表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/39

4話

 十分後…………、

「はうぁっ!!」

 全身に痺れるような激痛げきつうを感じて、魔王が昏迷(こんめい)とした無意識の闇から引きずり起こされる。

「ヨカッタ~、ようやく目が覚めた……」

「やっぱり電気ショックが効いたみたいですね」

 声の方を向くと、そこには()()か相棒の田衛文と、仇敵(きゅうてき)(せい)()のホッとした表情があった。

(どうやら僕は、負けてしまったみたいだぞ)

 ボンヤリとした思考の中、それだけはハッキリと自覚できた。

「ハアアァァ……。僕はきっと、人体実験の材料にでもされちまうんだろうなぁ」

 魔王の深々とした溜め息に、研究用の白衣を掛けたせい()が、どんよりと表情を曇らせる。

「あの、ずっと前から気になってたんですけど……。その反応からして、僕ってそんなに悪人に見えますか?」

(あれれ? なんだか、急に()()()()()しちまったぞ)

 情緒不安定な(せい)()の横で、田衛文が(わき)の下へと両手を固めて、肩を突っぱらせる。

「モ~、失礼ダヨ! このヒト、せっかくボク達を(かくま)ってくれてるのに」

「へっ? だって今、電気ショックとかって……」

 身振り手振りを交えた説明をしようとして、()()と気が付いた。

「あれれっ、まったく拘束されてないぞ?」

 手足は元より、体を固定するベルトはおろか、室内には、改造手術さながらの

凶悪な機器も見当たらない。

 部屋の広さとしては、ざっと4トール(6メートル)四方といった所か。

 ボルトの見えたメタリックな壁は分かるとしても、コタツやぬいぐるみ、本棚に観葉植物と、研究施設にはおよそ()つかわしくない私物の数々が転がっている。

 それでも申し訳程度に、壁際かべぎわ一角には、作業用デスクと箱型はこがたの機械が置かれてあった。

 せい()は魔王の覚醒を確かめると、気を取り直して、軽い状況説明を始める。

「ここは、フェルメンティア宮・北東ブロックにある僕の研究室。ラウンジであなたと戦ったあと、ここまで運んできたんですよ」

 運んできた、という口振りから、通報や監禁といった意図が()(じん)も感じられない。

(だとすると、僕をどうするつもりなんだ?)

 不思議に思う魔王に、田衛文が興奮気味に要点を述べる。

「聞いてよ。なんと(カレ)、ボク達をココから逃がしてくれるんだって♪」

 ますます(わけ)が分からない。

 瀞流は敵性人種(フェルメンティア人)のうえ、勇者を支えた闘士の一人だ。

 逃走幇助(ほうじょ)はつまり、みずから捕まえ、みじから逃がす愚かさに等しい。

(だったら初めから、戦わなければ良い……)

 この時ばかりは、()()な青年と成り果てた魔王の瞳に、かつての厳格な王に相応(ふさわ)しい、するどい(さい)()の光が宿った。

「いったい、どういうつもりなんだい?」

 せい()にも退()けない事情があるのか、物怖じせずに理由を語る。

「時間がないので簡単に説明しますが……。僕達 ― つまり、あなたがた魔族が言う所の『せん文明人ぶんめいじん』の中にも、魔王処刑を(こころよ)く思わない者がいるんです」

ぞくか……)

