SOS .006 門
シルビアが知っている昔話では、
ここで過去の悪事を正直に話すかどうかが
試されるのだが、相手の気になることは
別にあるようだ。
「おや? お二方はもしかしてギルド正職員ですか。
こんな辺境にお二方のような来訪者があるとは、
まさに神の思し召しですね」
筏の上の老人は、大して嬉しくもなさそうに
その喜びを表現した。
「…こっちから質問は、してもいいのかしら?」
「ええ、どうぞ」
そう言って、老人は自分の腕輪を見せつけた。
その腕にも偽証の腕輪がかかっている。
いや、正確には埋め込まれている。
国によっては犯罪者に偽証の腕輪を埋め込むような
管理方法を取っているところもあり、
その老人はそういう類の出身であると知れた。
「(シ、シルビア。どういうこと?)」
「(あの人も、何らかの形で捕らわれてるってこと
じゃないですか)」
二人はこそこそと話すが、
相手には筒抜けのようだ。
「お察しの通り、私は囚人です。
ある能力を買われて、こうしてここで
死ぬまでの間を過ごしているのです」
「…それって、さっき言った『召喚』?」
「はい。お二方が知るものとは、
少し意味合いが違いますがね」
足元の水はひんやりと心地よい。
鬱蒼とした森に比べれば
ここは良い避暑地だったのだろうか。
「おや? そこの明るいあなた。あなたは……」
老人がソアラに意識を向けた時、
突如として泉が震え出した。
「おぉ……!」
先程までの水がうねりをあげて、
シルビアとソアラに取り付き始める。
「《転儀・乱開》」
シルビアが水に含まれる
神導力を瞬間的にバラけさせる。
勢い、水から足を抜くが、
水のまとわりつく速さが尋常ではなかった。
こういう捕食系の罠はえてして
緩やかに進行するものだが、
明らかに意思を持った速さで体を飲み込んでくる。
老人の口元が早口で何かを
まくし立てている。これがアイツの能力かと
シルビアは分析する。
「ソア…!」
ソアラを見たシルビアは驚愕する事になる。
ソアラは既に全身を飲み込まれており、
シルビアの裸眼でも視認出来るほどに
膨大な神導力の輝きがその全身から放たれていた。
ほんの一瞬、気を取られた隙に、
ソアラが相手の術中に嵌ってしまっていた。
むしろ狙いは最初からソアラだったらしい。
「何と! 素晴らしい力か!
神にも比肩し得る力だ! ああ、これで役目が終わる!
ああ、これでやっといける……!」
その時、泉の中から見たことのない
大規模な方陣が浮かび上がってくる。
軽く見積もっても、
術師千人規模で行うぐらいの方陣だ。
ある意味驚くべきは、その方陣を
たった一人の神導力でまかなっているらしい
このソアラだろうが、今はそんな場合ではない。
「転儀…!」
シルビアが術式を組み上げようとするが、
ソアラから流れ出る膨大な神導力の奔流が凄まじく、
上手く生成できない。
「何をしても無駄じゃ! 事は成された!
もう誰にも止められん!」
老人が恍惚の表情で天を仰ぐ。
「開くぞ! 門が!」
天井に巨大な空洞が現れる。
巨大な泉をそっくり写したようなそれは、
まるきり別の世界を映し出していた。
泉の上に、巨大な鏡が浮いている。
そんな光景に息を吞むシルビアは、
大昔に読んだ別のおとぎ話を思いだしていた。