表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

8話

 陽射しやわらかな森の()(みち)

 精根せいこん尽き果てた様子の魔王が、4人連れの最後尾を()()()()()()()()と歩く。

「で、一体(いったい)なんで、僕はここに居るのかな、っと……」

 皮肉タップリに魔王がたずねると、反省と逆ギレの(いた)(ばさ)みから、ログがぶっきらぼうに返した。

「なんでって、おっさんが負けたからだろ?」

 辛辣(しんらつ)だが正しくその通りで、あのあと魔王は、ログとトールの二人を相手に、

壮絶・痛烈・気分爽快にぶちのめされたのである。

 酷い()(ぐさ)にもグッと(こら)えて、ボロ雑巾(ゾーキン)同然の魔王が(ねば)りづよく問い直す。

「いや、そうじゃなくてさ……。なんでぼくでんもんまで、きみの村に行かなくちゃいけないんだい?」

「そ、そりゃあ……」

 と(くち)()もるログに代わって、トールが慎重な言葉づかいで説明した。

「あ、あのですね……。あんな所でらすのは不便でしょうから、良かったら、僕達の村に()ないかな、と……」

 初対面と違って、えらく丁寧な(しゃべ)(かた)なのは、魔王に対するニルス達の認識が、『単なる(ひと)(ぎら)いのおっさん』に固まった()証拠(しょうこ)である。

 事情はともかく、いじらしさ(あふ)れる対応の変化に、()()()()魔王もからかってみたくなる。

「あれあれ? ひょっとして、心配してくれてるのかい? なんだ……。それなら(はじ)めっから、もっと親切にしてくれれば()かったのに」

 性格(ちが)いのログとニルスが、それぞれ(こと)なる反応を返した。

「バカッ、(ちげ)ぇよ。最近流行(はや)りの孤独死を(あわ)れんでるだけだっての!」

「おじさん。ホント、ごめんなさい」

(うんうん。若者独特(どくとく)(うい)(うい)しい反応だなぁ……)

 魔王のニヤケ(わら)いの斜め上で、田衛文は、両手をダランと地面に下ろしてあきれる。

(で、魔王はやっぱり意地悪(イジワル)なんだ……)

 あまり調子に乗せると(ロク)なことが無さそうなので、位置的にも精神的にもうえから目線で、田衛文が仲裁(ちゅうさい)に入る。

「みんな、あんまり気にしちゃダメだよ……。魔王だって()(ごう)()(とく)じゃない。本気になって、2人をやっつけようとするんだから……」

 まるで、自分だけは正解者せいかいしゃみたいな口振りだ。

 田衛文の他人ひと(ごと)めいた忠告を聞いて、魔王の態度が、一気に不機ふきげんなものへと

変わる。

「ヘン。僕をうらったひとに、そんなこと言われたくなんか無いね!」

 売り言葉に買い言葉で、田衛文が眼光(がんこう)するどくメンチを切る。

「ナニ~。なんかもんあるの~!」

勿論(もちろん)あるさ!」

(ぐぬぬぬぬっ!)

(ムムムムムッ!)


「お~い、二人共。そろそろ村に着くぜ~」

 幼稚に(にら)()っていた二人は、ログの呼びかけでわれかえった。

 前方に、村の()(ぐち)が見える。

 とはいえ、そこにあるのは行く手を(はば)む壮大な門ではなく、獣()けに低い柵を()(めぐ)らせただけの、形式的な木製(もくせい)の境界である。

 それでも二十年ぶりの人里(ひとざと)だけに、魔王と田衛文には新鮮しんせんな光景に映った。

 そうして五人は、さっそく門を過ぎようとするのだが、(さく)の切れ目の()なか()()にも屈強(くっきょう)な中年男性が、()(やり)片手にドデンと立ちはだかる。

「お前ら、ちょっと待て!」

 見た所、年の頃は三十代後半(こうはん)

