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第ニ話 赤い月夜 占い師は骨を読み星を数えた

 短刀の様な三日月がまだ残っている………日が落ちると、冷え込んで行く空気は、動けば日中の暑さを、捨て去った風となる土地。そしてそ吹き過ぎるそれは、刻々と温度を下げていく。そして朝になる。


 まだ夜の時の空を見上げ、私は冷たくなった手を軽く動かした。いつもより少し早く目が覚めたらしい。 


 まだまだ細い砂ナツメの下に腰をおろす。小さいながら真似て造られた泉、花園、そして砂ナツメ、王がお気に召されていたからと、庭師達が心を込めて、造りあげた場所。しかし私は疑問に思う。果たしてそれは、そうだったのだろうか、時を選ばず、足を運ばれておられたのは事実だが。


 しかし私は日に数度、ここで貴方様のウードを打ち鳴らしている、それは自ら進んで背負うた責務、唯一、叶えられた望み、定められたとしか思えない運命の果てに………、ここで手にしているウードを鳴らす。


 定め、運命………それはどちらの神が、決められた事なのだろうか、今は何もせずにただ、空を見上げる。


 闇の色が薄れて行く空に、白い星が瞬いている。それを、数えながら、この国の初めて見た風習を思い出した。それは骨を焼き読む風習、市中の習わしとばかり思っていたのだが、王族の葬儀の後にも執り行われる事を知り、私はもう既にこちらに居場所を得ていたのにも関わらずひどく驚いた事を。


 それを執り行うのは、占い師と呼ばれる特別な身分を与えられている人達、儀式や出立の時を、先を占う役目の人々。羊を焼き、骨の形を読む。空を見上げ星を数える。そして決められるという決まり事、この時は殯の日の数だった。


 …………神に問うのかと、無駄な事をする、人の世は人が定めるものであろうに。失策した時の責任を神に背負わすとは、我ならば責務を果たせぬのは、われの失策と、泣きついた時には、愚か者!とすぐにその者に天罰を与えるがな。


 宮中儀式を執り行った後に、王は私によく話していた。私の勤めはそこには無かったので、それは知識としてしか知らない事柄。だけれど少しそれに対しては同じ事を思っていた。



 神は果たして居られるのだろうか、と………。




「我は退位を果たしてから死ぬことにしている。なので無駄な事するな」


 生前にそう話していたクシャル様だった。しかし死人に口無し、やはり慰霊に事を主に置いた、弔いの儀式を無くすことは出来ないのだろう、遺された者達が生きるために必要なことたから。


 喪中の時を、身を慎み静かに過ごす日数をこの時定められた………そして、かつてこの国は長い長い、それを迎えたとその時に聞かされた。何故ならば、たて続けに葬儀が続いた為に。その時の日数は、三年一夜との占の見立てが出たと。それを聞き私は薄ら寒さを感じた。


 その時の事が思い出される。夜空を眺める、すると、空高くに住まう神とやらに、聞きたい事が、ふつふつとわき上がってきた。今は気軽に出来ることをする。私はそれを声に出す。天に向かい声をかけた。


「もし、それが短けば………、何か変わっていたのでしょうか、時が大きく違っていたのでしょうか………神がおられるのなら、教えてほしゅうございます、どちらの神が決めた定めなのかを」


 サワサワと頭上で葉を鳴らす、花の香りが濃厚に立ち上がる。白い花が咲いている。この白が全て散りさり、次の色が現れる頃、空の月は丸くなる、そしてその色は赤い。赤い満月の夜を迎える………。


 赤い月、私はそれが未だに恐ろしい。それを眺めると、どこからともなく血の匂いが鼻につく。ザッ!という音、バタバタと音立て降りかかる飛沫、濃い色………目の前から、後ろから聞こえる叫び声。倒れる音。


 見たくない、見たくない、聞きたくないもう二度と……、命が奪われる時に、居合わせたくない。その為になら何でもしようと、逃亡する事で済むのなら、命をかけてよいとここに来た時、かつての屋敷で、日々思っていた。


 今はこうしてかけ離れた世界で過ごせるが、かつていた場では、そういうことがよく起こった。仕えた主の立場があったのか、やはり、決められていた事なのか。落ち着くまではそれはもう………色々とあった。 


