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26.青空の下の愉快な一日

 よく晴れた空、すがすがしいそよ風。とっても素敵なお昼時。


「ほら、シンシア。たくさん食べるといい」


 私の目の前には、よく焼けたおいしそうな肉が積み上げられていた。それはもう、たんまりと。




 私たちは魔法省を取り巻く広い草原にいた。普段は静かなそこは、今ではすっかり人でにぎわっている。年に数回行われる、魔法省の交流会が開かれているのだ。


 年に一度のダンジョン探索もだいたい無事に終わり、後始末も完了したちょうどこの時期に、こうやって魔法省の職員全員で草原に出て、屋外パーティーをするのが恒例の行事になっているのだ。


 テーブルと焚き火台を山ほど運び込み、肉や野菜、それに酒をたっぷりと用意する。そうして外で、みんなで様々な食材を焼いて食べるのだ。


 大きな荷物も風の魔法で楽々運べるし、テーブルなんかを置く場所の地ならしは土の魔法ですぐに終わる。


 火の管理は火の魔法使いたちが頑張ってくれるし、いちいち水を運んでこなくても、水の魔法ですぐにいくらでも調達できる。


 ベリンダ様がまた魔法を暴走させて辺り一帯水浸しにしていたけれど、それについても他の人たちがさっさと片付けていた。


 魔法の扱いにたけた魔法使いが多く在籍する魔法省の宴会、もとい交流会は、準備も片付けもあっけないくらいに簡単なのだ。


 今年は光の魔法、すなわち生命に関する魔法を使える私がいるから、ちょっとくらい飲みすぎても大丈夫だなと先輩たちは軽口を叩いていた。


 そうこうしている間にも、草原には肉の焼けるいい匂いが漂い始め、全員に酒のジョッキが渡される。私やベリンダ様など、お酒の飲めない人たちにはジュースだ。


「それでは、今年のダンジョン探索が無事に終わったことを祝して!」


 魔法省長官のざっくばらんなあいさつの言葉に続き、周り中から歓声が上がる。そうしてみんな、はしゃぎながら飲み食いを始めた。


 ジュースをちびちびと飲みながら、焚き火台を遠くから眺める。


 そこでは、先輩たちがわらわらと群がって肉を奪い合っていた。けれど食材は山のように用意してあるから、別に急ぐ必要はない。


 それよりも、さっきの長官の言葉が引っかかって仕方がなかった。


「無事……まあ一応、無事といえば無事、なのかなあ……」


「『無事』の定義がおかしいよね、どう考えても」


 私のつぶやきを聞きつけたのか、レイが隣にやってきた。彼が飲んでいるのは、中々に強めのお酒だ。甘いもの好きで太らない彼は、お酒のほうも結構強かったりする。


「確かにね。ダンジョン内で想定外の戦闘に巻き込まれたのが私たちのグループを含めて八隊、負傷者がしめて十二名……だった?」


「うん。とどめに、君みたいにマナをたっぷりと浴びて検査及び療養することになったのが三十五名。幸い、みんな数日で回復したけれど、無事……って言い切らないよね、普通は」


「マナは目に見えないし、魔法使い以外には感知することもできない。大量のマナを浴びると命にかかわるから、魔法省が管理している区画には絶対に近づかないように。小さな子供でも、そのことは知っているくらいなのに……」


 苦笑しながら、周り中で騒いでいる人たちを見る。レイも同じように、みんなに目を向けていた。


「普通の人間は、マナをきちんと恐れてる。でもここの人たちは……こういったらなんだけど、ちょっと雑……だよね。いやあ、またマナを浴びちまったな、とかなんとか言ってるし」


「……そうね。療養はこれで三回目だ、とか和やかに話しているのを聞いたわ。それに結局、アンドリュー様もぴんぴんしてるし」


「おお、シンシア。私を呼んでくれたのか?」


 アンドリュー様の名を口にしたとたん、当の本人が人込みをかき分けるようにして顔を出した。


 その手には、焼けた肉が山のように乗せられた皿。二、三人前はあるだろうか。


「君に食べてもらいたくて、取ってきたのだ。さあ、遠慮なく!」


 私の目の前のテーブルにその皿を置いて、アンドリュー様はとっても得意げに胸を張る。


 焚き火台のほうでは、まだ肉の争奪戦が繰り広げられていた。あの中に分け入って、これだけの肉を取ってきたというのか。


「……権力の、濫用?」


 そんなアンドリュー様を見て、レイがぼそりとつぶやく。アンドリュー様はきりりと眉をつり上げて、鋭く言い放った。


「実力だ。私はちゃんとあの戦いに身を投じ、自分の手で肉をもぎとってきたのだ。……少しぐらい手加減してくれてもよさそうなものだが、みな一歩も引かなくてな。おかげで私も、全力を出す羽目になった」


