SOS .002 シルビアとソアラ
王都から早馬で一昼夜ほど離れたところに、
カルマ領はあった。
もっとも、ある程度地位が高い者たちは
馬車ではなく機工車などの
自走する機械の車で移動をするため
半日とかからない。
今の若者からすれば祖父母の代にあたる大戦時、
このカルマ領は《王都の東の防壁》
として重要な役割を担っていた。
海峡を隔てた遥か東方にある
亜大陸から侵入する敵方を止める
最後の防波堤のような役目であったが、
平和な現在では単純に王都に次ぐ副都として、
連合国内における経済循環の一翼を担っていた。
副都は王都を取り囲むように
4つに別れている。
その東側の守護を担っているのが
カルマ領カルマリというわけだ。
長い防壁の外へ出れば、風光明媚とは言えなくも無いが、
大戦時の影響で古代の遺跡や文化の名残は一掃されており、
ほとんどの地区が大戦後に近代化されている。
最先端ではないが
国家の先端に存在する都市だった。
しかし、このような地域でさえいまだに、
未発見の《洞穴》が見つかったりすることもあるらしい。
「(シ、シルビア。ど、どうしよう)」
「(…だから待てと言ったでしょうが)」
《洞穴》近くの藪の中、
二人の年若い少女が身を潜めている。
近くをうろついている
大柄の熊が鼻を鳴らしてあたりを見回した。
明らかに、隠れている二人に
狙いを定めているらしい。
金髪の少女は、自分のしでかした失敗を
心の中で猛省していた。
あろうことか、銀髪の少女が組んだ罠を
うっかり誤起動させてしまい、
大型の獣の警戒心を
高めてしまったのだった。
銀髪碧眼の少女はシルビアと呼ばれており、
隣にいる金髪赤眼の少女は
その少女を縋るような目で見た。
ふぅ、と一息ついて、シルビアは指示を出す。
「(とにかく、相手の興奮が
収まるのを待ちましょう。
あるいは別の獲物を見つけてくれれば
それも良いんですけど)」
「(わ、わかった…。ご、ごめんね)」
「(ソアラにしては叫ばなかっただけましです。
少しは成長したんじゃないですか?)」
「(ぐっ……)」
ソアラと呼ばれた金髪の少女が短く喉を鳴らす。
しかし、思い当たる節があるのか、
反論をしようとはしない。
少女たちの胸元には同じ意匠の飾りがつけてある。
国内で教育を受けた者なら誰でも知っているそれは、
冒険者ギルドの正職員であることを示す職員証だった。
円環を刃で四等分したような意匠は、
傾き始めた日の光を受けて鈍色に見えた。
法では黒色であることが
定められているが、
他のギルド職員の例に漏れず、
色落ちが進んでいる。
教科書通りに野生の獣への対処を踏まえ
相手の気が逸れるのをひたすらに待ち続けた。
ふと、熊が《洞穴》の方に視線を向ける。
通常、魔獣ならともかく野生の獣程度であれば
自分の縄張りではない《洞穴》になど入らない。
しかし、その獣は何かに吸い寄せられるよう、
《洞穴》へと歩み始めた。
「(ど、…どういうこと?)」
「(…分からない、けど…)」
逡巡した後、シルビアはその後をつけることにした。
日は、ゆっくりと昇っている。
熊は段々と速度を速め、あっさりと《洞穴》に侵入してしまう。
今回の任務の主目的は《洞穴》の概要探索であり、
熊については適当に追い払う予定だったのだが、
どうも段取りが狂ってしまったようだ。
シルビアは難しい顔をしながら、
口元を押さえる。
ソアラはシルビアの熟考をじっと待つ。
年齢としてはソアラの方が先輩なのだが、
入職時期としては同期だった。
しかしながらシルビアはソアラとは違い座学の成績も良く、
こういう時の判断は任せるに限る、とソアラは勝手に思っている。
「行きましょう」
シルビアは早々に決断する。