【セントノリス中1−1】春のポン祭り
みんなでわいわいおやつ食べているだけ。
まだ一学期。入学から少し経ったくらいのお話です。
翌日の時間割を見たセントノリス中級学校1年生たちは首をひねった。
「理科(ポン)?」
昼食後の5時間目、いつもの教科名の後ろに謎のカッコ書きがついたものが書きこまれ、何の説明もない。
「……ポン?」
目を見合わせ、首をひねり合い、とりあえず見たままに書き込み指定の体育着を着て、生徒たちはその授業に臨んだ。
「いやあ、今年も燃えてますなあ」
はっはっはと理科、体育の先生たち、食堂の職員たち、念のための保健室の職員は燃え上がる焚火を見ている。
ファイヤー。実にファイヤーである。生徒たちがなんだなんだとざわめきながらそれを見ているのもまた一興。毎年の楽しみだ。
芝生のない運動場のど真ん中に火が踊り、周りをぐるりと金属の網で覆っている。
食堂職員ゲルテは手の中の麻袋を覗き込んだ。今年のは特に大きい。普段野菜を卸してもらっている農家さん自慢の、『爆裂コーン』。まるまるでつやつや、ピカピカのカッチカチ。
とても大きなコーンで、普通にゆでて食べるものとは種が違い、枯れてから収穫する。収穫ののちは軒下で一月半ほど乾燥させるのだが、風にどろりどろりと回転しながら揺れるその様子がまるで絞首刑のようだから罪人コーンとも呼ばれる。おどろおどろしい通り名のあるコーンだが、これは実に楽しい。
「では今から理科の実験を行う」
白衣を着た理科の教師ニクラス=カーラー師が進み出た。間もなく定年を迎える、白い髭に丸メガネをかけた理知的で紳士的な先生である。
「頼みますビリー先生」
「はい」
しなやかな筋肉の持ち主体育のビリー先生が一握り、爆裂コーンを放った。高く放物線を描きそれは見事なコントロールで、焚火の中に落ちる。
なんだなんだと生徒たちがざわめくも、いつもと違う様子に頬を染めているのが可愛らしい。
セントノリスの生徒たちは好奇心旺盛だ。知識に貪欲で、元気いっぱい。食欲も旺盛。ちゃんとごちそうさまもするし、きちんと自分で皿を下げられる。
長年セントノリスに勤めて、ゲルテは不思議な法則に気が付いた。特に優秀と言われる学年ほど、生活態度が良いのである。共有スペースがきれいで、食べ方がきれいで、なにもかもがきちん、きちんとしている。勉強に集中していたら他は適当になってもよさそうなものなのに、不思議なものだ。もちろん中にはマイペースな個性派や天才肌もいるけれど、それをきっと誰かがフォローするのだろう。全体としてまとまっていて、不思議なほどに乱れない。
今年の一年生はどうかしらとゲルテは思う。まだ一学期。ようやく少し慣れはじめ、これから地が出てくる時期だ。あと3年、あるいは6年。いい学園生活が送れればいいのだけれどともはや親か祖母の心境である。
「今炎の中、コーンの中の水分は戦っている。急激に熱せられ、蒸気となり外に出たいのに厚い皮に阻まれて、外に出たいのに出られない、己を抑えつける固い殻に、必死で抗っている。まるで10代の君たちのようではないか。押し込められ、中に溜まった衝動は、溜まり、膨らみ、そして」
ポポーンと音がした。皆が上を見る。高く打ちあがった白いものが上昇し、力を失い落下し、毎年不思議なのだがどうしたわけか、カーラー先生の骨ばった手の上に落ちた。これに関してはもうゲルテは考えることをやめている。そういうものなのだ。
「突然弾ける」
さくっとカーラー先生がそれを口に放り込み、むせた。
毎年のことなので、ゲルテは落ち付いて水の入ったコップを渡す。
礼を言って受け取りぐびぐびとそれを飲み込みハンカチで口を押さえ、カーラー先生は生徒たちに向き直る。
「火山と同じ原理でこれは弾ける。急激に。すさまじい勢いで。こうはならんよう衝動は少しずつ逃したまえセントノリスの紳士たちよ。いいか今からこの砂時計の砂が全て落ちたとき、ここにあるすべてを火にくべる。落ちてきたものは拾ったものが食べてよい。いつだって腹ペコな若き諸君、今から道具を準備する時間を与える。一粒でも多くの今日のおやつをかき集められる道具を探して弾けるまでに戻ってきたまえ! はいどうぞ!」
カーラー先生が砂時計をひっくり返した。ワーッと叫んで生徒たちが走る走る。
「ゲルテさん」
「はい?」
走り寄って来た生徒にゲルテは微笑んだ。よく食べ終わった後に、おいしかったですと言いに来てくれる生徒たちだ。
仲良しの関係は美味しい料理の入った鍋に似ていると思う。まるで違うものが、互いの良いところを出し合ってさらにいい、個でいたときとはまた別の素敵なものになる。海のもの、山のもの。味も食感も、生まれも育ちも違うさまざまなものが溶け合ってそれまでとはまるで違うものを作り上げるさまは実に不思議で、近くで見ていて胸があたたかくなる。
「テーブルクロスをお借りしてもいいですか?」
「……食堂の東側の棚に新しいものがありますよ。あとで洗うから、どうぞ」