 そしていくつかある中で、不意に子供の頃の記憶が飛び出して来る。それは、ひどく色鮮やかで、私は自分ながらに驚いた。あちらの暮らし、神の御言葉、かすかな両親の姿と声。こちらの出来事、逃亡をした出来事。


 様々な事があったというのに、あちらの名前も、神に与えられた名前も、とうに忘れ果てているというのに、今何故か、かの国の世界が、村が、朧に浮かんできた、そして私の事。強烈な記憶だけが、焼け付くように、今でも残っている。


 それが、その事が鮮明に姿を現した。忘れられない過去。そう、私は異国の国の人間。売り買いされる品物だった時のこと。


 別の教えの神の世界に生まれの者、この国では最下層の身分、奴隷と言うべき存在の者、なのに今はこうして成り上がり、雨露に濡れることも無く、砂にまみれ土にまみれることなく、ましてや奴隷兵士でもなく、穏やかに暮らせる裕福な身分になっている。それを考えると………


 あの時、あの場所で………目に止まり声をかけられ、そして、拾われた事はやはり運命。神の采配か、それしかない。


 私はかつて、命をかけて逃亡を果たした後、市場に巣食う同じ様な仲間に助けられ、それからは物乞いをして糧を得ていた。日々を生きるために。食べる為に。




 人多い市場で歌をうたい、施しを得る、そうかつて私は物乞いをしていた。幾許かの小銭か、食べ物を得るために、その日も朝から歌っていた。こちらに来てから言葉の違いも、聞き覚えの早い私は、何となくだが早々に覚えた。


 そしてこの事は良い事でも悪い事でも、それなりに役にたっていた、何故なら良からぬ人間が、汚れているが、かわいい顔をしている、金をやろう、ついて来い、


 そう優しく声をかけられ、金貨を差し出された事も一度や二度では無かったから。危険から守れるそれが良い事。


 言葉が分からないだろうから幾らになるか、おいお前どう思う?と、勝手な話で盛り上がっている、イヤな光を目に宿す人々、話してく大人達、  


 それを受け取れば、とんでもない目にあうのは知っていた。同じ年頃の仲間が、それに囚われてしまったのを、幾度も目にしていた。


 声もいい、これは………高く売れる、と危うく捕らえられそうになり、逃げ出したのは一度や二度じゃない。そして日中の時に、逃げる事は大したことではなかった。


 そう、私は一度最初の主から『逃亡』をしていたから。闇に紛れて、命をかけて逃げた。怪我をした。しかし運があったのか、同じような仲間に拾われ、何とか命を取り留めた。


 ぜったいにつかまってなるものか、帰るんだ、村に、家に帰る………でも、そこにはもう、誰も居ない、だけどこの国から出たい、そう思っていた事も、役に立ったのかもしれない。


 ………… 一つ二つと、占い師が読むようにそれを数えていく、朧な記憶が形る。忘れ果てた事が多い中で、今尚忘れられない事を、切れ切れに思い出していた。


 子供の私を市で、その他の『物』や『者』と競り落とした最初の主の、忘れられない姿と声が、聞こえて見え、過ごした時の記憶が、私の中に降りてきた。



 ………俺は、出来るのなら身体を売らぬ様に、武術で身が立つようにしてやりたい。兵士になるのには成人を迎えてからと、この国では決められておる、故に学べ!そう言った私を買った主。


 先立つ様にと、買い集めた奴隷の年若い者には、武術を覚える事を課した。毎日厳しく訓練を、人殺しの方法を学ぶ。


 三日月の様な短刀、触れればサラリと切れる長剣、時には薬も覚える様に、朝から深夜までに及んだ。


 周りの共に買われた皆は、言われるがままに日々を過ごしていたが、私はどうしても馴染めなかった。逃げ出す事をひたすら願っていた。あちらの歌を慰めに歌い、「」それに託して祈っていたのだが、それが私に過酷な道を与えることになった。


 ある夜、主に私は呼ばれた。大勢の中から、私に来るようにと迎えがきた。そして連れて行かれた小さな建物。そこで主はますこう聞いてきた。


「言葉はもうわかるのだろう」


 と、それに対して私はこくん、と頷いた。耳が良いと言われていた私は、聴き取り覚えることに、小さいときからたけていたのだ。  


「これは………拾い者をした。よし!訓練はもうしなくてもいい、卒業だ、これからは旦那様と呼ぶ事を許す」


 少し光る目で、そう言って笑顔を見せた主、戸惑う私に身体を洗い、身なりを整える様に言われた。まだ使い物にはならない時なのに、不思議に思った。でも辛い訓練が何故か終わった事に、素直に嬉しいと思った。