 アンドリュー様は、やはり運動のほうは得意らしい。剣術の腕については、先日スライム騒動の時に見せてもらった。確かにあれだけ動けるのなら、他の職員たちをかいくぐって肉をかき集めてくることも可能だろう。


 しかし、王太子相手に一歩も引かないとは、みんな中々に大人げない。


 考えてみれば、王太子である彼がこうやって文官たちの中に混ざって仕事をしているのは、かなりとんでもないことではある。


 一応、彼は陛下の意向、王となる前に見聞を広めてこいというお考えのもとにここに来ているらしい。


 しかしそれはそうとして、魔法省の人たちはあっさりとアンドリュー様を受け入れてしまっている。豪胆というか、怖いもの知らずというか。


 しかも魔法省の先輩たちは、一応それなりの礼儀を保ってアンドリュー様に接しているけれど、特別扱いはほとんどしていない。ごく自然に、他の後輩たちと同じように扱っている。


 魔法省の職員は、変わり者が多い。前からそう聞いてはいたけれど、改めてそのことを実感できたような気がする。


 だいたい私たちの教育係を務めたクライヴさんも、ちょっと一筋縄ではいかないところのある人だ。


 有能なんだけど妙に熱血で、その上おおらかというかおおざっぱというか。先生として見るなら面白い人なんだけど、文官という感じの人物ではない。


 それにレイも、優秀だし仕事はできるけど、人見知りというか斜に構えているというか。私とはよく喋るけれど、他の人とは必要最低限のことしか話さないし愛想も悪い。


 もっとも、最近彼がアンドリュー様とわいわい言い合っているのをよく見る。あれ、打ち解けたってことでいいんだろうか。


 彼は豪商の養子だけれど、商売にはあまり向いていないなと思っていた。そういう意味では、ここに来て良かったのだろうなって思う。


 あ、でもギルバート様はまともだ。


 容姿端麗、頭脳明晰……とはいえ、主であるアンドリュー様の婚約者であるベリンダ様にこっそり思いを寄せるようなところもあるし。それにああ見えて自分に自信がないというか、妙に後ろ向きというか。


 猪突猛進、美形なのに色々残念で目立つアンドリュー様のそばにいるせいで際立っていないだけで、ギルバート様もちょっと変わったところがあるのかもしれない。


「……とまあ、私はこのように目覚ましい活躍を見せ、君のための肉を手に入れたのだ。さあシンシア、私の麗しい姫君。どうか、この勝利の肉をその愛らしい口で食してくれ」


 うっかり物思いにふけっていたら、アンドリュー様がそんなことを言って肉の山を指し示していた。


 しょ、勝利の肉って。そのあまりにも間の抜けた珍妙な言葉に思わず吹き出すと、アンドリュー様がそれは嬉しそうにうっとりと微笑んだ。


「おお、君のそんな無邪気な笑顔が見られるとは思わなかった。頑張ったかいがあったというものだ。そうだ、せっかくだから私の魔法を見てくれ。かなり上達したのだぞ」


 そう言ってアンドリュー様は、風の魔法で肉を一枚浮かせて、小さく切った。そのひと切れにフォークを突き刺して、とても優雅に差し出してくる。


 確かに、ずいぶんと器用に魔法を制御している。アンドリュー様はおおざっぱそうなのに、意外だ。


 それはそうとして、彼はフォークをにぎったまま、肉をこちらに突きつけている。


 もしかしてこれは、このまま食べろということなのだろうか。彼の緑色の目には、期待の色が満ちていた。


「それでは、いただきます」


 さらりとそう答えて、フォークを彼の手から奪う。そのまま、肉をぱくりと食べた。まだ温かくておいしい。


 アンドリュー様が露骨にがっかりしているけれど、そちらは見なかったことにする。


 彼があまりに堂々と迫ってくるのでつい忘れがちになっているけれど、私は彼の求婚を受け入れる訳にはいかないのだ。不用意に親密な感じになるのは、避けなくては。


「はい、アンドリュー様もどうぞ」


 けれどちょっとかわいそうになったので、フォークに別の肉を刺して彼に返した。アンドリュー様自体は悪い方ではないし、これくらいしてもいいかなとは思う。


 ……悪い人ではないのは確かだけれど、ちょっぴり……かなり問題児のような気はしている。


 彼は感激に目を潤ませ、フォークを受け取る。まるで珍味でも目にしたかのような面持ちで、ゆっくりと肉を口にした。


「君の手から食べると、いつもよりずっと美味に思えるな。それでは次は、野菜を取ってくるとしよう。君はそれを食べながら待っていてくれ。ああ、レイも食べていいぞ。私は寛大だからな」


