甘い骨
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私は一本の甘い骨でありました。
犬どもに喰らわれる、ただただ甘い、骨。
骨になる前の私は恋人と同棲中でありました。
機嫌が悪いと殴ってきたりする、扱いにくい人でしたが、私しか彼にはおりません。
殴られても、貶されても、どんな目にあっても我慢できました。
ああ、だけれども。
あの日、家に帰った私が見たのは、他の女とベッドにいた彼でした。
私に気がつくと、彼は狼狽し、取り繕うために、私に暴力をふるいました。
私は我慢していました。
が。
女がこちらを見て、笑ったのでした。
私は初めて、怒りを覚え。
男を突き飛ばし、手近にあったサイドテーブルを持ち上げて、ただひたすら、男をそれで殴ります。
男はいつしか動かなくなりました。
女はベッドで、毛布をつかみ、身をすくめていました。
私の顔を見て、悲鳴をあげます。
血まみれのサイドテーブルで彼女も殴りつけました。
それから、二人を縛り上げました。
彼は死んでいました。
かわいそうに。殴るのは馴れていても、殴られるのに馴れていなかったので、打ちどころが悪かったのでしょう。
私も殴られるのには慣れていましたが、殴るのには馴れておりませんでした。
彼女は生きています。
私は彼の体をばらばらにするために包丁を持ってきました。
手足を切り離します。切断は女の力では無理ですが、骨の間に、根気強く刃を入れて、付け根から外していきます。
血が出ます。
男が呻いた気がしました。死んでいるのに。
これを聴かせるのは、私の中の罪悪感でしょうか。私の中の愛でしょうか。
いたいたいたいたい、助けてくれ、もう殴らない、浮気もしないと訴えています。
幻聴です。
聞きたかった言葉を、死体の彼が言うのです。
愛しているから、辞めてくれ。でき心だ。もうののしったりしない。なんでも言うことをきくから。
彼はもう死んでいますから。腕を一本落としたあたりから、縛られているのに暴れるから作業が大変でした。
死んだのだから、ちゃんと死んでいてほしいものです。
女はひきつけを起こしたように笑い出しました。
なぜこんな陰惨な作業を見て笑えるのか。まともな私にはわかりかねます。
泣きながら、笑いながら、男と同じように、助けて助けて、許してください、なんでもしますからと訴えるのですが、彼女にしてもらいたいことなど、一つもなかったので、困り果てました。
血がたくさん、噴水のように飛び出していたのは最初のうちだけで、次第に出血しなくなっていきました。
もう幻聴もおとなしくなりました。
いっそ殺してくれと、死んだ彼がせつせつと訴えます。息絶え絶えに。
かわいそうですね。死んでいるのに。魂が死を受け止めきれずに迷っているのでしょう。
それともやはり、これを聴かせるのは私の中の彼への愛でしたでしょうか。
両の腕が落とせました。次は足です。
またもばたばたと足を動かされ、私は腹を立てました。
まったく、なんなのですか。
おとなしく死んでいられないなんて。
でも、ばらしました。
彼はぜーこぜーこと死の息です。
死んでいるんですが。
顔色もすっかり白くなりました。血が流れ出すぎたからでしょう。
ひっくり返して、背中に包丁を突き立てようとして、ぬめって力が入りません。
手を拭っても、血脂がぬめぬめと私と包丁の蜜月を邪魔します。
でも、私は知っています。この手のぬめぬめを落とすには、食器用の洗剤が一番いいのだと。
手も包丁もきれいに何度も洗って、新しい気持ちで戻ってきたとき。
死んだ男はこと切れていました。
ああ、なんだ。
せっかく首を最後にしてあげたのに。
もっともっと謝罪を聴かせてほしかった。
幻聴はもう聞こえない。
女を見れば、うるさいので口に詰めた布ののせいで、窒息、したようです。
私は背骨を断つ方針を変えて、彼の腹を切り開き、内臓をごっそりと抜きました。首を切り落としました。
もうそれほど血が出ません。
丈夫なゴミ袋にこまかくこまかく入れていきます。
胴体が一番大きなパーツですが、はらわたを外したので、なんとかはこべる重さです。
女の死体はそのままです。
この部屋で、彼との愛を最後に交わした思い出とともに、朽ちていくのを彼女に許しました。
服を変えて、車に彼を積みこみ、私は人の来ない山奥へと向かいました。
そして藪の中に入り込み、穴を掘って彼を埋めました。
そして私は手じかな木に縄をかけ、首をくくったのでありました。
どれほど長くぶらさがっていたでしょう。
私の遺体は腐りはじめ、ずるりと地面に落ちました。
それでも私たちの遺体を人間が見つけることはありません。
私が吊るされていた間中、よだれを垂らしていた野犬どもが、私の骨をかじりとります。
私はただただ、この犬どもにとっての、
甘い、甘い
一本の骨になり果てました。
幻聴ではなく、本当に叫んでるんですけれどね、彼氏