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罪深く/i

作者: 庚午澪

 祖母は花が好きで、よく部屋に飾っていた。

 特定の花が好きなのでなく、季節ごとの花を見るのが好きなのだと生前言っていた。

 なので命日にあたる今日も、祖母のお墓参りには季節の花を包んでもらい、高台に広がる霊園に三人で訪れている。

 彼と彼女にとっては祖母だけれども、娘の葉桜(さくら)にとっては曾祖母にあたる人だ。

 親族全てから反対されて両親をも敵に回る中、いつも穏やかで争いごとが苦手そうな祖母だけが、唯一味方になって守ってくれた。

 二人は神に認めてもらいたいとか、二人の関係を赦してもらいたいとか、二人の関係を公言したいとか、二人を否定する全てを消した世界を創りたいなんて望まない。

 二人を拒絶しない世の中に変えるだけの手段や力があったとしても、認められず許されなくても構わないから、ただ他人に迷惑をかけず二人は葉桜と静かに暮らすことを願っていた。

 それは楽じゃない道と二人で話して覚悟したうえで夢みた望み。

 味方になってくれた祖母は、ひ孫の葉桜が保育園の頃に亡くなった。前触れなどなく。

 亡くなる前日まで異変は無く健康体だったけれど、年齢も年齢で老衰の自然死だった。

 祖母自身いつ死んでもおかしくないと思っていたようだと、亡くなってから彼と彼女は知ることになる……

 両親に親子の縁を切られて以降、四人で住んでいた祖母の家と位牌は長男の伯父が引き取った。

 遺留品のエンディングノートには、彼と彼女と葉桜の三人に少ないけれど財産の一部を残す一文が書き残されていた。

 本当に祖母には感謝してもしきれず、返しても返しきれない恩がある。

 ノートには思い出話も書かれていて、かわいい盛りのひ孫ーー葉桜の顔を見られて幸せな日々をおくっていると綴られていた。

 祖母を亡くしてからは、アパートで三人暮らしている。

 以前にどうして自分たちを庇い守ってくれたのか、そう訪ねた時に祖母は理由を少しだけ聞かせてくれた。

 祖母には二人とは状況は違うが、若い頃に周囲から反対されながらも愛し合っていた友達がいたのだと話してくれた。

 その両想いだった二人は互いの家族を説得しようと努力したけれど、結局それは認められずに悩んだ末の二人は心中をはかり、命を絶ったのだと寂しそうに教えてくれた。

 過去を語り終えた祖母は呟き、後悔していたと胸の内を明かした。

 年を重ね結婚して子どもが生まれ、孫も見られて昔の記憶が薄れていたけれど、彼らを見て鮮明に思い出したのだと声を震わせた。

 当時はどうしてもっと協力してあげられなかったのか? 心中なんてさせないで二人で駆け落ちしたらと助言して応援できなかったのか? 非業の死が起きてしまったことを悔やんでいたという。

