表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/39

5話

 (どう)・フェルメンティア宮、北東部。

 研究区画(ブロック)に隣接した格納庫内で、魔王が驚きに息を飲んだ。

「これが降下艇かぁ……」

 中に入ってすぐ、金属舗装された内壁(ないへき)を背景に、機体の左右にほうを取り付けた重武装の赤い鉄塊(てっかい)が見える。

 小型というものだから二人ふたり乗りのボートをイメージしていたが、実際には一軒いっけんと比較しても遜色(そんしょく)のない大きさだ。

 こんな物が空を飛ぶなんて、(にわか)に信じがたい。

――周囲に人影はない。

 魔王は左前方にある搭乗口から、降下艇へと乗り込んだ。

 とはいえ、何もかもがはじめて目にする物ばかりで、手順がサッパリ分からない。

 ついいましがためた機体扉だって、果たして()()()()閉まってるかどうかも疑わしかった。

 加えて、待てど暮らせど機内食が出てこない。

 最近()()りの低価格航空なんだろうか……。

「それで……。まずは何からすれば良いんだっけ?」

 魔王が正解を導き出すより早く、田衛文が、せい()から受けた指示を復唱する。

「確か、端末にキーを差し込むんじゃナカッタっけ?」

「ああ、そうだった、そうだった……。ええっと、端末は……」

 右に左に首を動かし、すぐに目当ての物を発見した。

 座席のすぐ前には操縦桿。その奥に、計器やボタンスイッチと一緒に、研究室で見た物とソックリな機械が並んでいる。

(こういう(ふう)に知ってる物が一つでもあると、なんだか少しホッとするや……)

 (すこぶ)る小市民な心意気でキーを挿入し、魔王が端末を起動させる。

 程なくして、小さな画面にせい()の顔が映し出された。

「どうやら、うまく乗り込めたみたいですね」

「アッ、せい()だ。いつの間にか、ボクより()っちゃくなっちゃったネ♪」

 律儀な性格なのか、ニコニコと手を振る田衛文に、せい()()()()()脱力してみせる。

(いや)、そんなお約束のボケは好いですから……」

「そうだよ、田衛文。()っちゃくなったんじゃなくて、『モニター生物』に身体からだを改造しただけなんだから」

 けど、今度のせい()って顔デカイなぁ。

 なにせ一頭身なんだもん……。

「冗談はそれくらいにして、画面横のボタンを押して下さい」

「ボタンだね、()ぅし」


・右 (赤一色)

・左 (ドクロマーク)


 魔王の決断が冴える!

「左かな」

「イヤ、その即答、ゼッタイ間違ってるから」

 田衛文の心温まる助言を受けて、魔王が右のボタンをプッシュ。

 機体が(にぶ)い音を立てて振動し、座席の肩口からベルトが垂れ下がった。

「ベルトを締めて下さい。飛行経路はこちらで設定します」

 端末の映像が、(ふち)(みだ)れた()()()()をしたサンセベリア大陸図へと切り替わった。

 ルートを示す矢印が、画面端の海を越えて(さら)に西へ。

 今度はみなみに折れて、目的地の魔王城へと延びる。

 進路設定が完了すると、端末の画面は、せい()を中心とした研究室の映像を表示した。

「飛行準備、完了です。出発後は、発進記録の(かい)ざんに時間が経かるので、一時的に通信を切りますけど、端末の電源はON(オン)のままにしといて下さい」

「ワカッタ、いじんないでおく♪」

 スピーカーから小さな警告音が鳴り、格納庫の扉がゆっくりと開く。

 フロントガラスの向こうでは、夜の闇が大きな口を開け、二人を外の世界へと飲み込もうとしていた。

 少なくとも、発進前に聞く事は何もない。

 別れ際、せい()は沈んだ声で、複雑な心境を打ち明けた。

「悔しいですけど、あなたはきっと、死んではいけない人なんでしょうね……」

 モニターの指示に従って、赤いボタンを再びプッシュ。

 降下艇は風を裂き、てつく夜の闇へと溶け込んだ。


 自動操縦に任せていれば、あとは何もする事がない。

 暇なのか、それとも今日きょう一日いちにちの目まぐるしさに疲れたのか、田衛文は魔王の膝上(ひざうえ)で冒険着に(くる)まり、静かな寝息を立てていた。

 こうしていきつく暇を得ると、魔王は漠然と、自身の立場を整理する。

 戦いを一方的に()てた自分。

 責任を取るべき自分。

 本当なら、死ぬべきなのではないか?

