SOS .003 落下
最近発見されたばかりのそこは、記録上は
まだ誰も侵入していないことになっていた。
けれど、予想通り入り口付近には
明らかに探索目的の足跡が多く残されていた。
「やっぱり、荒らされてる」
「当然と言えば当然ですか」
こういう不心得な行為をするのは、
二人にとっては馴染み深い《冒険者》達の仕業だ。
職員と違い、彼らは大半が個人事業主であり、
ほとんどの冒険者がその日暮らしをしている連中だった。
故に、未開拓の《洞穴》など見つければ、
規則で決まっている報告義務など度外視で、
個人踏破をしていくのは常道と言える。
ソアラとシルビアは呆れはするものの、
それを非難するほどの潔癖さまでは無かった。
初めは慎重に様子を窺っていたが、
すでに獣が奥まで侵入してしまっていることが
確認されたため、二人は後追いを開始した。
管理下にある《洞穴》であれば、この時点で
一旦対応を特定冒険者に引き継ぐことも考えられたが、
こと新規発掘の《洞穴》であればそうもいかない。
基準となる危険度合いが判断出来ないからだ。
「目標の所在と状況の見聞を優先します」
「そして、即時の離脱、報告。よね」
シルビアとソアラが小声でやり取りをする。
そこでシルビアは奇妙なことに気がつく。
新規発掘の《洞穴》にしては、道なりが整い過ぎている気がしたからだ。
「(もしかして…この新規発掘自体が――――?)」
シルビアが真後ろにいるソアラへと注意するべく意識を向けた矢先、
足元が崩れ出す。
「しまっ……!」
その現象は崩落と言うよりも、蟻地獄に近い。
突然現れた流砂の渦が二人を下へ飲み込んだ。
下へ下へと押し流すように、
足元の砂場が不安定になっていく。
腰まで浸かったかと思えば、
次の瞬間には全身がすっぽりと埋まってしまった。
数瞬後。
シルビアとソアラは、その洞穴の下層に吐き出される形で
広大な空間へと放り出される。
光の無い空間では、高さの程度など測りようもない。
「……ひっ!」
胎の下からせり上がってくる落下への恐怖を感じ、
ソアラが息を飲み込む。
「ソアラッ! 《飛弾》」
シルビアが間髪を入れずに指示する。
シルビアの方は既に次への準備を整えていた。
「――っ! っ!」
ほんの一瞬迷い、ソアラは意識を練った。
ソアラの視線と手の先で空間が軋む。
次の瞬間、落下速度より数倍の早さで発生した空間の波が
二人の衝突を待っていた着地点を穿つ。
感覚的な距離は、大樹の高さ約一本分ほどだ。
普通に落下すればあと数秒で地面に激突してぺしゃんこになる。
シルビアの目的は、巻き起こる衝撃波で軟着陸させることと、
着地点までの距離を測ることだった。
しかし、ソアラの巻き起こした爆発は、落下する二人を反対に
天高く舞い上げるほどに強烈なもので、このまま爆風を
もろに受ければ衝撃で身体がズタズタになるのは確実だった。
出すべき力加減を完全に見誤っている。
「《結儀・風渦》」
それを予想していたシルビアが、冷静に次の手を打つ。
二人を包み込むように風の防壁が展開される。
無理な急制動のため、鈍器で殴られたような鈍い衝撃が全身を走るが
致命傷に至るほどでは無い。
「ぐっ!」「ぎっ!」
衝撃のせめぎ合いの後、二人の身体は地面へと叩きつけられた。