 だから、今回の孫たちは絶対に守ろう。応援しようと決意したと話してくれた。

 祖母の話を聞いた二人は感謝し、決して自ら命を絶つような決断だけはしないと約束した。

 娘の葉桜と三人で幸せになると祖母に二人で誓った。

 そして祖母は街並みが遠くまで見通せる眺めのいい霊園に眠る。

 普段は人気のない霊園に到着してから、彼と彼女はかけていたメガネを外している。

 葉桜はお気に入りの服でスカートの裾を揺らしながら、ランドセル姿を祖母に見せるために背負っている。

 ワンピースに薄手のロングコートを羽織る母親の彼女は、顔立ちに幼さが残るけれど間違いなく美人の分類に入る。手に持つ花が似合っていて、つい目を奪われそうになる。

 彼女は全体的に儚げな雰囲気であるものの、どこか葉桜を見つめる姿は娘を持つしたたかな女性のそれだった。

 生き生きとした子どもらしい葉桜を見下ろし、何気ない日常からも彼に二人を守って行かなければならないという愛おしい気持ちにさせる。

 愛している彼女と自分の血も流れる葉桜を。

 出産を経験すると女性は変わると聞いていたが、葉桜を産んでからの彼女を見ていると落ち着いた物腰をする瞬間があり、それを垣間見た時に変化を実感してしまう。

 昔から彼女が気にかかり、守ってあげなければならないという使命感めいたものがあっただけに、寂しさを覚えしまう瞬間があった。

 しかし、何よりも彼自身表には出さないが、彼女が側にいないと寂しく思っている。当然、今は娘の葉桜も大事に思っている。

 霊園に着いたので、持ち手の付いた水桶と柄杓を取りに向かう。

「水と柄杓を取って来るから、葉桜ちゃんをつれて先にお墓のところに行っていて」

 彼の言葉に娘の手を取る彼女。

 すると葉桜が声をあげた。

「お花もつ! 葉桜がおばあちゃんのお花をもつー」

 隣に立った彼女にねだり、元気よく手を伸ばす。

 彼と彼女は顔を見合わせて、自分たちの子どもに任そうと小さく頷き合う。

「じゃあ、お祖母ちゃんの花は葉桜ちゃんにお願いしようかな」

「ちゃんと抱えて持ってね。横にしたり落とさないように気をつけてお願いね」

「うん! まかせて! おばあちゃんのお花は葉桜がしっかりもってく!」

 傾けない落とさないを約束して葉桜に渡す。そっと受け取った彼女には、花束は大きく感じた。

 抱きつくようにして任された葉桜は、花を見つめて任された嬉しさもあり満足そうな表情を見せた。

 一人彼は貸し出しに並ぶ水桶を手に取り、水を水道でくんで柄杓を一本引き抜く。

 先に向かわせた二人を追って、祖母の眠る墓石に向かう。

 お盆の時期ではないので先祖に参る人の影は少ないが、誰しも供える花を持ち亡くなった人に会いに行く。

 墓所に沿って走る道と区画を分けて伸びる道を犬の散歩コースにした人とすれ違う。

 ゆっくり歩いている前方のランドセルを背負った葉桜の背中が大きくなる。

 少し視線を変えると盆地に広がった自然の多く残る街並みと、その向こうに連なってそびえる山並みが一望できた。

 霊園は陽当たりがよく微風が吹き抜け、時折森の向こうからカラスの鳴き声が木霊する。

 二人に追いついた彼は、家族三人そろって祖母の前に立った。

 祖父はずいぶん前に亡くなっており、今は二人一緒に眠っている。

「お祖母ちゃん」

 墓石を前に彼女は呟き、彼は葉桜の頭に優しく手を乗せ、同じ目線に合わせて屈む。母親の彼女と同じさらさらとした髪。

「ほら、葉桜ちゃん。お祖母ちゃんに挨拶は? こんにちはって」

 そこで葉桜が大事に抱えていた花束を彼女がそっと預かる。

 父親に挨拶を促された葉桜は、小学校でする挨拶と同じように大きな口を開けた。

「おばあちゃん、こんにちは!」

 ランドセルが飛んでいってしまわないか、そう心配してしまうくらい勢いのいいお辞儀を見せた。

 ランドセルには葉桜が好きな絵本を入れて来ていて、それがガタガタと中で音が鳴る。その中には昔二人が読んだ一冊の絵本も含まれていて、娘の葉桜も親が好きだった絵本を好きになっていた。