 魔王は一瞬、魔族という表現に苛立ちを憶えた。

 魔族など、この世に存在しない。

 それは、彼等が信奉するアルメリア教がでっち上げた怪物であり、フォルトへの差別用語である。

 転じて、()()の王も存在しない。

『フォルト部族を(たば)ねし者、魔法の頂点たるべし』

 魔王の名とは、ほうおうを由来とした敬称なのだ。

 しかし、敗北種の事情を知らない(せい)()は、その点に引っかかりを覚えず説明を続ける。

「それで僕は、他の『勇者ゆうしゃこう』に所属する2人から、仲間の1人であるザヴィニアさんと連携して、あなたを逃がすように頼まれたんです」

 勇者候補とは、かずある魔王討伐チームの一つを指す。その中でただ一つ、実際に魔王を討ち果たした者達だけが、正式に勇者チームと呼ばれる(なら)わしだ。

 敵対種族の魔王にとって、せい()の説明は、今ひとつ納得できない。

「それで僕を(たす)けようって(わけ)かい? どうにも信じられないなぁ……。田衛文だってそう思うだろう?」

 (ひね)くれ気味ぎみに同意を求めると、田衛文から思わぬ返事が返ってきた。

「ウウン。ボクだったら、別にイイかなって思うよ」

「ムッ……。なんで瀞流(ソイツ)の肩なんか持つんだよぅ」

 すると田衛文が、その理由をアッサリとした口調で言ってのける。

「だってイマの魔王、すっごく弱いんだもん」

「なっ、なんですと!?」

(酷い……。ここに来てでんもんからのまさかの(そし)りに、流石の僕もショックを隠せないよ。しかも、弱い事とどうして関係があるのさ!?)

 魔王が驚きに固まっていると、非情にもそこへ、瀞流が(たた)()けてくる。

「そこですよ! 気絶してるあいだに聞きましたけど、あなた、本当に魔王なんですか!?」

「ううっ……。それ以上は言わないで欲しいな」

 魔王の哀願も虚しく、何が()いんだか、(せい)()(ねつ)っぽく話を続ける。

「いやあ……。僕としても(たす)けるつもりは更々(さらさら)なかったんですが、今となっては話は別です。(じん)()(たい)(せん)も終わったし、あなたはもう、人類の脅威になりそうも無いし、僕にとっては最高のシチュエーションです。だからこうして……」

「僕をいじめるために、わざわざ部屋に連れ込んだ、と……」

 掛け布団にでも(くる)まって、果てしなく不貞ふて(くさ)れよう。

 うん、それが()いや……。

「あっ、その……。()みません」

 (せい)()がどんよりと反省の弁を垂れるが、不機嫌な魔王の視線は、壁際にギッチリと固定されたままである。

 田衛文が重苦しい空気を引っくり返すように、魔王のかたを布団越しにポフポフと叩く。

「ホラ、あんまり落ち込まないの。ココから出る方法を、瀞流(カレ)が教えてくれるんだって」

「本当にぃ~?」

 布団にを包んだままクルリと反転すると、せい()が朗らか笑みで頷く。

「ええ。ここにお二人を連れて来たのも、半分はそのためなんです」

 これを見て下さい、とせい()が紹介したのは、さきほど部屋の(すみ)にチラッと見掛けた謎の機材。

 他にも、文字やら画像やらがガラス面に映った四角いモニターもある。

「今、この機械がおこなってる処理は、(こう)()(てい)を利用する(さい)に必要な『カードキー』の作成です」

 専門用語の頻出ひんしゅつに、魔王が一瞬、ポカンとする。

「その(キー)って奴でこうていを動かせば、僕はサンセベリア大陸に戻れるのかい?」

「はい。目的地は、ここから遠くて安全な場所が良いですから、大陸南東(なんとう)が適切でしょう」

「つまり、魔王城に帰れるって事かぁ……」

 すると、モニター画面を興味ぶかく見ていた田衛文が、やおら2人の方へと向き直る。

「でもさ、ソレ、誰が動かすの?」

 確かにそれは大きな問題だった。魔王と田衛文では動かせっこない。

 だからと言って、せい()に同行を頼むのも気が引けた。

「心配には及びません。ある程度の座標指定さえすれば、あとは自動で航行してくれるようになってます。なにせ、これから二人が搭乗するのは、最新型の小型要人(ようじん)ですから」

