SOS .005 泉
やはり《洞穴》は新造ではなく、
かなり以前から見つかっていたらしい。
あちこちに手が入っており、奥へ進むに連れて
舗装がしっかりとしてきている。
誘導灯も途中で役目を終え、
街中でも使われる夜光石が使用される通路に
切り替わって行く。
「害虫の一匹も見当たらないところを見ると、
かなり丁寧に忌避材を使ってますね」
「…ど、どうなの?」
ソアラの言いたい事はおおよそ分かった。
「警告段階で言えば上から三番目ぐらい。
私達の手には余りますね。
ましてや下級冒険者に探索させるのは無謀です。
早々に制限を掛ける必要がありそうですね」
シルビアの言葉を受け、ソアラが喉を鳴らす。
ふと、シルビアが立ち止まり、
《神鉄如意》を組み上げる。
先ほどとは別の形だ。
「《略・探査》」
省略起動をさせ、備えていた術式を発現させる。
単純な隠蔽術式であれば、解除することが出来るものだ。
すると目の前の空間が歪み、無骨な扉が現れる。
呼び鈴代わりの金属で出来た輪っかが
不気味な色を放っている。
シルビアは無造作にそれを掴み、
カンカンと打ちつけた。
え、いいの? と言いたげなソアラを
無視する形で行う。
『どうぞ、お入り下さい』
内側からくぐもった声が響く。
ガリガリと音を立てながら、
無骨な扉は二人に道をあけた。
「…気が付かない?」
「え?」
シルビアが小声でソアラに耳打ちする。
「時の泉の昔話」
「…あ」
同郷であるソアラもそこで気がついた。
これまでの経緯が、まるで昔話の『時の泉』に
そっくり一緒だったのだ。
『どうぞ、こちらへ』
扉の中はまるで別世界だった。
滑らかな通路と壁が、冷たく硬質な色をした
煉瓦で固められている。
あまりに整っており、寒気すら感じる。
その通路を進んださらに先に、もう一枚の扉がある。
凝った意匠のそれは、躊躇するには充分な
威圧感を放っていた。
『ああ、そうそう。入る前に
こちらを付けて下さい』
二人の目の前に腕輪が現れた。
「偽証の腕輪?」
『はい。その通りです』
シルビアの独り言に中の声が反応する。
二人は目配せをして、覚悟を決める。
カチャリと嵌まった腕輪は黒く光っている。
『どうぞ、お入り下さいませ』
扉の中には、大きな泉があった。
もはや湖とも言えるその大きさは
この地下の空間で圧倒的な存在感を持っている。
その湖に浮かぶ一隻の筏に、
ボロボロの布を纏っただけの老人が座っていた。
「お待ちしておりました」
しゃがれた声の老人は、前置きも無しに
二人に話を向ける。
「それでは、そのまま
こちらの泉にどうぞ」
仕方なしに、二人とも従う。
何故なら、ここまでは昔話の通りだったからだ。
意味も意図も分からないが、
ある程度は相手の思惑通りに進まなければ、
対処のしようも無かった。
本来の昔話では、ここで泉の精霊から質問を投げかけられ、
正直に答えた青年は時の神水を受け取り、嘘をついた青年は
泉に引きずり込まれて帰らぬ人となる、という話だ。
その昔話に出てくる水の腕輪を基に作成されたのが
この偽証の腕輪なのだが、現在では商取引や裁判などで使用される
嘘発見器の用途が主流になっていることに対して、
泉の精霊も呆れかえっていることだろう。
けれど、話は思わぬ方法へと進んでいく。
「お二方には、ある協力をお願いしたいのです」
老人がそう投げかけてきた。質問ではなく、依頼だった。
「協力、ですか」
「はい、あるものの召喚を
手伝って頂きたいのです」
にわかに、話が変化する。
否定も肯定もしない二人の腕輪は、
薄暗い地下の中でぼんやりとした輝きを放っていた。