 (ふち)(ほつ)れた緑のシャツに革鎧を着込み、腰ベルトにはナイフを装着。

 顔は日によく焼けていて、(ほお)(ぼね)がうっすらと見える()(がた)だが、身体からだの方はしっかりと鍛えられている。

 ボッコリと(たくま)しい上腕()頭筋とうきんが、頼れる男をハッキリと演出していた。

 男は、先頭せんとうを行く三人の姿を認識すると、やれやれといった様子で(かた)(すく)める。

「ログとトール、それにニルスか……。お前たち、さてはまた森に入ったな?」

 のっけから叱られる三人だが、そうした事には()れっこなのか、ログにわるびれる様子はない。

「へへっ、そうだよ。別にいじゃんか」

 すると男は、目線を合わせるようにして(かが)み、(やり)()を自分のくびへと立て掛ける。

「森には、危険な動物が一杯いっぱいいるんだ。危ないから行っては駄目だと、なん言えば分かる」

 言い切りのあと、門番もんばんは思い出したように注意事項を重ねる。

「それと、もう一つ……。どうせ(さく)を越えて行ったんだろうが、そういった事も()めるんだ。ほかの子が真似をしたら大変だろう?」

 すると、もう一人の問題もんだいであるトールが、ログのいきおいを借りて()()()()と口答えした。

「おっちゃん、平気だって。なんたって此方(こっち)は、三人もいるんだから」

 一人でも一杯いっぱいなのにと、門番は()()厄介そうに口端こうたんを吊り上げた。

「あのな……。三人だからって、危険なことにわりないだろう。そうやって、すぐに調子に乗る所がお前の(わる)(くせ)だぞ、トール」

 次々に注意点が見付かるために、門番の()(ごと)も一度切りでは収まらない。

「あとな……。トールだけだぞ、おれをおっちゃんと呼ぶのは。こちらも真似まねされたら(かな)わんから、ちゃんと『ローガス』と名前で呼んでくれ」

(ふむふむ……。どうやら()のオッサン、ローガスっていう名前らしいぞ)

 ローガスの注意事項を、()()がフレンドリーに了解する。

かったよ、ローガス」

 門番が、電光でんこうせっの勢いで魔王にブチ切れる。

(だま)()(ろう)(しゃ)! なんで初対面の貴様に、ローガスばわりされにゃならんのだ。つーか、俺が呼び止めた一番いちばんの原因は、どう見てもお前だろうが!」

(ムカッ!)

「なんで、僕が()(ろう)(しゃ)なんだよぅ!」

 不当な(あつか)いに断固抗議を入れてると、田衛文が平然へいぜんとした声で助言する。

「とりあえず、ソレでってるんじゃない? 普通の人からすると、ボクたち、二十年も放浪してる(コト)になるんだから」

納得(なっとく)……。やっぱり、田衛文の言う事は含蓄(がんちく)あるなぁ……)

 魔王が無意味な感慨(かんがい)(ふけ)る一方、ローガスはでんもんを指差して、はんきのみっともない表情で叫ぶ。

 彼の人生経験はあくまで対人用たいじんようのもので、()(かく)(がい)生物の前では(まった)くの素人なのだ。

「おいぃぃぃ! いま、そこの虫が(しゃべ)ったぞ!」

「ムシってうなぁ!」

 相手がガクガク(ふる)えていようとも、田衛文のツッコミはったなしだ。

(フフフ……。狼狽(うろた)えてる×2。どうやら()のオッサン、精霊を初めて見たんだな……)

「クソ……。なんか、腹立つような目で俺を見てる。悔しいから教えてくれ、ニルス。コイツら、いったい何者なんだ!?」

 解答を(せま)られたニルスだが、ローガスの激しい狼狽(ろうばい)気圧(けお)されて、言葉がうまく出てこない。

「えっと……。このおじさん、おうって言ってね……」

 ローガスの疑念が、頭の中ではげしくスパーク。

 常識(あふ)れる絶叫が、天に大きく()(だま)した。

「なんで()(ろう)(しゃ)が魔王なんだあぁぁ…………!!!!」


 十分後、ようやく事情を飲み込めたローガスだが、その顔にはつよい警戒心が残っている。

「なるほどな……。昨日、森からかえったときに言ってたのは、コイツらの事だったのか」

 適当てきとうにはぐらかされていたのを知って、ニルスは不満そうにくち(とが)らす。

「あのとき、ぼく、ちゃんとそう言ったのに……」

「むうぅ、そうはってもなぁ……」

 チラッと新参者(しんざんもの)に目を向けるローガス。

 一人は、(そら)()ぶ不思議な小型生物。

 もう一人は、如何(いか)にも()()()()()格好の青年。

 これで魔王だ(なん)だと言われた所で、信じてくれと言う方が、()()()無理な話である。

「ふうん……。コイツ()がねぇ……」

 彼としては、魔王なんて()(ちゃ)な設定を信じるつもりはない。

 かといって、昨日のニルスへの対応を聞く限り、あたまから危険人物だと判断する事も()()()ねた。

 今だって()っこい(ほう)は、こちらの視線を意識して、ササッとポーズを取る適当てきとうぶりである。

 (いや)、彼女はまだ好い。

 とにかく問題があるとすれば、()びる(こと)を知らないもう一人である。

(むむむ……。()遠慮(えんりょ)にジロジロ見るなんて失礼な。ここは年長者として、少しはれいってものを教えてやらないと)

