【セントノリス中1−2】アデルの昼食
【10】セントノリスの軍人志望生アデル のあとのお話です。
食堂。
社会の授業を終えたあとは、アデルは最近いつもセレンソンと並んで昼を食べている。
ランチの献立は日替わりで、盛ってもらうときに量を言えば調整できる。パンとスープはおかわり自由だ。
食べながらノートを広げている姿を貴族である家族が見たら卒倒するとは思うが、効率を考えれば仕方がないとアデルは思う。
セントノリスは忙しい。ここぞとばかりに授業や課外活動が詰め込まれていて、1年生など夜は夜更かしする間もなく気を失うように眠ってしまう過密スケジュールだ。
「手が止まってるぞ」
「あ」
ちまちまちまと食事を口に運びながらアントン=セレンソンは今日も目を輝かせてアデルのノートを追っている。
ふ、とその目がアデルを見上げた。
「……アデルは食べ方がきれいだね」
「君もそれほど悪くないぞセレンソン」
「ううん。やっぱりマナーでは小さなころからしっかり鍛錬してきた君たちには及びもつかない。真似させてもらうから、見てても怒らないでね」
「俺は怒ってない。構わない」
「ありがとう」
そう言って彼が目をノートに戻したところで
「ここ、いいか」
声がしたので二人して顔を上げた。
「エリック=ワイラーだ。よろしく」
体格のいい生徒だった。短く刈られた茶の髪に灰色の目。眉が太くてなかなか好戦的な目をしている。アデルは知らない。
「ああ、エリック=ワイラー。いいかいアデル」
「ああ」
「どうぞ」
「ありがとう」
そうしてエリック=ワイラーはセレンソンの右側に腰かけた。
「エリックって呼んでいいかい? 君もアデルのノートが気になるの?」
「ああ。アントンだったな。こないだ君たちが話しているのが聞こえて興味が湧いた。俺も好きなんだ。歴史。特に軍回り」
「好きだってアデル」
「そうか」
「あの……」
もう一つ声がかかった。
見上げれば薄い茶の髪の、ヘーゼル色の目の生徒。
背は低くないが、雰囲気がセレンソンよりも弱々しい。
「ルロイ=トンプソンです。僕も入っていいかな」
「アントン=セレンソンです。ルロイって呼んでもいいかな。社会で一緒だね。アデル?」
「構わない」
移動して横並びではなく、アデル・セレンソン、ワイラー・トンプソンで対面になった。ノートは彼らの方を向いている。
「いいのか?」
「うん。君のノートは皆に共有されるべき優れた財産だ。僕は今日の分はもう3周したし、彼らに譲る。実際のところ逆さまでも読めるけどね。いくつか質問してもいいかいアデル。食べてから」
「ああ」
そう言って残りを食べながら、セレンソンはノートを覗き込む二人を嬉しそうに見ている。
一体何がそんなに嬉しいのか、アデルにはわからない。
「うわ……」
「へえ……」
ノートを見ている二人が呟く。
セレンソンがますますにこにこする。頬が赤い。
「何が楽しい?」
「君の才能がこうやってみんなに認められることが」
「どうして君が喜ぶ」
「だって僕は君のノートのファン1号だもの。好きなものが人に認められて、嬉しくないわけがないじゃないか」
「そんなものか」
「うん」
「そうか」
やがてセレンソンの皿が空になった。
「下げてこよう。アデルのも持っていこうか?」
「自分の皿は自分で下げる」
「じゃあ一緒に行こう。お皿下げてくるねエリック、ルロイ。何か飲み物取ってこようか?」
「大丈夫だ」
「ありがとう。平気だよ」
「わかった」
そうして皿を返し席に戻ると、何やら揉めている。
「どうした?」
エリック=ワイラーが誰かと向かい合って睨み合い、一触即発の雰囲気だ。
静かに観察するような顔をしているルロイ=トンプソンにアデルは聞く。
「走っていた生徒がいて、エリック=ワイラーがそれを怒鳴ったんだ。危ないだろうって。そしたら相手がその言い方が気に入らないって怒っちゃって」
「なるほど」
セレンソンに見上げられてアデルは頷いた。今一番ここを丸く収められる顔と肩書きは、アデルが持っている。
「相手の名前はわかるかセレンソン」
「マリアーノ=ポンペオ。場を和ませるお調子者だけど普段は気が弱い。こないだ成績が落ちて部屋が変わったから今ちょっと気が立ってると思う」
「わかった」
アデルは進み出た。
「マリアーノ=ポンペオ」
ぴくんとエリック=ワイラーとにらみ合っていた男が顔を上げた。アデルの顔を見てぎょっとする。
言っておくが、アデルは怒ってない。
「アデル=ツー=ヴィートだ。俺の連れが失礼した。怒鳴りつけたことをワイラーに代わり謝罪するので、君も矛を収めてくれないか」
「……」
「おい、悪いのはこいつ……」
アデルはエリック=ワイラーを抑えつけて口を手で押さえた。
「これ以上騒ぐと問題になる。ポンペオ。行ってくれ」
「……わかった」
行こうとしたマリアーノ=ポンぺオにセレンソンが小さく何か言葉をかけた。
