気づいていれば。こんなとんでもないことに、ならなかったのかもしれない。そんな後悔が、心を切り裂いていく。


「でも私は、レイのことを何にも知らなかった……彼は自分のことを話そうとしなかった、そして私も、無理に聞き出そうとは思わなかった。だから彼が立ち寄りそうなところの見当すらつかない。三年近く一緒にいたのに、ここに来ることしか思いつかなかった」


「自分を責めないで、シンシアさん」


 いつの間にか、レイの養母がすぐそばに来ていて、私の手に優しく触れた。


「あの子は七歳でうちに来て、王立学園に行くまで八年間、私たちと一緒に過ごしてきたけれど……あの子が何を考えているのかは、私たちにもよく分からないの」


 そう言って彼女は、ゆっくりと苦笑してみせる。


「でもあの子はあの子なりに、私たちに親しみを感じてくれていた。それは間違いないわ。あなたも、そう感じているのではないかしら?」


「……はい。王立学園でも、魔法省でも、私たちは自然と一緒にいて……あれこれと、他愛のないことをお喋りして……」


 ぼんやりとそう答えると、彼女の笑みが深くなった。


「ふふ、やっぱりレイは、あなたのことが大切なのね。あの子、好きでない相手には時間を割くことすら惜しむから」


 その言葉に、学園にいた頃のレイを思い出す。たまに勇気を出して声をかけてくる女の子たちの誘いを、彼はためらいなくばっさりと切り捨てていた。


「だったらやっぱり、あなたは悪くないわ。あなたがレイの思いに気づかなかったというのなら、それはレイがその思いをひた隠しにしていたせいだから」


「そう……でしょうか……」


「ええ、そう。だからひとまず、何でもいいから動いてみるのはどうかしら。そのほうが、気がまぎれるわ」


 レイの養母の優しい声に、頭がしゃんとする。ここが空振りだったからって、嘆いている暇はないのだ。行き当たりばったりでもやけっぱちでもいいから、動かなくては。


「……でしたら、一つ教えてほしい場所があるんです。……ここに来る前にレイがいた、孤児院の場所を」


 顔を上げて、レイの養母をじっと見つめる。彼女は困ったように眉をよせて、それでも優しく微笑んでいた。


「ええ、もちろんよ。ただ、きっとそちらのほうにも魔法省の方々がもう向かっていると思うけれど……行ってみる価値はあるんじゃないかしら。あの子と一番親しいあなたにしか、見つけられないものもある。そんな気がするの」


「……そう言ってもらえると、希望がわいてきます。ありがとうございました」


「いいのよ。私たちはただ、レイが平穏に、幸せに暮らしてくれることだけを望んでいるから。そうだわ、レイを見つけたら伝言をお願い。『お友達を心配させちゃだめよ』って」


 はい、必ずと答えながら、もう私の意識は遥か遠くへ飛んでいた。


 早く、レイに会いたい。私の頭の中にあるのは、ただそれだけだった。

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