 お節介にも、魔王があいの言葉づかいに文句を入れる。

此奴(こいつ)じゃないぞ。みんながそう言うといけないから、ちゃんと『おう』って呼んでくれ」

真似(マネ)すんな!」

(あれれ。怒られてしまったぞ?)

 ローガスは、魔王の(ぼつ)・社交的な反応に(ひと)()えすると、ウンザリとした顔で本音を述べた。

「あのな、まず初めにハッキリ言っておくが……。俺はどうにも、お前のことが

信用できん」

「ええっ、なんでなのさ!?」

「なんでって、当たり前のことだ。お前が魔王な(わけ)ないだろう」

 クスン……。結局、信じてもらえないんだね。

()いから早く本名を教えろ。でないと、こっちもどうんで良いか分からんだろうが」

 押し問答がはじまりそうな空気を察して、田衛文が2人の会話に割って入る。

「あの、チョット()いかな……」

「お、おう……。なんだい、(じょう)ちゃん」

 まだ、田衛文のことがすこし怖いのか、ローガスは、服の上に着込きこんだ革鎧を小さく揺らした。

 その心の(すき)を突くかのように、田衛文が語気(ごき)に哀しみを、話の中身にうそを混ぜて語り始める。

「ある地方では、怖い物の名前を()()にするコトで、ソレを克服こくふくするって言い伝えがあるの。(カレ)の両親はそれを()に受けて、読みだけはおんなじの『マオウ』って名付けたんだ……」

 これこれ、でんもんや……。

 その設定、どんな反応リアクションを期待してるんだい?

 なんか、(あき)れを通り越して、いっそ感心……、


「なんだか大変たいへんなんだなぁ、そいつも…………」

うそでしょ。それ、信じるの!?)

 魔王の驚きを余所(よそ)に、ローガスは何やら、『ふぅむ……』と深く考え込んでから、いぶしぎんな表情を魔王へ向ける。

「よし。そういう事なら、もうかない事にする。なぁに、おれとて鬼ではない」

 親切なのは分かったけど、(あん)にバカにされた気がして腹が立つよ。

 このままじゃ悔しいし、こちらも相手の痛いところを突かないと……。

「ヘン、同情なんて()らないやい! おっさんだって可哀想な癖に……」

「おっさんと呼ぶな! それと、なんで俺が可哀想なんだ?」

 すると魔王が、確信を持ってローガスの()(ぼし)()す。

(とぼ)けたって無駄むだだよ。なにか悪い事をしちゃったから、そこにたされてるんだよね」

「ちっがぁぁぁう!! だぁれがたされぼうだ! 俺は(れっき)とした自警団の仕事で、この場所を守ってるんだ!」

(しまった……。おっさんの中で、僕の不審者(せつ)がどんどん加速して行ってる!)

 いっそ話の(すじ)を変えられないかと見回すと、ログがソワソワしてるのが目に映った。

「なぁ、ローガス。そろそろいだろう。俺達、コイツらを村に案内あんないしなくちゃいけないんだ。とおしてくれよ」

 ナイスフォローだぞ、ログ。

 もちろん、子供一人にたのませるなんて心苦しい。

 僕も一緒にお願いしてみよう。

「そうだ、とおとおせ!」

「クッ、なんて(イヤ)な奴なんだ……!」

 ローガスが()(こつ)に顔を(ゆが)めるのを見て、田衛文がニコニコと魔王へ近付く。

「魔王~、チョットめんネ~♪」

「うん? なんだい、でんも……」

『バリィ!!』 (教育的制裁(せいさい)・電撃パンチ)

