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24.女同士でお喋りを

 やがて上の通路と私たちがいる大広間は、土の魔法の階段でつながった。すぐに、上からぞろぞろと人が下りてくる。


 先頭はギルバート様だ。アンドリュー様を見て大いにほっとした顔をしていた。


「アンドリュー様、ご無事でよかった……あなたにもしものことがあれば……」


 そうして彼は、私のほうに向き直る。やはりほっとした顔で、穏やかに言った。


「君も無事だな、シンシア君? 守ってやれなくてすまなかった。あまりに急なことで、うまく立ち回ることができなかった。私が未熟なばかりに」


 いつも通りの落ち着いた声音。それに、少し寂しいものを感じた。


 当然といえば当然だけれど、ギルバート様にとって私はただの仲間で、アンドリュー様のほうがずっとずっと優先順位が高いのだ。


 分かってはいるのに胸が痛むのは、さっきの打ち明け話のせいで心が揺らいでいるからかもしれない。早く、いつもの調子を取り戻さないと。


「……大丈夫です。アンドリュー様に助けられてしまいました」


 寂しさを押し殺して、何事もなかったかのような顔でギルバート様に頭を下げる。そこに、階段を下りてきていたレイが駆け寄ってきた。


「大丈夫じゃないだろ。顔色が悪いよ。落ちた時にどこか打ったりしてない?」


 たったそれだけの言葉に、救われたような気がした。この薄暗がりの中、レイはすぐに私の不安を見抜いてくれた。そのことにほっとしたとたん、なぜかめまいがした。


「……分からない。少しの間、気を失ってたから。でもちょっとくらくらする……なんでか知らないけど、波の音が聞こえるし……」


「波の音? 何も聞こえないよ。やっぱりどこか悪いんだと思う。ほら、すぐに地上に戻ろう。僕がついてるから。……ギルバート様、僕とシンシアは急ぎ離脱します」


「ああ。気をつけて。すまないが彼女のことを頼む」


「待て、レイ。シンシアを送るのなら私が」


 私を追いかけようとしたアンドリュー様を、ギルバート様がすかさず止めた。ちょっと怒っているような声で、彼はアンドリュー様にぴしりと言う。


「アンドリュー様にはまだここに留まっていただかねばなりません。あなたはスライムから噴き出した大量のマナを間近で浴びています。救護班が来るまで、ここで動かずに待機していてください。自分の足で歩くなど、もってのほかです」


 そんな言葉を背中で聞きながら、レイに手を引かれて階段を上る。大広間と上の通路をつなぐ岩の柱、そこに刻まれた小さな段を、一歩一歩上っていく。


 周りにあるのは、ただの薄闇だけ。そうしていると、頭がぼんやりしてくる。


「シンシア、ただ足元だけを見て。あと少しで上に出られるから」


 すぐ近くで聞こえるレイの声が、じんわりと心にしみ渡っていく。彼は私の腕をしっかりと支えてくれていた。あったかい。


 ふわふわした頭でレイの声を聞きながら足を動かしているうちに、少しずつ辺りが明るくなっていく。


 あ、元の通路に戻ってきた。そう思った時、また意識が遠のいていった。




「……うう、退屈……」


 スライムから放たれたマナをまともに浴びたせいか、二回も気を失った私。


 検査の結果異常はないということだったけれど、大事を取って休むことになった。しかも、丸二日も。


 休養ということになっているから、あちこち出歩くのもちょっとはばかられる。なので仕方なく、寮の自室にこもっていたのだった。


 レイが謹慎していた時のように本でも読もうかと思ったけれど、どうにも頭に入ってこない。


 あの時、ついうっかりアンドリュー様に秘密を話してしまったことが、まだぐるぐると頭の中を回っていた。


 あの秘密は、誰にも明かしたくはなかった。憐れみをかけられたくはなかったから。


 私はずっと、虐げられてきた。けれどそんな状況から逃れるために、一生懸命に努力してきた。同情されるくらいなら、私の努力のほうを認めてほしかった。


 だから私は、そんな過去を隠して元気に突き進んでいた。少々わざとらしいくらいに前向きに、努力を重ねていた。


 だからあの時、秘密を口にしてしまってから、しまったと思った。きっとアンドリュー様は、かわいそうな私を甘やかそうとするかもしれないと、そう思ったのだ。


 けれど彼はただ静かに、私の言葉を受け止めていた。ちょっと拍子抜けでもあったけれど、ほっとしたのも確かだった。


「……もしかしたらレイも、受け入れてくれるかな……話して、みようかな……」


 窓辺の机に頬杖をついて、ぼんやりと外を眺める。退屈だったし、誰かと話したいなと強く思った。


 けれど、この部屋を出ていく気にもなれなかった。何となく、踏ん切りがつかなかったのだ。


 もう何度目になるのか分からないため息をついた時、扉が叩かれた。そうして姿を現したのは、私服のベリンダ様だった。


「シンシアさん、お加減はいかがかしら? 一応お休みは今日までと聞いていますけれど……今日はわたくしもお休みなので、様子を見にきましたわ」


「とっても元気です。明日から、問題なく仕事に戻れます。そもそも体に異常はなかったので。たっぷりとマナを浴びてしまったせいで、一時的に体調が不安定になっていただけで」