少しだけポンペオは泣きそうな顔をした。
それが何故かはアデルにはわからない。
「やれやれ」
あれから徐々に遠ざかっていたルロイ=トンプソンが何事もなかったかのように席に座り直している。セレンソンがそれをじっと見ている。
「今こっそり上手に遠ざかったかいルロイ」
「うん。問題に巻き込まれて僕まで懲罰を食らったら大損だから。いつでも逃げられる位置にいたよ。弱虫と罵りたかったらどうぞ」
セレンソンの頬がかあっと赤くなった。
「この逃げ足の速さ……道徳などものともしない迷いなき逃げの一手。そしてそれを一切恥じない心の強さ」
「なにをブツブツ言っているセレンソン」
「いい」
「そうか、よかったな」
「いい!」
「よかったな」
言ってからアデルはまだエリック=ワイラーを押さえつけていたことに気がついた。
「ぷはっ」
「すまん。忘れてた」
「馬鹿力! なんで謝るんだ悪いのは向こうだろう!」
「あんなに馬鹿正直に正面から注意する必要はないと思うけどな。そもそも言い方ってものがあるだろう」
ルロイ=トンプソンがサラリと言った。弱々しいという彼に対する評価を、アデルは取り下げる。
「見逃せっていうのか! 皿持って歩いてる奴らもいるのに危ないだろ実際!」
ワイラーがトンプソンに噛みつく。トンプソンはさっとアデルの後ろに隠れてアデルを盾にした。
ワイラーに、セレンソンが歩み寄って見上げる。
「エリック、君は入学後、もう何人かとトラブルになっているよね?」
「……俺は当たり前のことを言ってるだけだ」
「うん。でも、君の地声はよく響くし大きい。何を言われてるかを考える前に、その声の響きにカッとしたりびっくりしたりして、言われている内容まで考えられなくなる人もいると思うんだ」
セレンソンが必死にワイラーを見上げている。
「……」
自覚はあるのだろう。ワイラーは黙った。
「君の言うことはいつも正しいと思うエリック。君がよく人を見ていて、それをやられると困る人がいるってわかるから君は注意するんだ。君は理不尽なことは言わないし、いつも誰かのために怒ってる。視野が広くて想像力があるから、それでなにかあったらと思うと注意せずにはいられないんだろう? 勝手な想像だけど僕は、もしかしたら過去に君か君の大事な人が、誰かの不注意に深く傷つけられたんじゃないかって思ってる。だって君はいつも、とても真剣に怒っているから」
「……」
静かなセレンソンの言葉に、じわ、とワイラーの灰色の目が潤む。
「でも、誰もが突然飛んできた強くて早い球を受けられるわけじゃない。相手が受け取れる強さで、速度で、角度でそれを投げるのには技が必要なんだ。どんなに正しいことを言ったとしても、相手が受け取れないものならばそれに意味はないんだ。受け取る方に受ける力がないのが悪いと言うならば、そもそも伝える相手を最初から選抜しなきゃいけない。万人に伝えたいのなら幾通りもの投げ方ができるようにならなくちゃいけない。今、僕もそれを勉強中なんだ。テオドル=ツー=オーグレーンがすごくそれがうまい人だから、彼の言葉の選び方を聞いて真似っこしてみるのが一番上達が早いと思う。いっしょにやろうよ」
じっとセレンソンを見ていたワイラーがふいと目を逸らした。
「……俺はずっとこうだ。ついカッとして、すぐに問題を起こすやつだって言われて。努力はするけどすぐには直らないと思う。俺の近くにいると巻き込まれるかもしれないぞ」
「いいよ。ルロイに逃げ方を習って、そのときはスッと消えてみせるから」
「……嘘付け」
ワイラーが笑った。
そのまま彼はアデルを見る。
「……さっきはありがとうアデル。俺のせいで君に謝罪をさせて悪かった」
「ああ。構わない」
皆テーブルに戻る。
「早く食わないと時間がなくなるな。俺が言うのもなんだけど」
「全くだね。来週もこの時間はご一緒していいかいアデル、アントン」
「アデルは?」
「構わない」
「よかった。いいよ」
二人が食事に集中し始めたのでセレンソンはまたアデルのノートを読んでいる。
白い指はやっぱり大切そうに、今日アデルが一番気合を入れて書いた箇所を撫でている。
おかしいなとアデルは思う。
ただとにかく、何事もなく平和に。
友達もいらない。成績争いには参加しないと決めていたはずのセントノリス。
なんだか来週にはもっとたくさんの人間が、テーブルを囲んでいる予感がするのは気のせいだろうか。
チラとセレンソンを見る。
今回彼は何もしていない。ワイラーとトンプソンが自然に集まってきて、ワイラーとポンペオがトラブルを起こしかけ、アデルが収めた。
今日の事実をまとめてしまえば文字上そうなる。アントン=セレンソンは何もしていない。
おかしいなとアデルは思う。何かが違う気がすると。
おかしいなと思う。
面白いな、と思う。
セントノリスはまだまだ続く。
多分最初に思っていたよりもずっと楽しく、面白くなってしまう予感がアデルはしている。




