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7. 答え合わせ

本日2話更新しています、こちら2話目です


 舞踏会から二日後、ジェナは警護任務のためハロルドの執務室に立っていた。

 室内では宰相とハロルドが向き合って書類を作成している。執務机の上には今にも崩れそうに書類が山積みになっていた。

 暑さも少し和らいできた季節。二人は来年度の予算を検討している。だが、書類を作りながらも二人はゆるく会話していた。


「そういえば陛下、帝国のアマンダ姫のご婚姻は来年の中頃に決まったそうです」

「そうか」

「新婚旅行に来たいって、向こうの外交官から打診がありましたよ」

「それはいい。いくつかおすすめを選ぶか」

「陛下自らなさらなくても、こっちでやっておきますよ」

「いや、私もやりたい」


 宰相が「陛下はそういうのお好きですよねえ」と笑う。その声を聞きながら、ジェナは小さく息を吐いた。

 来年。アマンダが新婚旅行にやってくるまで、自分はここにいるだろうか。



 先日、舞踏会から逃げ帰ってから、ジェナは今までになく憂鬱な気分だった。

 ハロルドと顔を合わせたくない。正体が露呈したのかどうか分からないが、仮に気付かれていないとしてもこちらが気まずい。


 今まで純粋に尊敬していた主君に、ただの近衛騎士が個人的に不埒な感情を抱いているということ自体、とんでもない不敬になるのではないかとジェナは思った。

 それに、男女交際について知った様な口を利いていたことも恥ずかしい。実際には恋するということが全然分かっていなかった。こんな複雑な感情になるなんて。


 さらにいずれ、彼は妻を迎える。それを自分は傍で見ていることが出来るのだろうかと。

 ジェナは初めて、近衛騎士を辞めようかと考えていた。



 悶々としていても、お構いなく警護担当の日はやって来る。

 寝不足で頭の中は冴えないが、それを表に出さないよう努めるのは得意だ。ジェナは平静を装って、普段通り執務室の調度品となっている。



「ん-、ちょっと休憩しましょう。少ししたら戻ります」


 書類を一山片付けた宰相が腰を叩きながら部屋を出て行き、室内にはハロルドとジェナの二人だけになった。

 まずい、緊張する。話しかけられてもきっとうまく返せない。

 ジェナは自分の気配を殺したが、ハロルドはあっさりと声をかけた。


「バリー隊長」

「……はっ」


 ハロルドもうーんと伸びをした。その拍子に椅子がぎぃと鳴る。


「先日、仮面舞踏会に出たのだが」


 軽い口調で話し始めた内容に、ジェナは固まった。


「そこで会った女性に、また会いたいと思っている」


 どきりとして、視線を室内の絨毯に落とした。ぶわりとおかしな汗が噴き出たのを感じる。

 やはり、気付かれていたのだ。


「赤いドレスで長身の女性だ。名前を聞いたが教えてもらえなかったし、ガラスの靴も落とさなかった」

「………………」

「そしてドレスだというのに、逃げるように手すりを飛び越えて消えてしまったのだ」


 一呼吸おいて、ハロルドは言った。


「バリー隊長、心当たりは?」


 ジェナは唾を飲み込んだ。これは何を尋問されているのだろう。あの時逃げ出した女が自分だと白状したら、どうなる?

 自分の近衛騎士がわざわざ女装して舞踏会に潜り込み、踊ったはいいが突然逃げ出すという奇行。

 練習の成果を見に行ったんです、などとは言えない。自覚してしまった自分の気持ちは、冗談で済ませるには大きくなりすぎてしまっている。

 この想いを正直に告げることは出来ない。自分はただの近衛騎士なのだ。


「…………ありません」


 たっぷり考えて出した答えに、ハロルドは「……そうか」と呟いて事務作業に戻った。


 室内には静寂が訪れた。




 舞踏会が話題に上がったのはそれきりである。

 表面上、ハロルドとの関係は元に戻った。とはいっても、二人きりになっても会話を交わすことはない。

 国王とただの近衛騎士の正しい関係に戻ったのだ。


 ジェナは正直なところ、非常に切なく感じていた。

 彼に惹かれるようになったあの仕事中のわずかな時間は、自分にとって幸せなひとときだったことに気付いた。

 しかしそんな日はもう来ない。


 赤いドレスの女性について問われた時、もし自分だと述べていたら、ひょっとすると関係は変わっていたのかもしれない。

 だが、それは近衛騎士としての矜持が許さなかった。

 主君に敬愛以上の気持ちを抱くなど、職務に反する。


 だからこれでいいのだ。

 ジェナはそう自分を納得させるしかなかった。



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