「……寛大っていうか、何も考えてないっていうか」


 小声でつぶやいたレイの声は、幸いにもアンドリュー様の耳には届かなかったらしい。彼はこちらに背を向けたまま、軽やかな足取りで去っていく。


 なんだかせわしないなあと思っていたら、今度は背後から別の声がした。


「……アンドリュー様は、楽しそうだな」


「それに、レイさんも。ふふ、まるでお友達のようですわ」


「あ、ギルバート様。それに、ベリンダ様も」


 ギルバート様とベリンダ様が、連れ立って歩いてきた。場の空気に当てられているのか、ベリンダ様の頬がほんのりと赤く染まっているのが何とも可愛らしい。


「シンシア君、アンドリュー様が度を越したらいつでも言ってくれ。私が責任持って、あの方を抑えるから」


「今のところは大丈夫です。そうだ、お二人もこのお肉、どうですか? アンドリュー様が自力でぶんどってこられたそうなんです」


「まったく本当に、あの方は……」


「あら、でもおいしいですわ。ギルバート様、冷める前にいただいてしまいましょう」


 頭を抱えるギルバート様と、さっそく肉を食べているベリンダ様。


 焚き火台のほうは相変わらずにぎやかだし、そろそろ酒が回ってきたからか、魔法を使った一発芸大会まで始まっていた。


 いいんだろうか、あれ。放っておいたら大変なことになりそうな気もするけれど。もっとも周囲の人たちの様子から見るに、この馬鹿騒ぎはいつものことらしい。恐るべし、魔法省。


 しかしそんな中、アンドリュー様も負けず劣らず目立ってしまっていた。


 彼はその俊足を生かして人の間を縫うように走り、いいあんばいに焼けた野菜を次々と皿に乗せていたのだ。それを見て、レイが何とも言えない微妙な表情でつぶやく。


「……あの卒業パーティーの時も、あの人が一人で大暴れしてたっけ……あの時とはちょっと暴れ方が違うけど」


「そうね。おかげでとんでもないことになったけれど、まあこれはこれで面白いと言えなくもないし」


「……君ってやっぱり図太いよね」


「あら、神経の太さで言うならレイも相当じゃない? 最近、アンドリュー様と仲良くじゃれ合ってるし」


「仲がいいって、気味の悪いこと言わないでよ」


 大げさに震え上がってみせるレイの姿がおかしくて、私たちみんなで笑う。レイも肩をすくめたまま、困ったように笑っていた。


 それから和気あいあいと、みんなでお喋りして、飲み食いして。


 先輩たちに混ざってはしゃぎだしたアンドリュー様と、それを止めようとするギルバート様、そんな二人をおっとりと微笑んで見守るベリンダ様。


 なんだかもうすっかりおなじみになってしまったそんな光景を少し離れて眺めながら、のんびりとジュースを飲む。


 ちょくちょく問題が、それも予想外の問題が起こってはいるけれど、それでも私は今の暮らしを楽しいと思えていた。


 一年と言わず、ずっとこのままでもいいかなと、そんなことを考えてしまうくらいには。


「……平和だね」


 まるで私の心を読んだように、隣のレイがつぶやく。今飲んでいるのは、私のと同じジュースだ。


「……この平和が、ずっと続くといいね。こうやってみんなで笑っていられる、そんな日々が」


「……そうね」


 もっとも、そんなことが不可能だということくらい分かっている。


 いずれアンドリュー様はここを出ていって、そのうち王になる。その隣に立つ王妃がベリンダ様になるのか、それとも私の知らない誰かになるのかは分からない。


 他にもきっと、少しずつ色々なことが変わっていくのだろう。


 ただ叶うなら、一人でも多く幸せになれるような、そんな未来が待ってくれているといいな。心の中で、そっと祈った。

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