 ただ……、と付け加えて、せい()が不安要素を重ねる。

「最新型と言うだけあって、現在、出力調整の()最中(さいちゅう)なんです」

「ジャア、飛べないの?」

「いえ、飛べるとは思うんです……。それに他の機体は、()()()()で全部、出払ってますから」

「だったら選択の余地はないよ。ここで処刑されるよりは()(ぽど)マシさ」

 魔王が言い終えるのと同時に、機械から短い警告音が鳴る。

「どうやら、最後の仕上げに入ったみたいですね。ちょっと失礼……」

 画面前の田衛文を横にずらし、せい()が椅子に腰掛ける。

 やがて短く操作を終えてから、真剣な眼差しで振り返った。

()いですか? 今から発行されるカードキーは、降下艇に乗るときだけでなく、フェルメンティア領の各地に設置された、情報端末の利用にも欠かせない物です」

 耳慣れない単語を聞いて、魔王が少しだけ不安になる。

「情報端末って……。目の前にある、その四角い箱みたいな機械(やつ)のことかい?」

「そうですね……。まあ、大体はこんな形をしています。端末を使えば、領内の色々な情報に接触(アクセス)できるうえ、かぎを持っている人とも通信できるんですよ」

 安心材料を示したつもりだが、機械に不慣ふなれな魔王の頭は、すでにパンク状態だ。

 ぽつねんと(いし)()(ぞう)のように固まる魔王に()わって、すぐ横の田衛文が、せい()

気さくな呼びかけに答えた。

「フゥゥン……。どういう仕組みか分かんないけど、ずいぶん便利なんだネ♪」

「はい。ですから、今から設定する『使用者名』と『暗号』は、しっかりと憶えておいて下さいね。………………これで良しっと。さあ、名前は(なん)にします?」

 すると魔王が、さきに思い付くハンドルネームを口にする。

「じゃあ、魔王と……」

(いや)(いや)……。それじゃ、使用者名から潜伏先がバレちゃいますから」

「おバカだね、魔王ッテ♪」(ナデナデ)

 (ちが)わい。(なに)()なく振られたから、つい、軽く答えちゃっただけだい!

「ええっと~……。それじゃあ、『‐etエト』で」

「分かりました。『エト』ですね?」

 せい()が指示通りに入力する(あいだ)、田衛文が不思議そうに魔王へ尋ねる。

「ネエ、なんで『エト』なの?」

「うん? ああ……。僕の幼い頃の名前だよ。魔王になると同時に、それまで使ってた幼名ようめいは捨てるって決まりがあるんだ」

「フ~ン。そうなんだ……」

 続いて暗号設定に移り、せい()がモニターから目を離して、再び魔王へと振り返る。

「で、暗号の方はどうします?」

 どうすると言われても、名前はともかく、暗号までは判断が付かなかった。

「それは特に()いや。好きに決めちゃってよ」

「え~っと。それなら、『ファンタジスタ』っと……」

 入力が完了すると、二枚のプレートが機械からされた。

「これがカードキーです。魔王さん、一枚はあなたに。もう一枚はぼくが預かっておきますから」

「うん。入力暗号は、『エト』と『ファンタジスタ』だね」

 ハイ、と同意を重ねつつ、せい()は壁の収納から、二着の着替えを()()かと引っぱり出した。

 その二着ともに、魔王は見覚えがある。

「まずはコレに着替えて下さい。そんなボロボロの格好じゃ、目立ってしょうがいですから」

 と最初に手渡されたのは、白を基調きちょうとしたデザインのかたパッドが入った警備服。

 恐らくコレで変装して、降下艇のある場所まで行け……という事なのだろう。

 そして、もう一着は……。

「そっちの服って、もしかして……」

「ええ。以前、使っていた冒険着です。僕にはもう、必要のない物ですから……」

 そう口にするせい()の顔は、ひどく(はかな)げな空気であった。

 彼の冒険はすでに終わりをむかえ、いま新たに、魔王へと受け継がれようとしている。

 せい()(おお)(かげ)りの元は、つまる所、自身の冒険の果てに訪れた、魔王逃亡の皮肉さにざしていると見て間違いなかった。

(そういえば、どうしてぼくを逃がそうとする奴等がいるんだろう……)

 魔王はかつにも、その疑問をせい()にぶつけることなく研究室を(あと)にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