29.王子様は恋敵のために一肌脱いだ
「お願いします、アンドリュー様。レイを見つけるために、力を貸してください。どうしても、彼と会ってきちんと話したいんです」
涙を袖でぐいとぬぐって、アンドリュー様に向き直る。
「私たちには魔法省に留まるようにと、そんな待機命令が出ています。でも私は、レイを探しにいきたいんです。このままレイが捕まるのを待っているなんて、できません……」
そこまで話して、ちょっとためらう。気まずさに口ごもりながら、もごもごとつぶやいた。自分が図々しいことを言っている、その自覚はあったから。
「でも、私一人にできることなんて、たかが知れていますし……その、王太子たるアンドリュー様が一緒に来てくれれば、って……」
「うむ、この局面において、君が一人で動くことは感心しないな。王太子たる私が同行すれば、より安全にレイを探すことができるだろう」
アンドリュー様はまったく気を悪くした様子もなく、さらりとそう答えた。むしろ、ちょっと嬉しそうだ。
「あの……いいんですか? 命令違反に手を貸したら、もしかすると、アンドリュー様の立場が悪くなったりするかも……」
「そのようなことはどうでもいい。愛しい君の力になれるのだからな。それに、レイは私にとってはまぎれもなく恋敵だ。彼が勝手に身を引いて、その結果何の苦労もせずに君を手に入れるなど、私の誇りが許さない」
「こい……がたき……ですか……?」
アンドリュー様は私のことが好きだ。それは勘違いだと何度も言ったけれど、どうやらその気持ちに変わりはないらしい。
私はずっと色恋沙汰に縁がなく、三年間必死に学問にいそしんできた。そのせいもあって、アンドリュー様の気持ちが本物らしいということすら、まだ受け入れることができていなかった。
それなのに、実はレイまで私のことを好きだったなんて。気づかなかった。気づいていたら、もっと別の今があったのだろうか。
というかそれ以前に、顔が熱くてたまらない。もう、やるべきことがあるんだから、早く落ち着かないと。
そうやって無言であわてふためく私に、アンドリュー様が堂々と答える。
「私と彼は、君に思いを寄せる者同士だ。これを恋敵と言わずして、何と言う」
「……その、アンドリュー様……ずいぶんとあっさり、レイの告白を受け入れていませんか……?」
「前から知っていたしな。彼が君のことを思っていることなど、彼を見ていればすぐに分かる」
え、と固まった私に、アンドリュー様は憐れむような目を向けてきた。
「君は色恋沙汰には疎いようだったと思っていたが……本当に、レイの気持ちに気づいていなかったのだな。おそらくだが、たぶん気づいていないのは君一人だ。もっともそんなうかつなところも、たいそう愛おしいのだが」
「と、ともかく!」
一転して甘い笑みを浮かべているアンドリュー様の言葉を、あわててさえぎる。
「そうと決まれば、さっそく出ましょう。早く、レイを探さないと。魔法省の人たちに捕まる前に」
「ところで、彼がどこに行ったかあてはあるのか?」
「……ありません。なのでまずは、彼の養い親のところを訪ねてみようと思います。そこにいなくても、何か手掛かりくらいは得られるかもしれません」
問題は、目的地までは馬車で丸一日はかかるということだ。もしそこにレイがいたとしても、私がそこにたどり着く前にまたどこかに移動してしまうかもしれない。急がなくては。
早足でレイの部屋を飛び出す私のすぐ後を、アンドリュー様がついてきていた。ちょっと悔しいけれど、彼がそうやってそばにいてくれることが、嬉しいと思えていた。
それから私たちは一度魔法省に戻り、待機を命じられていたギルバート様、ベリンダ様、それにクライヴさんを集めた。他の職員の目を盗むようにして、こっそりと。
もっとも魔法省の職員たちは、レイを探すのに血眼になっているようで、私たちにはろくに見張りすらつけられていなかった。
王都及びその周囲をあれこれと調べた結果から、レイがもう王都にいないことは確実だと判断されたらしい。そのことは、クライヴさんが同僚からこっそりと聞き出してくれていた。
椅子に座って輪になったみんなに、さっきレイの部屋で聞いた話をざっくりと伝える。レイが私のことが好きだとか何だとか、その辺のことは伏せて。
驚くみんなに、アンドリュー様が言い放った。
「これからシンシアは、レイを探しにいく。私もそれに付き添う。後のことは任せたぞ、ギルバート」
「……ここは、止めるべきなのでしょう。これはあくまでも、レイ君の問題です。本来であれば、アンドリュー様が関わるべき問題ではありません。貴方には貴方の立場がありますから」
ギルバート様の返答は当然のもので、しかし私にはとても悲しいものだった。こっそりと唇をかんだその時、彼はゆっくりと息を吐いて微笑んだ。
「ですが私は、貴方を止めません。思い人の力になりたい、その思いは理解できますから。……どうか、シンシア君の、レイ君の力になって差し上げてください」
「ああ。私はいったん王宮に戻ったと、周囲にはそう伝えておいてくれ。時間稼ぎにはなるかもしれない」
