諦めの決意
夢を見ていた。
母親に絵本を読んで欲しいとお願いする夢だった。
「お母さま、これがいい!これ読んで!」
ーーーもう一人で読めるのに、しょうがない子だね。これは私たちのご先祖様のお話だね。
「お母さまに読んでもらった方が楽しいんだもん!」
小さい頃から職務で忙しかった母親とは、一緒に過ごせる時間が短かった。だから一緒に居られる時間はずっと甘えていたと思う。母親に絵本を渡して、その膝の上に頭を乗せる。
ーーー昔々、あるところに一人の召喚士が居ました。その召喚士は、戦争の絶えない世界を変えようと、魔法の研究をしていました。たくさん研究を頑張ったその召喚士は、遂に異世界から魔王を召喚することに成功するのでした。
「魔王ってなーに?」
あの頃は何度聞いても覚えられなかったから、こうして同じ説明をしてもらったっけな。懐かしいや。
ーーー魔王っていうのはね、とっても強いこことは違う世界の生き物なの。全部の世界に居て、主人公はお隣の世界から魔王を召喚する魔法陣を作ったんだ。この世界のお隣には、獣の魔王『フェンリル』、竜の魔王『エリュシオン』、精霊の魔王『レーシィ』、時の魔王『サリエル』の四人が居るんだよ。
「竜がいい!かっこいいから!」
俗に言うドラゴンだ。ドラゴン=かっこいいの方程式は普遍的な価値観である。そんな俺を見て母親は苦笑いをしていた。
ーーー竜はとっても恐ろしい生き物なんだよ。でも、そうだね。このお話の主人公は、竜を召喚することになったんだよ。
「やっぱり!竜を選んだんだ!」
ーーーどの魔王を召喚するかは選べないんだよ。主人公は偶然竜を召喚したの。
「へー!はやく続きを読んで!」
ーーーもう、レオンが聞いてきたんでしょうに。魔王を召喚した召喚士は魔王にお願いしました。この戦争を終わらせるために力を貸してください、と。竜の魔王エリュシオンは、力を貸すために、一つだけ約束をしました。それは、戦争を終わらせたら、主人公の命を貰うというものでした。
「えー!なんで!召喚士さん死んじゃうの?」
ーーー召喚された生き物は、召喚した人が死ぬまで元の世界には戻れないの。竜王には元の世界に家族が居て、早く戻りたいから目的を達成したらすぐに戻れるようにこの約束をしたのでした。そして、召喚士の国は竜の魔王の力を借りてあっという間に戦争を終わらせ、平和が訪れたのでした。戦争が終わった後、召喚士は命を捧げ竜の魔王は元の世界に戻り、召喚士の功績を讃えた王様は、召喚士のお墓をお城の近くに作り、その子孫をずっとずっと大切にすると決めたのでした。おしまい。
「僕たちはこの人のこどもなの?」
ーーーそうよ、だからレオンも大きくなったら、この国の王様に仕えるの。そのためにも立派な召喚士になってね。
「うん!そしたらお母さまと一緒にお仕事するの!」
ーーーそれはできないの。
「どうして?」
ーーーだってお母さん、もう死んじゃってるから。
「う…寒い。」
座ったまま、机でうつ伏せになって寝てしまっていたようだ。嬉しいような悲しいような夢だった気がする、内容をきちんと思い出せないが。
あまりの寒さに耐えるために、キッチンでスープでも作ろうと席を立つ。
強い寒波に襲われ、ガタガタと震えてしまうような夜。
鬱蒼とした木々が繁る森の中で寒さはより一層厳しく、今にも壊れそうなボロボロのこの小屋では当たり前のように手足の先が冷たくなる。
「よし、できた。」
誰も居ないこの小屋で小さく呟く。返事なんて無いのは分かっているが、何年も一人で生活していると話し方を忘れそうになるため、意識的に思ったことは口に出すようにしている。
亡き父が作ってくれた俺用のお椀にスープを入れ、数ヶ月前に自分で作った木製のお盆に乗せて運ぶ。
「あ、スプーン忘れた。」
スープを運んでる途中に気付いた俺はお盆を持ったまま振り返り台所からスプーンを取ろうとする。
その時、お盆に乗せた器が滑り、作ったスープが床へ落ちた。
スープは床に撒き散らされ、お椀は真っ二つに割れてしまっていた。寝惚けていたせいだろうか、こんなヘマをするなんて。
ーーーこのお椀、手元に残ってるもので唯一親から貰ったものだったのになあ。
「はぁ。」
やるせない気持ちになりつつ、台所からスプーンを取る。
これまた自分で作ったスプーンを握りしめ、それを見つめながら、俺は一つの結論へ辿り着いた。
「もういいや。死のう。」
限界だった。国から追われ続け何年も逃亡生活を続けた俺には、これ以上生きる気力が湧いてこなかった。凍てつくようなこの寒さを癒してくれる家族も、一緒に食事を取る仲間も居ない。今の俺には、俺しか居なかった。
「最後に生きた証でも残したいもんだな。」
天井を見つめて呟く。
死ぬのは構わないが、俺の不幸を作り出した最低最悪のこの国へ何か意趣返しをしてやりたく考えを巡らせる。師匠に絶対にやってはいけないと何度も教わってきた例の召喚魔術を使うことにした。そもそもの元凶はこの魔術なのだしこれを使って派手に死のうと、自分の中でそう結論付ける。
「準備するかあ、それにしても寒いな。」
俺の声は少し震えていたし、涙声だったと思う。今感じている寒さも寂しさも無くなると思えば少し嬉しかったが、大切な師匠からの教えを破ってしまうことへの罪悪感もあり、自分自身でもよく分からない感情になっていた。それでも、涙が止まらなかった。