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第七話 動き始めた時

「何処に」


 三の妃様が花を手にされ、お帰りになられた後、私が泉で拾ったそれを、バム様から手渡されたクシャル様。


 身なりを整えた私は、問われるままに、泉で拾ったお品の事、そしてそこで出会った貴人の事、庭で囁かれた話を知らせる。


 手の上の空の青を、宿している石がはめ込まれた、銀の耳飾りを、言葉なく眺めておられたクシャル様は、やがてそれを懐の奥深くに仕舞われる。そして


「来い、そしてバム任せた」


 ウードを手にされると、立ち上がられる、そしてバム様と視線を合わせて、何かを示し合わせられた。


 私が下がっている間に、ここで交わされた話に、何か関わっているのだろう、バム様は私に、外の者にも声をかけておく故、付いていく様にと言われて、先に御前を下がられ部屋から出られた。



 風を切るように歩かれるクシャル様、外仕えの人々がお姿に気が付かれると、次々に平伏していく。その後ろを私はいつもの様に歩いていく………やがてたどり着いたのは、私が先程訪れていた、砂ナツメの葉が生い茂る泉の畔。


「合わせろ」


 強い音が辺りに響いた。その曲は私が密かに練習を重ねているソレ、立ちのままで泉に向かい強い音色で、演奏していかれるクシャル様、私は慌ててその音にのる。合わせろと言われれば、そうしなくてはならない。


 憧れ惹かれたその曲に、私は心を奪われる。二つの音色が重なる。大地を這い、花に宿り、木々の葉をゆらし、空に昇るようなその音。


 何も他の音は聞こえない。懸命にクシャル様が、演奏されるお姿を目に焼き付ける、少し目に入る指の運び方、後ろ姿だが体の動き、力の込め方………それを目と耳で追っている、酔うような感覚に満たされる。すると、声が耳に、おぼろげな姿が目を通したかのように、頭の中に写り出され流れた。


 ―――お上手ね、知らない曲だわ、ふありとウードの音に溶ける声、青い光で形作られた少女の姿が流れる。くるりと舞う、ここでのかつての、光景なのだろうか、庭師の話が蘇る、


「お姫様と仲睦まじくてね、ウードの音色と共に、舞われる姿は可愛らしくて」


 次第に明瞭になって行く、何か惹き込まれる様な、違和感と怖さを感じる。音に飲み込まれて行く。クシャル様の背中から、生みだされ流れる音から、目を離せられない。


 怖い!息を呑む、身体に向かい吹きつけ、当たる風が冷たく熱を持ち通り過ぎる。昼の白い光の時に、黒く冷たい闇色が、私を包んでいく。手を止めたい、でも出来ない、何か別の意思に引こずられているように、止めることは出来ない。



 なので、私はそれを断ち切るかのように、唯一動かす事ができた行動に移す。ぎゅっと、かたく目を閉じた。息を止めた。暗闇が訪れる。広がっていたものが、断ち切られた。


 目を開く、息を吐き空を見上げる、ゆるりとした暖かさと、身体の柔らかさが戻って来た。


 青い空に溶け込んだ色の小鳥が舞っている。白い腹がちらりとみえた。柔らかい雲を、そこに貼り付けた様に見える。青い色の小鳥が空を舞う。


 庭師の話を思い出した。大切そうに眺められしまわれた、あの耳飾りの持ち主は、おそらくそのお方様なのだろう。そしてそのお方様は、なぜだか私と同じ色を、持っておられたのでは無いかと、思い付く。青の色、空の青、今音に舞う小鳥の様な、その色を見上げる事は無いクシャル様。


 夜空を眺められるが、晴れた空を、日が輝く空を見上げる事は、なさらない。風が水面に波紋を作る、強い風が立ち向かうように吹く、細かな塵が混ざる、緑の葉がザワザワと音をたてる。千里に届くというナツメの香気、花びらと共にが広がる。


 最後の音が止められる、そして何かを含ませた、一の弦がことさら強く打たれた、それは私に問いかける言葉。声で無くても伝わってくる。用意は出来たかと、そう問いかけられているのが、何故だかわかった。