「まあ、良かった。いきなり床に穴が空いて、そこにあなたが落ちていった時は……生きた心地がしませんでしたわ」


 ふわふわと優しい雰囲気のベリンダ様が、心底安心したような顔でほうと息を吐く。


 その顔を見ていると、すっと気分が軽くなった。さっきまで頭の中でぐるぐる回っていた弱気な感情が、澄んだせせらぎに流されてなくなっていくような、そんな心地だ。


 そんなさわやかな気分に後押しされるようにして、口を開く。


「あの、ベリンダ様。よければ一緒に出かけませんか? 少し、お話がしたいなって思ったので」


「それは楽しそうですわね。でも、外出しても大丈夫なんですの?」


「体調は問題ありませんが、丸一日寝ていたせいで体がなまっているんです。明日からの復帰に備えて、体を慣らしたいんです。なので、付き添ってもらいたいなって」


「ふふ、分かりましたわ。では参りましょうか」


 そう答えたベリンダ様は、いたずらっぽく笑っていた。




 そうして二人、城下町へと向かう。この前レイと歩いた町並みを、ベリンダ様と並んで歩いた。


 二人とも私服だからか、そこまで目立つことはなかった。お忍びの貴族のお嬢様とそのお付き、たぶん周囲からはそんな感じに見えているに違いない。


「ああ、ここです」


 私が彼女を連れていったのは、広場に面したカフェだった。店の中だけでなく外にもテーブルと椅子が並べられていて、そちらでお茶やお菓子を楽しむこともできる。


 大通りから少し離れているということもあって、広場は人が多すぎず少なすぎずで、のんびりとお喋りを楽しむにはちょうどいい。


「素敵なお店ですわね。こんなことまで知っているなんて、さすがはシンシアさんですわ」


「実は、レイに教えてもらったんです。私、学問なんかは得意なんですけど、年頃の女性らしいことは何一つ知らなくって」


 決まりの悪さを感じながらもごもごと答えると、ベリンダ様はおかしそうに笑った。


「ふふ、あなたにも苦手なことがあったんですのね。なんだか、親近感がわいてしまいました」


 そんなことを和やかに話しながら席に着き、私が店員とやり取りしてお茶とお菓子を運んでもらう。


 あったかいお茶とおいしいお菓子に舌鼓を打ちながら、ベリンダ様と色々なことをのんびりと話す。


 まずは、あのスライム事件のその後について。


 アンドリュー様は、やはり魔法の素質に目覚めていた。スライムから放出された大量のマナを浴びたせいだろうと、魔法省の上のほうはそう考えているらしい。


 王太子になんて危険なことをさせたんだとギルバート様は叱責されそうになったが、上機嫌のアンドリュー様のとりなしにより不問となったそうだ。


「……しかもアンドリュー様は、あっという間に魔法の制御がうまくなられて……わたくし、ちょっぴり悔しいですわ……」


 恨めしそうな顔で、ベリンダ様はケーキにフォークを突き立てている。


 いつも魔法の制御に四苦八苦している彼女からすると、アンドリュー様に追い越されたというのは複雑な気分だろう。


 ちなみに、あそこにいきなりスライムが現れたのも、いきなり床に穴が空いたのも、あの辺一帯のマナが不安定になっていたためだと、そう調査の結果が出ていた。


 空気中のマナが濃くなりすぎると、空間がゆがんでものの形が変わったり、転移したりといった現象が起こるのだ。話には聞いていたけれど、実際に体験したのは初めてだ。


 あのダンジョン、もしかしなくても結構とんでもないところなのかも。ちょっぴり怖い。来年がちょっとゆううつ。


「次からは、浅い階層であってもマナ測定器を携帯することになりそうだと、そう聞いていますわ。ただ……どうしてあんな風にマナが不安定になったのかは、まだ分かっていないみたいで」


「でもまあ、こうしてみな無事だったのですし、よかったと思いますよ。……特にアンドリュー様にとっては、予想外に良い結果になったみたいですし」


 何気なくアンドリュー様の名前を口にすると、向かいに座るベリンダ様がふっと表情を消した。それから、ゆっくりと静かに言う。


「あの、シンシアさん」


 ベリンダ様の雰囲気が、ちょっとだけ変わっていた。ふわふわと甘く優しいものではなく、どことなく堅苦しい、一歩引いたようなものになっていたのだ。


「わたくしは……あなたの平穏な暮らしのために、アンドリュー様を引き留めるよう努力すると、そう約束しましたわ」


 そうですね、とばかりに小さくうなずきかけると、ベリンダ様はひどく切なげな顔になり、唇をかみしめた。


「でも……無理みたいですわ。ごめんなさい。わたくしには、あの方を止めることはできない……」


 どうして突然、そんなことを言うのだろう。見たところ、アンドリュー様とベリンダ様の関係は悪化していない。むしろ、いいほうに変化していると思える。


 姉のようにアンドリュー様の面倒を見るベリンダ様、そしてそんな彼女に内心感謝しつつも素直になり切れないアンドリュー様。


 ちょっとした腐れ縁ではあるが、案外うまくやっていける組み合わせなのではないかとさえ思っている。


 でも、目の前のベリンダ様は、それは無理なのだと言い切った。いつも柔らかく穏やかで、強く物事を否定することとは無縁の彼女が。


 彼女がそう言った理由に、一つだけ心当たりがある。言おうか言うまいか悩んで、消え入るような声でつぶやいた。


「……それはあなたが、ギルバート様を好いておられるから、ですか?」

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