「ありがとうございます。よしアデル、ラントと俺が行く。アントンとフェリクスは持ち手を勧誘しといてくれ7人は欲しいな」
「わかった。あ、コリンどうしたの転んじゃったの?」
「うん。僕はまだこの体に慣れてないらしいんだ。長らく運動不足だったしね」
「そうなんだね。はいぽんぽん。痛くない痛くない。今ハリーたちがいいもの持ってきてくれるから一緒に持とう。ユリアンは混ざらないの?」
「僕は君たちを描くよ。紙と炭はある」
「いっしょにやって、あとから思い出して描くのはダメ?」
「……」
「そしたら下から見たのが描けるよ。きっと臨場感が違う」
「確かにね。やってみようかな」
残った黒髪の子と綺麗に髪を撫でつけた子が勢いに乗り遅れその場にいた生徒たちに声をかけ、彼らは戸惑いながらも集まっている。
やがて走り去った生徒三人が、白いテーブルクロスを持って戻って来た。ほかにもそれぞれに思い思いのものを持った生徒たちが、頬を真っ赤にさせて戻ってくる。
「そろそろかな。やってください皆さん」
「はあい」
そっと手に隠した砂時計の砂が全て落ちてから少し待ってカーラー先生が言い、ビリー先生と食堂職員が、袋から爆裂コーンを火にくべる。
生徒たちが息を飲んでそれを見守っている。
今か今かという緊張感のなか、アントンは一人感動していた。
コーディが帽子を被りつばを反対側に曲げ、外套を羽織ってやってきた。帽子で受けたうえ裾を手で広げて布で受け止めるのだろう。ナイスアイディア。
大きな皿を地面にいくつか並べてのんびり座っているのはシリルとメイナード。彼らは同じ町の出身で、いつも仲良しだ。真ん中ではなく端っこの方でやっているのは、踏んで怪我する生徒を出さないためだろう。彼らは慎み深く、優しい。だがちゃんと風下だ。抜け目ない。
さすがは大胆不敵なネイサン。大きな衣装箱をど真ん中に置いて、エリック=ワイラーに怒鳴られているがまったく気にしていない。
ハリーと同じことを考えたらしいチェスターが、数人の友人たちとともにシーツを広げている。彼はいつも冷静沈着。理知的で効率的。
フランクリンに至っては片手に持っているのはなんと塩だ。皆が一粒でも多く拾おうと思うなか、彼はいかに美味しく食べるかしか考えていない。さすがは名料理人フランクリン。もっと時間があったならきっと、もっと多くの味を考え開発したはずだ。惜しい。実に惜しい。
一瞬の瞬発力を求められる状況で、ありとあらゆるさまざまな個性が輝いている。そうかそうか君はそうなんだねと、周りを見回しながらアントンは頬が熱くなり胸が高鳴って仕方がない。
「アントンそっち引っ張れ。来るぞ」
「うん」
よく通る声にアントンはハリーを見た。太陽の光に、茶の髪がきらきら輝く。ハリーはいつだってかっこいい。
まだあまりしゃべったことのない生徒が頬を染めて同じ布の端を持っている。ハリーがその子にもあたたかい声で指示を出す。頷いて嬉しそうに彼は上を見る。
瞬間的に動ける人もいる。じっくり考えてから動く人もいる。どっちかが優れているわけじゃない。ただ違うだけだ。布を持っている彼が書き取りがとても丁寧で、いつも最後まで教室に残って書き写して、最後に優しく黒板をきれいにしている人であることをアントンは知っている。
他の布はラントが、フェリクスが、アデルが引いている。みんなそれぞれに違う形のリーダーになれる男たちだ。アントンは彼らが眩しくて仕方がない。
「先程ああは言ったが、なかなかそううまくはいくまい。やはり青春は――」
カーラー先生の声が響く。お年なのに声に張りがあり、よく響く。
ボン!
「爆発である!!!」
「わーーーーーー!!!」
ばちんばちんボンボンボンとすごい音とともに、あたり一面に白がはじけた。
歓声を上げながら生徒たちは上を見上げそれぞれに手を広げる。めんどくさがりのマイルズが座ったまま上向きに口を開けているのを見て、アントンは笑ってしまった。これはこれでとても優れた回答のひとつだ。彼は最も少ないエネルギーで、上手に結果を得ている。
弾けたコーンがさくさく降ってくる。アントンもマイルズの真似をして口を開けてみた。うまい具合に飛び込んで、さくっと噛む。美味しい。
「いいなそれ」
言ったハリーが真似をして、やっぱり上手に口に入って笑った。笑いすぎて、コーンがのどに詰まりそうだ。
クロスの上にどんどん積もる。ぽんぽんと顔に当たる。髪に乗る。みんなの頭の上にも。襟から入ってきたからくすぐったい。おかしくておかしくてもうどうしようもない。
「こちらにいろんな味の粉がありますよ。みんないろいろ試してみてくださいね。美味しいですよ」
ゲルテさんの声がする。また笑ってしまった。フランクリン、残念。
「おい! 鳩の大群が来た!」
「やばいやばいやばい!」
皆必死でおやつを守る。笑い合い、分け合って、やっぱり笑い合う。
セントノリスの名物授業、春の爆裂コーン祭り。
まだお客様状態の一年生がより打ち解け、青春は爆発だ、がしばらく流行り言葉になることを、セントノリスの白い門は知っている。