 元気いっぱいの声は整然と墓石の並ぶ霊園に広がり、しっかり挨拶が出来た娘を彼女は褒める。

「よくできました」

 褒められてはにかむ横顔を目に、彼は前に出て桶から柄杓ですくった水を祖母の眠る墓石にかける。

 続けて両脇に植えられた低木にも水をやり、持って来た花を供える金属の筒に水を注ぐ。

 すると葉桜がまた声と手をあげる。

「葉桜も! 葉桜もおばあちゃんにお水あげる!」

「うん。お願いしようかな」

 差し出された手のひらに彼は柄杓を渡す。

 葉桜は父親の彼の持つ水桶から水をくみ、柄杓から零れないように慎重に持っていき、墓石に上から水をかけた。

 水をくんだ柄杓を持った真剣な表情が可愛らしく、思わず二人とも微笑んだ。

 何度か柄杓を往復させた葉桜に、彼女はフィルムを剥いだ花を数本渡す。

「葉桜ちゃん、今度はお花もお祖母ちゃんにあげて」

「うん、わかった!」

 返事をして母親から受け取った葉桜は、線香台をはさむようにして左右にある金属の筒に花を生けて飾った。

 残りの花は彼と彼女が供えて、肩から下げたトートバッグから線香を取り出して火をつける。

 火をつけた先端が赤く発光し、手で扇いで火を消すと空に細く白い煙があがると一緒に香りがのぼる。

 三人並んで同時に拝むことはできないので、先に葉桜と彼女が石をくり抜くように作られた台に線香を横にして供えた。

「葉桜ちゃん、神社にお参りする時みたいに手を叩いちゃダメ。静かに手を合わせてね」

 一緒に墓石の前にしゃがんだ母親の隣で、葉桜は素直にいうことを聞いて手を合わす。

「そう、いい子。葉桜ちゃん、お祖母ちゃんにお話ししてあげて。喜ぶから。ママは葉桜ちゃんのランドセル姿を見てねって、お祖母ちゃんにお願いするから」

「わかった。じゃあね、まずはね、小学校のおべんきょうが楽しくて、かってにウサギさんの小屋にはいっておこられちゃったおはなしする」

 二人は最近リビングのテーブル上に片付けられることのない勉強道具や学校からウサギ小屋に関しての話があったことを思い出す。

 つたない喋り言葉で一生懸命に話す姿に微笑ましさを覚えた。

 手を合わす幼く細い左手首には、子どもには大きい白いブレスレットがはまっている。

 ドーナツ状の白い大理石を思わす反射をするブレスレット。目をこらせば同色で模様が描かれていることが分かり、それは葉桜を護るためのお呪いのような物だった。

 葉桜の話が途切れたタイミングで、トートバッグからタッパーを出す。

 タッパーにはあんころ餅が詰められ、線香台の上に供えるように置く。

「お祖母ちゃんみたいなあんこは、まだまだ炊けそうにないや。頑張らないと」

 あの祖母から彼女はレシピを教わっていたけれど、まだ祖母の作るこうばしい餡は炊けずにいた。祖母の餡はほんのりコーヒーのようにこうばしくて、そのこうばしさを出すには少し餡を焦がさなくてはいけない。