「げふぅ……」

 お(なか)(ひび)く強烈な衝撃と(しび)れ。

 この()(れい)一発(いっぱつ)二連撃は、()らった人にしか分からない。

 (しょ)()こぶしで相手の意識を喪失(ロスト)させておきながら、(つづ)けて(おそ)う雷のダメージで、

強制的に目覚めさせるんだから……。

「ま、まぁ、仕方ない……。これ以上、ここに()てもらっても迷惑だしな……」

 完全に二人から()()らした状態で、ローガスがぎこちなく道を(ゆず)る。

 お説教から解放された喜びか、ログがれとした声で仕切り直した。

「んじゃ、早く行こうぜ♪」

 するとローガスの手が、ログの襟首(えりくび)をむんずと(つか)む。

「おーっと。常習犯のログとトールは、ここで俺の手伝いだ」

「ぐええ! なんで俺達だけ……」

 それでも前に進もうとくるしみ藻掻(もが)くログに、ローガスは平然へいぜんと言ってのける。

「どうせ、お前達の事だから、ニルスをムリヤリれて行ったんだろう。だからニルスは、そいつ等の案内で勘弁(かんべん)してやるんだ」

 事情をバッチリと見透かされて、トールがちからなく(うな)()れる。

「あちゃあ、バレてら……」

 落ち込んでるのは、なにもわるガキ二人だけではない。

 一人だけばつ(のが)れた形のニルスが、心苦しさを感じて、ローガスに頭を下げていた。

「あの、ごめんなさい……」

「そう思うのなら、今度からは自分の意思で行動するんだ。リュンだって、きっと心配しているぞ」

 魔王と田衛文は、リュンという名前にまったくおぼえがなかった。

 しかし、少なくともニルスには大切な人らしく、ばつがわるそうにたじろいで、

「あの……。お姉ちゃん、怒ってました?」

 と、心配する明確な素振(そぶ)りを見せた。

 ローガスは、フッと堅苦しい表情を(ゆる)めると、ニルスの頭にゴツゴツとした(てのひら)を乗せて、元気付けるように()(まわ)す。

「いや、今日はまだ会ってない。だから、早く顔を見せに行くと良い」

「ハイ!」

 ニルスは元気よく返事をすると、(さく)の向こう側へと、テコテコとばしりに通過して振り返る。

「それじゃ、マオウのおじちゃんと妖精ようせいさん、行こっか?」

「オッケ~♪ 二十年ぶりの人里ひとざとだし、なんだかワクワクしちゃう♪」

 陽気に答える田衛文。

 魔王も彼女とおんなじで、村がどうなっているのか興味津々(きょうみしんしん)である。

「よぅし、ついに村に入れるぞ~! それじゃ、ログとトールも達者(たっしゃ)でね~」

 去り行く三人の背中に、ログとトールが(わめ)(ごえ)を浴びせる。

「呼び捨てにするな!」

「裏切り者ぉ~~!」

ちんな捨て台詞だなぁ……)

 許可をて歩き出した二人を、何事(なにごと)か、ローガスがきゅうに呼び止めた。

「おっと、ひとつ聞き忘れてた。えーっと……、()(ろう)(しゃ)!」

おうっ!」

 ムキになって振り向くと、ローガスの幾分(いくぶん)真剣な眼差しとぶつかった。

「確か、森で生活をしてるんだったな。なら最近、動物はよく()れるのか?」

――おっさんの様子が少しおかしい。ひょっとして、村になにかあるとか……?

 魔王は、相手の態度に()()()()を感じながらも、素知そしらぬ振りで誤魔化した。

「全然……。昔はともかく、近頃は姿すがたも見掛けないぞ。田衛文の方はどう?」

「ボクも最近は、見てないかな……。もしかすると、ココに村が出来たから、()全体(ぜんたい)が、別のトコに移動したんじゃない?」

「………………」

 聞き耳も(そぞ)ろに、ローガスは、その場で(しき)りに考え込んでいる。

「で、もう()いかい?」

 魔王が聞くと、ローガスは何事なにごともなかったように、二人が通り抜けるのを許可した。

「ん? ああ、まなかったな。村に入ったら、くれぐれも変なさわぎは起こすなよ」

「ほーい」

「ハイ、ハーイ♪」

 適当てきとうに返事をして、ニルスを追いかける魔王と田衛文。

 村門から離れること(しば)し、魔王は早くも、眩暈(めまい)に似たおんくうを背中に実感した。

(あや)うく忘れる所だった……。僕はおう。この世界から(きょ)(ぜつ)された存在なんだ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