【セントノリス中1-0】セントノリスの怖い話1
入学式直前のお話です。
そんな怖くないですが怖いの苦手な方はやめておきましょうそんな怖くないです。
コリン=アップルトンは田舎町出身の少年である。
田舎の割には裕福な家だったので、コリンは生まれてからずっとちょっとでぶっちょだった。天然のくるくるの赤毛に、そばかす。典型的な田舎の金持ちの子であるが、母親はコリンを溺愛した。コリンは長年母の『わたしの可愛いコリンちゃん』であった。
母が意地でも張り合う伯母夫婦の息子ザックが名門アーバード中級学校に合格したと聞き母はハンカチを噛みしめた。
なんでも母の姉は母の想い人と結婚したらしい。母と伯母は6歳も離れているので、きっと母の勝手な横恋慕だったのだろうとコリンは思っている。残念ながら母は少々思い込みが激しく、人の言葉に耳を傾けられないところがある。
風向きはその日に変わった。大いに。それからの日々は地獄だった。大好きな本を読む暇もなく、突然訪れた家庭教師たちによる勉強、勉強、勉強。寝ても覚めても勉強勉強勉強。
ザックの弟ダニーがコリンと同い年で、セントノリスを志望しているそうだった。
何が何でも受かりなさいと精神的にぴしぴしと追い詰められて、丸かったコリンはもはや痩せ型体型である。
そんな日々を過ごして、セントノリスから合格通知が届いたときのコリンの安堵をなんと表したらいいだろう。
140位、最下位での合格だったが何ら問題ない。とにかくコリンは受かったのだ。
いとこのダニーとは数年会っていないが、明るくて良く笑う面白い奴だった。
同級生になれればいいなあと思っていたが、ある日上機嫌の母が言った。
『ダニーは落ちたわ! やったわねわたしの可愛いコリンちゃん。わたしの賢いコリンちゃん!』
その夜コリンは夢を見た。
たくさんの屍の山の上に立っている夢。
ふと下を見たコリンは、こちらを見上げている顔が誰のものか気づく。
いとこのダニーが、コリンに顔を踏まれて泣きながら、憎らしそうにコリンを見上げていた。
慌てて足をどけようとしたら誰かが後ろからコリンの足に自分のヒールを穿いた足を重ねて踏み込んだ。足の下でぷちんと音がした。
振り返ってみれば、そこには満面の笑みの母がいた。
その日コリンは数年ぶりにおねしょをした。
広間に先輩たちが来るというのでコリンは向かった。
コリンのいる29号室は6人部屋だがメンバーは全部で5人だ。コリンが一番下だから次の子はいない。コリンは入学式のギリギリ前に入室したが、部屋は皆初めから皆憔悴しきった、葬式のような雰囲気だった。きっと皆自分がそんな順位になるとは思っていなかった、優秀な人たちなんだろう。
一人だけ明るいのも気が引けるなあと思ってコリンは大人しくしている。正直母からの解放感で、コリンは今のところ過去最高に楽しい。
部屋の誰かと誘い合わせるでもなく一人で広間に向かった。
中にいるのは何人くらいだろうか。公式なオリエンテーリングではないので参加は強制ではない。内容も『セントノリスの怖い話』だというから、余興のようなものなのだろう。昨日の夜廊下をベルを鳴らしながら先輩方が今日の夜開催する旨を広報して回っていた。
椅子とソファが、劇場のように一斉に前を向くように移動してある。
部屋は暗い。
先輩たちがいる前にだけランプと燭台が並んでいる。
椅子もソファもぎゅうぎゅうだ。どうにか一人分もぐりこめそうなスペースを見つけ、コリンは顔も分からぬ同級生に声をかけた。
「ここ、座ってもいいかな」
「どうぞ」
優しい声だなと思った。
「ぎゅうぎゅうになるけど、ごめんね」
「いいよ。ハリーもう少し寄れる?」
「無理だ」
「じゃあ僕が縮もう」
「そうしてくれ」
「ごめんね」
「いいよ」
体に当たる感触で、小さくて痩せた子だなと思った。
ちりーん、と音がしてびくりとする。
前には先輩が4人。皆謎のローブのようなものを着て、恐ろし気な面をつけ、手にランプを持っている。
「本日我々『怪奇倶楽部』は君たちに、セントノリスの3不思議を伝えに来た」
ちりーん
ちりーん
細いベルの音にぶるりと背中が震えた。
「なお世界の不思議に興味のある見どころのある者は我々の仲間になることを許す。2年生のバーソロミュー=ホプキンスまで申し出るように。今なら『成績の上がる呪いの靴下』を進呈する。さあライバルを蹴落とし踏みつけろ」
「上なのか下なのかわかりにくいな」
「靴脱いで蹴って踏むのか」
「名前言っちゃったよ」
「顔隠す意味あるのか?」
「……んン゛! 可愛くないな君たちは。セントノリスに受かるような頭の良い奴らは皆理屈っぽいから実に可愛くない」
ちりーん
ちりーん
「ではまず一の不思議」
鳥のお面をつけた先輩が前に出る。
「嘆きの30号室」
タイトルだけでぞわりとした。
コリンのいる29号室は一階の一番入り口に近い部屋だ。
端っこが29だなんて随分切りが悪いなあと思っていた。
「この寮の地下一階にあるという30号室は、かつて成績の最も悪い生徒が住まう、ひとつの懲罰室であった。窓もない部屋は陰鬱にして湿っぽく、カビっぽく、住人の心を病ませるに十分な重苦しい空間だったという。夜になればみしみしと上を行く生徒たちの足音が響き、食糧庫横のためネズミや害虫が湧いたという。ある年最下位の生徒リーン=セノトスがこの部屋の住人となった。かつて成績上位者であったリーンはここで毎晩毎晩泣いて泣いて。一階の住人すらその泣き声は聞こえたということだ。ある日ぴたりとそれがおさまったので、29号室の住人たちは不思議に思い30号室を訪ねた。夜だったのでランプを持ってね」
鳥面の先輩は一度言葉を切って、ぐるりとランプを動かし一年生たちの顔を見た。
「開けた扉の先で彼らが見たのは、息絶えたリーンの姿だった。彼は梁にロープを結び、首をつって死んでいた。驚いて言葉もない29号室の面々はやがて部屋に響く小さな声に気づく。泣き声だ。リーンは死してなお、自らを嘆いて泣いていたのだ。……30号室の扉は今は固く閉ざされ、もはや開くことはない。夜に地下から泣き声がしても、見に行ってはならないよ。リーンはまだ泣いているのだから。一人ぼっちが寂しくて、仲間が欲しくて彼は今日も泣いている。成績に悩む友達が欲しくて。一緒に泣く友達が欲しくて。……でも僕は思うんだ。体を捨てたリーンは、そんな暗い部屋に閉じこもったままでいるかなぁと。もしかしたら今も仲間を探して寮の中を彷徨っているのではないかと。せいぜい気を付けることだね。夜に廊下を歩む際は青色の寝巻の生徒に話しかけてはいけない。それは旧式の寝巻だから。友達を求めるリーン=セノトスだからね。1の不思議、おしまい」
そう言ってふっとランプの炎を吹き消した。
ちりーん
ちりーん