 本来は焦がさない餡だが、祖母の体内時計の感覚で焦がされる。

 時間を計ればできる物ではないので赤カブ漬けとは違っていて、毎年命日に合わせて餡作りに挑戦しているが、未だに懐かしのこうばしい味が出せずにいた。

「来年こそは、完成させてみせるよ」

 来年の墓参りまでの目標を宣言し、後ろで見守っていた彼と場所を交代する。

 彼は目を閉じて喋る娘の隣にしゃがみ込み、水に濡れて黒く光る墓石に手を合わす。

「お祖母ちゃん、ありがとう。いろいろあるけど三人一緒に暮らせて幸せだよ」

 本当にあの頃の二人には力も立場もなくて、葉桜を守ることもできない状況で、祖母が味方になってくれなかったら今の生活はなかった。それを思うと感謝しかない。

「また来年も葉桜ちゃんをつれて三人で来るから。見守っていてください」

 いつまた自分たちを取り巻く環境が敵に回るか、薄氷のような空気を意識して割らないように生きて行かなければならないから、一番の味方だった祖母に願った。

「じゃまた、元気で」

 近況報告を終えて持って来たあんころ餅を三人で食べて持ち帰る。

 お供え物は烏を始め、猫や野生動物がよってくるエサになるから、霊園からは持ち帰るように言われている。

「はい。葉桜ちゃんとパパもウェットティッシュで手を拭いて」

 用意のいい彼女が一枚ずつ渡す。

 葉桜は手を拭いた後、小さく墓石に向かって手を振った。

「バイバイ、おばあちゃん」

 帰り際、彼らと同じように命日に訪れた伯父一家と出くわした。

 お互いに表情を変えたがそれ以上はなく、彼と彼女は無言で伯父たちに会釈して葉桜の手を取りすれ違う。

「ママ、知ってるひと?」

 手を繋ぐ葉桜に不思議そうな目で見上げるように訪ねられた。

「うん。親戚の人だよ」

「そうなんだ」

 言葉の意味を理解して頷いた感じではなく、振り返ろうとする葉桜を彼が優しく止める。

「葉桜ちゃん。お墓参りした後はね、お墓を出るまでは振り返っちゃいけないんだよ」

 父親の話に振り返るのをやめ、手を繋ぐ彼の顔を見上げる葉桜。

「えっ、どーして、パパ?」

 疑問に首を傾げる娘と一緒に彼女も彼に目を向けた。

「それは、お化けが葉桜ちゃんについてきちゃうからだよ」

「お化けが葉桜についてきちゃうの?!」

 声をあげて驚いた葉桜は、母親の手を強く握り彼女に不安げな瞳を向けた。

 心配そうな表情を前に彼が嘘をつく意図をくみ取り、片手を胸の前に垂らして答える。

「そうだよ。大好きなお祖母ちゃんじゃない、悪いお化けがついてきちゃうから振り返ってはダメだよ~」

 少しだけイタズラ心が湧き、彼女は冗談混じりに脅かした。

 しかし、両親の言葉を素直に受け止めて肩を震わせて唇を引き結ぶ葉桜。

 目をキョロキョロさせるが、恐怖から言いつけ通り後ろを振り向くことはしない。

「う、うん、ぜったい……ふりかえらないよ。約束する」

「えらいえらい、がんばれ」

 応援して彼は娘の頭に手を置く。

 母親の黒髪より深い、まるで母親の分も吸い取ったかのような黒髪に。

 握る小さな手を振って彼女は微笑む。

「ママと一緒に、もうちょっとがんばろうか」

「うん。ママもパパもぜーったい、うしろ見ちゃダメなんだからね。お化けがついてきちゃうから。約束だよ」

 必死に前だけを見ようとする姿に、二人は目を見合わせて幸せそうに静かに笑う。

 ちらっと彼が伯父たちを見やると、墓石に葉桜が供えた花を雑に抜き、自分たちが持参した花に交換するようすが見て取れた。

 どうしても確執は仕方ないけれど、伯父一家の花を見て祖母を思う気持ちは同じなのだと思って、やりきれない気持ちになった。

 こればかりはどうしようもなく、そんな光景を葉桜に見せられる訳がない。

 すると彼に葉桜から注意する声が飛んだ。

「あー! ダメだよパパ。お化けついてきちゃうよ!」

「あ、ごめんごめん。でも、心配しなくても大丈夫。今お祖母ちゃんが一度だけ助けてくれたんだ」

 とっさに嘘をついて誤魔化した。

「本当? 本当に本当?」

「ああ、本当に。でも、お祖母ちゃんにもう絶対に振り向いちゃいけませんって怒られちゃったよ」

 そう言って葉桜の手を握り直して、三人手を繋ぎ墓参りを終える。

 二人と手を繋げて嬉しそうに破顔した葉桜。そんな娘を見て微笑みを交わす二人。

「ママ。帰ったらお絵かきを教えて」

 幼い頃から絵を描くことが好きだった彼女は、娘からのお願いに笑顔を浮かべて頷く。

「いいよ」

 どこにでもありそうな母親と娘の会話だったが、彼にとってはかけがえのない大切な光景に違いない。

 生活は楽ではないけれど、祖母のおかげで三人一緒世界に存在してもいいと言われているような気がして、今日も彼女と葉桜と生きていきたいと願う。




              (了)

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