 それに返す、握る手に力を込め、私は唇を噛み締めて………向かい風に動じることも無く、毅然と前を見据えて、これからの事を見て立つそのお姿。それを目にすると、あの夜の事を思い出し、先程のお姿を思い出す。


 何をおもわれたか、貴人であるお方様が、斬って捨てられてよい身分の人間を助けた。それも自らの手を汚して、あの時は分からなかったが、今ならわかる。そして今、こうし、認められここにいる。何も出来なかった自分が………あの時逃げ出そうとした、未熟で、何も考えなかった自分が、悔しく情けない。 


「一人でもヤッたら終わり、引き返せなくなる」 


 そう言って逃してくれた、あの時。いま、私が考えている事を知ると、あの子は、怒るだろうか、やっぱりそんなんだって、笑うだろうか。それとも悲しく呟くのだろうか。


 いや、と思い切る。昔を振り返ってはいけない、仕方ない理もあるのだから………、綺麗事ばかりでは世の中は、成り立たない。ここで学んだ世界。破格の扱いを受けている自分。それに報いる事を果たさねばならない。


「恵まれた場にいる。それに担う事を成せ」


 バム様に忘れぬ様にと、言われている言葉が、肩に重くかかる。そしてそれはバム様も、クシャル様も、その背には、とてつもなく大きなものを担っている。私が想像すらつかないものを、


 そして思う、この先の事を、僅かだけれど見えてきた。かつて教えられていた、悪い事、それは………果たして。未だにわからない。そしてこれはきっと、一生わからない事だと思う。


 目を閉じる。何も出来ない自分では、もういたく無い、何をするべきか、今はわからない。でも、きっと、おそらく、それは、もうわかっている、と思ってる。


 そして、その時が来れば、次こそは、無様な事だけは、しないようにしようと………、思いつつ、未だに迷いつつ、だけど私は………守る、そしていつか、自分の力で立ちたい、クシャル様の様に………だから。



 はい、と、言葉を込めて………返事を打ち鳴らした。




「お初にお目にかかります。トウ・レイショウでございます。第二王子様の元に()()()()()()()()仕えておりまする」


 その日の夕、日が落ち、星が動き出した見計らい、この国の人間では無い風貌を持つ、お人が訪ねて来られた。含みを持たせた言葉の口上。それに対して、鷹揚に頷かれたクシャル様。


 来客時に使う一室。バム様が客人に返礼を返す。


「お噂はかねがね、市中でもご家族諸共、人格者ばかりとの評が高い、第二王子様にお仕えされておられる、レイショウ様、()()()()()()()()、わざにご足労ありがとうございます」


 して何の御用でございましょうか?と言葉を重ねるバム様。それに対して、深々と一礼をすると、言い出しにくい事柄なのか、唇を噛み締め何かを言うか言うまいか、迷うておられるレイショウ様。


 無言の時の分だけ、冷たくなって行く、クシャル様の視線。とうするのか、私はハラハラとしながら、後ろで控えていた。誰も何も声を出さない空間。張りつめていく何か、そしてそれが高まりきった時。


「これは…………、どういう事なのか、無学な拙者にご教授をお願いしたいのですが」


 数枚の紙切れを、大切そうに取り出すと、青ざめた表情を更にかたくし、足らずな言葉と共に、バム様に手渡されたレイショウ様。そして、無言で訝しげな様子をと出しつつ、それを受け取ると、さらと目を通された、


 何かを気が付き、気になったので私は、その横の顔を少し視線を上げ伺う、そして作られたものを感じた。案の定、


「このようなお品は、お渡し出来かねます」


 どうぞお帰りに、とそれをつき返すバム様。しかし、おしだまり、受け取らぬレイショウ様、なので軽く息を付くと、それを手にしたまま、穏やかにそして諭すように、どこか芝居かかりつつ、話しかけられる。