「わたくしも協力しますわ。シンシアさんが不在なのをできる限りごまかしてみます」
張り切ってこぶしをにぎるベリンダ様に、ギルバート様がうなずきかける。
さて、説明も済んだし、他の職員に見つかる前に急いで出よう。ぺこりと頭を下げて歩き出そうとしたら、いきなりアンドリュー様に腕をつかまれた。
「待つのだ、シンシア。今は緊急事態だ、特別な移動手段を使おう。うまくいけば、先回りすることもできるかもしれないぞ」
特別な移動手段、という言葉に、じっと私たちを見守っていたクライヴさんが露骨に嫌そうな顔をした。ギルバート様も何かに思い至ったらしく、はっきりと眉をひそめている。
「という訳だ。クライヴ、力を貸してくれ。古株の職員であるお前なら、あれの場所と使い方についても知っているだろう? 私は王太子として存在を知らされてはいたが、詳しいことまでは教えられていないのだ」
「確かに、知ってはいるが……実際に使ったことは、さすがにないからなあ……」
「アンドリュー様、クライヴ殿を困らせないでください。あれを無断で使えば、それこそ懲罰対象になります」
大いに困った顔のクライヴさんに、ギルバート様が助け舟を出す。
ところで、あれっていったい何のことなんだろう。雰囲気からして、移動手段であり、かつ魔法省と関係のありそうな何かなのだろうけど。
クライヴさんは両手で頭を抱えている。どうやら相当悩んでいるようだ。しかし、すぐに顔を上げ、背筋をぴんと伸ばした。
「……いや、こうなったからには俺も腹をくくろう。レイを連れ戻したい、その思いは同じだ。彼はずっと、一人で悩んでいたのだからな」
元々あまり思い悩むことがなく即断即決しがちのクライヴさんは、今回も割とさっさと結論を出したようだった。
「そうと決まれば、すぐに動こう。今なら、職員の大半が出払っている」
勢い良く立ち上がると、クライヴさんは私とアンドリュー様を交互に見た。
「二人とも、旅費は持っているか? 必要なものは、王都を離れてから買いそろえてくれ。それが一番早くて安全だ」
彼の問いに、首を横に振る。みんなに状況を説明してから旅の支度を整えるつもりだったから、まだ何も準備していない。
と、何かを心得たらしいギルバート様がすっと何かを差し出してきた。お金らしきものが詰まった袋と、銀色の腕輪だ。
「アンドリュー様、こちらを。金貨と、連絡用の音の魔導具です。今のアンドリュー様なら、ご自分で使うこともできるでしょう」
「ああ、もちろんだ。……見ての通り準備はできたぞ、クライヴ」
それを聞いて、クライヴさんが歩き出す。訳が分からないまま、彼の後に続いた。見送りのベリンダ様とギルバート様に会釈して、アンドリュー様と並んで歩く。
「……あの、その移動手段というのは、いったい」
「しっ。後で説明する。とにかく今は、何事もなかったかのような顔でのんびり歩くんだ」
積み重なった謎が気になって口を開くと、クライヴさんが鋭く制してきた。いつにない気迫に、驚きつつ口を閉ざす。
仕方なく、黙って歩き続けた。人気のない廊下を幾度も曲がり、下の階へと向かっていく。
これ以上下に向かうとダンジョンに入り込むんじゃないかなと思った時、クライヴさんが一枚の扉の前で足を止めた。どうやら、魔法で鍵がかけられているようだった。
周囲を警戒しながら鍵を開けて、三人そろって中に入る。内側からまた鍵をかけ直して、ようやくクライヴさんがほっと息を吐いた。
「ふう、どうにか誰にも見つからずにここまでたどり着けたな。さあ二人とも、魔法陣の真ん中に立ってくれ」
そこは殺風景な小部屋で、石の床に刻まれた魔法陣と、壁に貼られた大きな地図以外何もない。言われるがまま、アンドリュー様と魔法陣の上に立つ。
「それは転移の魔法陣と呼ばれるものでな、ダンジョンができるよりも前に、『翼』の素質を持つ魔法使いがマナの泉の助けを得て作り上げたものだ。上に乗っているものを、別の場所に転移させることができる」
「それ……かなり高度な魔法ですよね。勝手に使ってしまっていいんですか?」
「よくはないな。そもそもこれの存在を知る者はそう多くないし、そもそも緊急時以外は使用禁止なんだ」
「えっ、じゃあやっぱり駄目じゃないですか」
そう言って魔法陣から出ようとする私を、アンドリュー様が引き止める。クライヴさんはさわやかに笑いながら壁の地図のところに歩み寄った。
「気にするな。レイをすぐに連れて戻れば、大目に見てもらえるさ。ところで、目的地はこの町だな?」
「は、はい」
本当にこの魔法陣を使っていいのかなと思いながら、返事をする。クライヴさんは地図に触れながら、何やらマナを操っているようだった。
じきに、足元の魔法陣がぼんやりと光り出す。光はどんどん強くなり、すぐにクライヴさんの姿が見えなくなった。隣に立つアンドリュー様の姿も、白くかすんでいる。
「よし、じゃあ行ってこい! 戻ってくる時は、三人一緒だからな!」
朗らかなクライヴさんの声と同時に、目の前が真っ白になった。




