【セントノリス中1-0】セントノリスの怖い話2
「……もう少しくっついてもいいかな」
「いいよ。こわい?」
「こわい」
だって30号室がまだあったなら、そこに入るのはコリンだったからだ。
コリンは想像する。リーンはきっと怖かっただろうなあと思う。
すごく寂しくて悲しかっただろうなあと思う。
好きで成績が下なわけじゃない。どうしてそこまで追い詰められなきゃいけないんだろう。
こわくて、すごく悲しかった。リーンが友達に選ぶならきっとコリンだろうと思う。
「どうぞ」
ハンカチを差し出されたので受け取った。
自分が泣いていることにコリンは気づいた。
「ありがとう。洗って返すね」
「いつでもいいよ。……あとでリーンの名前を考えてみて。きっとこわくなくなるから。彼は僕らで、僕らみんなが彼なんだ」
「え……?」
なぞかけの答えはわからなかったが、優しい声と肩に触れる体温に、冷たくなって震えていた心が温かくなった。
人ってあったかいんだなあと思う。
ちりーん
ちりーん
「二の不思議。門の手形」
話し手が入れ替わった。犬のような、オオカミのような面の先輩。
「セントノリスの門が白いことは皆ご存じだろう。では門が閉じている状態でその表を見たことがあるだろうか。……ないだろう? 選ばれし君たちは開いた門に迎えられ、中にいる君たちを守るためにその門は閉じるのだから。見る機会があればよく見てみるといい。そこに数え切れぬほどの手形があることに気づくだろう。在校生は知っている。毎年合格発表の時期になると夜な夜な、バン、バンという不気味な音が門から響くことを。その年選ばれなかった、セントノリスの門をくぐれなかった者たちの無念が、毎年その門を叩くことを。無念で、悔しくて、悲しくて、彼らは門を叩く。だが門は開かない。門は戦いを勝ち抜きそこをくぐったセントノリスの住民を守っているから。優秀で幸運な君たちはいずれその音を聞くことだろう。そして思うはずだ。『叩く側にならなくてよかった』と。規律を破って夜遊びに出かける者は覚悟しろよ。その無数の無念の『手』はいつでも、君たちの恵まれた地位を奪いたくてそこにあるのだからな」
ふっと明かりが消えた。
ちりーん
ちりーん……
コリンは思う。
きっとコリンは落ちても、門を叩きには来なかっただろうと。
「落ちてたら僕の無念も叩いたと思うな。しつこく何度でも、とっても強く」
隣から声がした。
相変わらず顔は見えない。
「へえ」
コリンはもう少し考えて笑った。
「うちはママの無念が叩きにきたと思う。下手すると叩き割ったかもしれない」
「強いお母さんなんだね」
「最強だよ」
「受かってよかった。門がかわいそうだ」
「最下位だけどね」
「そんなの誤差だよ。一点に何人もがひしめく世界だ。今何位の誰だっていつリーンの立場になるかわからない、それがセントノリスだもの。一世一代の恨みっこなしの真剣勝負に勝ってセントノリスにいる自分を、僕たちは今後何があろうが、常に褒めすぎなくらい褒めていいんだ」
「……」
そういう彼の声はどこか誇らしげだった。
コリンは今門の中にいる。門に守られ、セントノリスの同級生と揃いの寝巻を着て並んで座っている。
いとこのダニーの無念は門を叩きに来ただろうか。
ひょっとしたら彼との差は、たった1点だったかもしれない。
でも勝ったから、コリンは今ここに座っている。
コリンは誇っていいのかもしれない。
今ここにこうしている、というそのことを。
よくがんばったなコリン=アップルトン。
誰かと比べるのではなく、貶めるのではなく、頑張った自分をコリンはただ褒めていいのかもしれない。
来年の合格発表のとき、門の方でバンバンと音が聞こえても怖がらないようにしようとコリンは思った。
門ぐらい叩いていい。彼らはそれだけ努力したのだから。
その音をよく聞き、戒めにしようと思う。彼らを押し出してここにいることを、そのたびに思い出そうと思う。
「三の不思議。アブラハム=フリーンハイムの彫像」
骸骨のマスクの語り手に変わった。
ちりーん
ちりーん
「初代校長アブラハム=フリーンハイムの彫像が校舎の入り口前にあることは皆知っているだろう。あれは、動く。日によって微妙にポーズが変わっていたり、理髪店にでも行ったのか髭が短くなっていたこともあるという。一番の事件はおよそ70年前。校舎に入ろうとした生徒たちは彼が生徒のジャケットを羽織りネクタイを締めているのを見た。教師に隠れて陰湿ないじめをしていた生徒のものだったそうだ。彼は正義の人だったから、目の前で行われるそれを看過できなかったんだろうね。アブラハム=フリーンハイムにジャケットを着られた生徒は泣いて謝罪し、次の日にはセントノリスを去ったそうだよ。隠れてコソコソと悪事や不正を為したいものは注意しろ。アブラハム=フリーンハイムはその目で、必ずそれを見ている。以上」
ふっと彼が炎を吹き消したとたんに一斉に明かりが消えた。広場がざわめく。
「なんだ?」
「おい、誰か火つけろ」
やがてぽつりぽつりと明かりが灯り始める。
「いないぞ!」
声に前を見れば、さっきまでいた『怪奇倶楽部』の面々がいない。
「扉は開いてない。俺はずっとここに座ってたんだから」
扉の前にいた生徒が声を上げた。
一瞬場が静まり返った。
「……」
……ちりーん
ワーッと誰かが声を上げ、恐怖が爆発した。
扉を開き、押すな押すなしながら外に飛び出す。
コリンも走っていた。
怖いより、なんだか楽しくなっていた。
体も軽くなったし、何かスポーツでも始めてみようかなと思う。
はあはあ言いながらコリンは一番端っこの部屋に走る。
29号室の皆に今日の話を伝えようと思う。
誰もがリーンになるかも知れず、誰もが門の外で手形をつける者であったかもしれず、いつだってアブラハム=フリーンハイムが見ているかもしれないということを。
自分たちは今は端っこでも、ちゃんとこのセントノリスの一員であることを。いつだってリーンになるかもしれないけれど、そうじゃない正反対の者になるチャンスがいつだってあることを。だって自分たちはもうセントノリスの門の中の住人なのだから。
ハンカチを貸してくれた子に名前聞き忘れちゃったなとコリンは思う。
できれば明るいところで顔を見てもっと話をして、もっと仲良くなりたかった。
まだ黒いもやとなってコリンの胸に残る、誰にも聞かせたことのないあの夢の話を彼に聞いてほしい。聞いたら彼は、あの優しい声でなんて言ってくれるだろうか。
コリンが今握りしめているハンカチに刺繍された名前に気づき、母にたんまり持たされた菓子を一緒に食べるためにあの彼を部屋に招くのは、入学式の後のことになる。
セントノリス4の不思議 『どこにでもアントン』 ★NEW!