SOS .007 ヒナギクとオズマット
「オズさん、どうしたんですかー?」
声を掛けてきた小柄な少女は
同僚のヒナギク監査官だった。
黒髪黒目が麗しい。
「いや、ちょっとな」
初老のオズマットだが、鍛えられた身体は
暴れる若造の二、三人なら
直ぐに大人しくする事が出来る。
技量もさることながら、
圧倒的な腕力と体力が他の群を抜いているのだ。
しかし、そんなオズマットでも
胃に穴を開けてしまうほどに参る事はある。
「ああ、シルシルとサンサンの事ですか。
最近は結構上手くやってるんじゃないです?」
気の抜けるあだ名を付ける癖がある
ヒナギク監査官だが、見た目に反して
この少女は領内でも五本の指に入る強者だ。
二人は職場である冒険者ギルドの中でも
一番見晴らしの良い高台にいた。
防衛上の規則で、ここに入ることが出来るのは
教官職以上の役職者に限られている。
遠くには山の稜線もくっきりと見え、
空気が澄んでいるのが分かる。
「いい天気なのに勿体ない。
こういう日は呑気に出歩きたいもんですね」
子供ほど年の離れたヒナギクの
無邪気な提案にオズマットは苦笑する。
「二人とも、良い子達なんだがな」
ヒナギクはオズマットの言いたいことが
分かっていた。
要するに相性が悪いのだ。
「そういえば、今日は二人ともどこへ?
そろそろ巡幸なのに」
「珍しいことに、領内で《洞穴》が見つかってな」
「え? 聞いていませんけど」
「まだ《洞穴》の段階だからな。
《大洞穴》にでもなれば注意喚起はするが」
「もしかしたら《洞窟》に格上げとか
あるかもしれませんよ」
「今の今まで見つからなかったとしたら、
それこそ大問題だろ」
ヒナギクもそれを分かっていて、
敢えて冗談めかしたのだが…
『―――――――――!』
言葉に起こせないような奇妙な音が、
稜線の向こうから聞こえてきた。
流石のヒナギクはすぐさま顔色を変えた。
既に先程の音を分析したのだ。
「オズさん。普通の術式じゃない。
古式、規模は戦術級。しかもこれ、
時空間操作系っぽい」
「(禁術の中でも禁忌)」
オズマットは奥歯を噛んだ。
確認するまでもなく、あの《洞穴》からだ。
「さっきの話、冗談じゃないかもな」
「え?」
ヒナギクが素直に疑問を口に出す。
その反応の違いに
オズマットは経験の差を実感する。
いくら腕が立っても、実践経験とは
簡単にはひっくり返せないものだ。
「こりゃ罠だ。大事になるぞ」
にわかに冒険者ギルド内が慌ただしくなる。
オズマットはギルマスと
サブマスの顔を思い浮かべる。
「どうする? 太っちょ坊やと神経質」
「ん? いま何て、オズさん」
「いや、なんでも。
ほれ行くぞ、どうせ緊急会議だ」
オズマットはヒナギクの質問をかわし
さっさと屋内へと引き返した。