(どうして僕は、わざわざ逃げ出しているんだろう……)

 仲間達は()()に武器を取り、勇者らに死闘を挑んでゆく。

 飛び散る剣戟(けんげき)の火花は時間にして短く、(かず)にしては数多(あまた)

 その(いく)つもの(きら)めきに、魔王は未来を()た。

 世界は、敗北者に何を与えるか。

――それは、残酷なまでの屈辱だ。

 勝者は(あざけ)り、敗者は()(にじ)られる。

 その先に、一人一人の意志など存在しない。

 (みな)、社会という形のない、しかし圧倒的な化け物に操られ、知性を、理性すらも失ってゆく。

 敵とは恐怖。

 恐怖とは、対抗すべき存在だ。

 対抗存在を消し去らなければ、安息の日々はない。

(けど、本当にせん文明人ぶんめいじんは、フォルトが恐れるような存在だったんだろうか?)

 答えはノーだ。

 戦わなければ、フォルトの生活は確実に奪われていただろう。

 だがそれでも、彼等は憎悪の対象ではなかった。

(どうしてあの時の僕は、先史文明人を滅ぼしてやろうと考えてたんだろう……)

 …………理由は分からない。

 ただ一つ言えることは、『先史文明人を(ほろ)ぼすべし』という強迫観念に()()かれていた事だけだ。

(あのとき僕が勇者と戦っていれば、フォルトは間違いなく戦争に勝っていた)

 だがそれは、『見下す側』と『見下される側』を取り替えるだけの行為に過ぎない。

 だからこそ、誰かがその連鎖を断ち切る必要がある。

 戦いは終わった。

 ()()終わらせた……。

 そして世界は、敗北者に何を求めたか?

(世界は………………僕の死を求めた)