「どちら様にお持ちいたしましたのかは、存じ上げませぬが………このような事を賢者との、評高い貴方様がお関わり合いになられるとは………、ああ、お通しなさい」


 失礼いたします。三の妃様の者が、返礼をと、品を携え来ておりますが、どういたしましょうか。と、話の途中でふれが来た。それに応じるバム様。目が剃刀の様に冷たく笑みを帯びる。


「失礼いたします、先程は見事なお花を頂き、ありがとうございます。我が主がお礼の品を、と言われましたので持参致しました」


 ドイ様が手に品物を携えた、二人の共の者を連れ、来られた。そして入口で口上を述べる、それに頷き応じるクシャル様。


「来なさい」


 共の者に声をかけられ、連れ立って御前へと向かうお姿を、何気なく目にしたレイショウ様が、許しも無いままに突然、声を上げられそうになり慌ててそれを、飲み込んでいる。その様子を怪訝そうな表情を()()()、なにか?とドイ様は視線と言葉を送る。


「どうされましたか?三の館に仕える者達が、失礼でも?」


 目を落とし何も答えようとしない、母親と思しき者と

 年若い娘、淡い色のお仕着せを着せられ、髪を後ろで、一つに括り手にはそれぞれ品物を携えている。


「これはご丁寧に………、その者達は見知らぬ顔ですが」


「はい、この度新しく、三の館に仕え始めた者達です………?何やら騒がしいですね、何時もは、静かな此方に致しましたら珍しい………」


 バム様とドイ様が、作られた様な、話を交わしている。まるでこれから始まる事柄も、分かっているかの様子、無言のままのクシャル様。息を呑み、唇を舐めて自分を落ち着かそうと、何が起こったのか理解しようとしている、トウ・レイショウ様。


 青ざめうつむき、軽く肩を震わせている、お供のお方様は、おそらくレイショウ様のご身内なのだろう、年若い娘さんは、レイショウ様と同じ、とび色の瞳の色をしている。


 ドッ!ヤァ!ワッ!ザワザワとしたそれが、近づいてくる。守りの兵士達は、言い含まれているのか、静止の様子は届いて来ない、そして喧騒に満ちた何かが来る、私はそれを拾い聞く。


「我と母上様を、父上を!王族に対し、無礼を働いたレイショウは!どこに居る、ここに来ている事はわかっている!」


 聞き覚えのある横柄な声が響く、苛立たしさを隠さずに、足音もそれに習っている。こっちだ!と来い!と取り仕切る声。従う音。そして、外の騒がしさ等関係無く、作られた茶番劇に付き合う、一部の家族を除く、ここに集う落ち着いた者達。


「お前達は、伏して、顔を上げないように………、ザザもこちらに、そしてその様に」


 バム様が震え寄り添う親子と、私に指示を出す。それに従う、そしてドイ様と共に貴人をお迎えする為に、礼を取るお二人、そのお姿がちらりと目に入る、慌てて習うレイショウ様も、やがて時が訪れた。


 多くの兵士を連れ泉の畔で出会った声が、入ってきた、落ち着いた声で、兄上様をお迎えになられるクシャル様。レイショウは何処だと声を荒げる第一王子。


「ここに」


 意を決した硬い声が、立ち上がられた。捉えよとの声に、静かな声が割って入る。


「兄上、ここはわれの館にて、ございます。この様な無体な事を、なさらないで下さいませ。そして、レイショウ殿は賢者であらされましょう?」


「クシャル!お前は何も知らぬのか?この逆賊が持ってきたモノを、目にしておらぬのか!」


 その呆れ果てた声に、バム様が失礼ながら、拙が先に、御慶事をお控えになられておられますゆえ、お見せしておりませぬ、と話す。


「失礼ながら、逆賊とは誰の事でしょうか、そして私がお持ち致しましたのは、真実の声にてございます。嘘偽りは御座いません」


 張り詰めたレイショウ様のお声………。カタカタと震えている、共に床に伏せている親子。息を飲む音、浅い呼吸が聞こえる。




 回りだした。まるで時が満ちたかの様。


 時が、人が、想いが、邪念が絡まる。


 定められた星が………いよいよ、動き出す。






























































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