 内向きの思考と疲労感が、運動機能を衰退させる。

 やがて魔王は、心地良い微睡(まどろ)みに身を委ねて、うつらうつらと、夢の旅路へと舟を漕ぎ出していった。



 明け方、二人の乗る降下艇が、異常な爆発に大きく振動する。

「うわっ。いまの揺れはなんだ!?」

 同じくでんもんもあわてて目を覚まし、背後をゆびして機内の異常を訴える。

「大変ダヨ、魔王。(うし)ろが燃えてる!」

 二人が目にしたのは、後方、機関部と(おぼ)しき場所からの出火であった。

 整備不良のしわ寄せが、一番重要なエンジン部分に集中していたのである。

「クソッ。こんなの、どうやって消火すりゃ良いんだ!」

 周囲を闇雲に(うかが)うが、目に留まるのは、ダークグリーンの内壁(ないへき)金属ばかり。

 途中、赤い円筒物が見えるが、機械文明に(うと)い魔王は、それが専用の消火器だとは気付かない。

「そうだ! コンナ時、せい()に聞けば……!」

 試しに田衛文が端末のボタンをいじくり回すが、相手からの応答は返ってこなかった。

「ウソ! ド~シテ(なん)の反応もないの?」

「きっと、この異常事態に気付いてないんだ」

 魔王は反射的に操縦桿を握り、機体の安定に心掛ける。

「田衛文、こうなったら自力で不時着させよう。手動操作に切り替えられるかい?」

「ウン、やってみる!」

 魔王と違って機械文明と相性が良いのか、田衛文の操作によって、機体がガクンと揺れて手動(マニュアル)に切り替わる。

 不自然な揺れを合図に、魔王はモニターの指示に従って、操縦桿を目一杯に引き起こす。

 だが、上昇するだけの推進力がそもそも足りていない。

 機体は()るうちに高度を下げて、側面部分のまどに山の尾根が映り込む。

 座席の隣りで、田衛文が険しい表情で悲鳴を上げた。

「ウワ~ッ、墜落スル~!!!!」

 絶体絶命の状況に、魔王はフッと自嘲の笑みを浮かべた。

――これで良い。これで何もかも帳尻(ちょうじり)が合う。

 やがて機体は山肌を滑り、大陸北東部の森へと不時着した。



「……オウ。マ……ウ、返事をシテ!」

 田衛文の呼び声に目を覚ます。

 どうやら、まだ生きているようだ。

 山肌を滑る減速と樹々のクッションが、機体の損傷を和らげてくれたのである。

 代わりに機内は(すご)い煙だ。

 (ほの)かに甘い一酸化炭素の幻覚臭(げんかくしゅう)と、吐き気を(もよお)すゴムの匂いに何度も()()む。

 魔王は呼吸が少し落ち着くと、涙と不安でかおをクシャクシャにする田衛文の頭に、(てのひら)をそっと乗せた。

「大丈夫だよ……。ちゃんと生きてるさ」

「ヨカッタ……。だって、ずっと眠ったままなんだもん。ホントに死んじゃったのかと思った」

 ぐじゅぐじゅと(はな)(すす)り、魔王の胸に顔をすり寄せる田衛文。

 煙で黒く(にご)った空気の中、魔王は不思議に思った。

「どうして君は、僕なんかのために、そんなに必死なんだい?」

 田衛文は頭を上げると、顔が汚れるのも構わず、(すす)だらけの腕で涙を拭った。

「ダッテ、ボクには分かるもん! リンクが有るから、魔王の気持ちが分かるんだもん!」

 すっかり忘れていた。思考共有(リンク)……。

 僕と彼女は、魔法の力で繋がってたんだ。

「墜落する直前、このまま死んでも良いかなッテ考えてたでしょ?」

 図星だった。

 機首を上げようとした時、それがすでに手遅れだと気付いた瞬間、こうして死ぬのも悪くはないと思った。

 自分が事故死した裏で、残された仲間達は魔王生存の希望を(いだ)きながらも、フォルトの復権に尽力する。

 そして田衛文たち精霊は、姿形の一時的な消滅はあっても、死の概念はない。

 魔王からの返事を待たず、田衛文は悲痛な想いを連ねる。

「死ぬって、すっごく(さみ)しいコトなんだよ! ずっと(ひと)りぼっちッテ事なんだよ? 戦争ダッテ、魔王だけが悪いとは限らないよ…………」

 本当は、自分に言えないその言葉を、ずっと誰かに言って欲しかったのかも知れない。

 魔王は泣きだしそうな笑みを浮かべて、田衛文の頭を優しく抱き寄せた。

キミってヤツは、本当に優しいんだね……」

 魔王の賞賛に、田衛文は短く本音で返す。

「もう、(ひと)りぼっちはイヤだよ……」

(ひと)りぼっちか……」

 思考共有(リンク)を介すまでもなく、魔王は、田衛文の気持ちが()()るように分かった。

 おそらく彼女は、世界中から嫌われている魔王の心情を、自身が長年(ながねん)、封印されていた過去と重ね合わせているのだ。

(いや、そんなことを考えるのは()そう……)

 たとえ、その半分が自分自身にあてた同情であっても、魔王は純粋に、田衛文の心遣こころづかいが嬉しかった。

「君のリンクって、本当に凄いや。実際、こうやって生きて行くのに一番、役に立ってるんだから」

 田衛文の優しさに、魔王の思考が切り替わる。

 こんな状況になろうとも、でんもんせい()、その二人だけが運命に(あらが)い、今も自分を生かし続けている。


――(あらが)おう。それが今の僕にできる、(ただ)(ひと)つの意志なのだから……。


 だがしかし、同胞の期待に背き、一方的に戦いを()てた罪からは(のが)れるべきではない。

 機体は損壊、端末も故障。

 それに加えて、周囲はじんの樹海である。

 それでも魔王は、森を出て人里(ひとざと)を求めるような事はしなかった。

 薙ぎ倒された樹々を集め、持てる知識を(あま)すことなく(ふる)い、降下艇を森小屋へと擬装する。

 そして何をするでもなく、ただジッと其処(そこ)に住み続けたのである。

 何故ならそれが、魔王が己自身に()した罰なのだから。

 不老不死の魔王でも、精神と肉体が永久不滅というわけではない。

 彼は心身が(こな)()(じん)になるその日まで、静かに、そして孤独にこの森で生き、果てようというのである。

 それが、魔王のせいを両立させる唯一の(つぐな)いに思えた。

 光輝く森。

 そこは美しい光景とは裏腹に、(かたく)なで悲愴な墓場。

 言うなれば、時の牢獄であった。

 やがておう不在の世界に、二十年もの月日が流れる……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