 私は主に言われるままに、洗い用意されていた、衣類に着替えた。


 それはそれまで与えられていた、重いゴワゴワとした粗末な毛織物よりも、軽く手触りの良い黒の布地の品物。革の長靴、黒の短な被り布。それを、開けぬようにする黒鉄の留め具。


 何かがおかしいと気がついた、そして、それに気が付き、泣きそうになりながら着替えをした。しなければならなかったから。伸び放題だった髪を、手渡された紐で一つに括った。そして準備が終るとその時の主に、こう告げられた。


「お前は声が良い。それより何より耳がよい。言葉も、不自由ないのだろう?少し早いが仕事だ。皆に従え」


 戸惑う私の目の前に、同じ身なりの少し年上の彼等が姿を見せた。彼らが音なく姿をみせた。彼らは暗殺を生業にしている者達だった。私達の先生。生きる術を教えてくれている彼ら。


 だから用意され、今身に着けた物に見覚えがあり、意味がわかったから………ふるふると小さく震えていた。何故なら私は剣を扱う事が恐ろしく下手で、怖かったから。


 そんな私の事など気にもしない主は、私を彼等に引き合わせながら、笑顔で優しく話を始める。


 …………身体の小さい方が目立たなく良い、成人にならなければ、兵士になれない、それだと時間が惜しい。せっかく殺れるのに、時に女に化けても、怪しまれない時を無駄には出来ない。働いてもらう。


 震える私にそう話しつつ、優しく頭を撫でてきた。周りの皆が、兄弟と取り囲んできた。怖くて怖くて、逃げたしたいと心から願った。


 失礼します、用意が整いました。と声がかかった。それに対して外に出るぞと言う主。私は肩を捕まれ連れ出された。皆と共に………。


「では………呪を行うか、初めての者がいる時にするのさ、仕事が上手く行くようにな、先ずは星を読む、ほ、う、今日は赤の満月か………夜目にまだなれぬ者の初陣には、幸先の良い日よりだな」


 それを見上げて喜ぶ様子の主、私は、つられる様に上を見た。怖い………。目を見開きそれを眺める。パチパチと焚き火が爆ぜる音。ジュウジュウ肉の焼ける音。時折、ボッ!と小さく炎上がるのは、脂が滴るせい。聞こえる音。漂う匂い。


 赤い月がそれを見下ろしている。あの時の空にも赤い月。赤く光る、それが嘲笑うようにそこにある。


 思い出す、思い出す、あの時あの夜を、そして………声が聞こえた。しかしそれは最後の声ではない、幸せだった時の声。


 両親の声が蘇る、この子は耳が良いのよ、きっと将来役立つわ、母さんの声が、優しい声が………耳に響く。イいらないと、強く願った………これが悪い事。



 かつて両親と住んでいた小さな村、そこで私は大人しいと、歌ばかりうたう、女の子みたいだな、と通っていた学校で笑われていた。棒切れを振り回す事もせず、旅芸人が歌っていたそれを幼い時より、聞き覚え、或いは教会の賛美歌を歌う、


 やがて学校に通う様になり、文字を覚えると書物を読む事が何より楽しく、家の手伝いをしながら、歌をうたい、神父様から借りてくる本を読む、そんな毎日を過ごしていたのだ。


 女の子の様と父母も苦笑しながら、まだ子供だし………何より声が良い、節回しも何より誰にも習わずに、一度聞いたら覚える、それは先々役立つ才かもしれない、と自由にさせてくれていた。


 穏やかで、平和な生活。天に在す神に祈りを捧げ食事をし、休日には教会へと行き、賛美歌を歌う。帰ってからは、親族と共に質素ながらも、手の込んだ料理を囲む日々。


 それが突如崩れた。赤い月の夜、あの夜を境に私を取り巻く世界は、全く別の神の教えの世界へと、変わったのだった。



 …………来い、喋るなよ………お前斬ったことある?訓練で、と物陰に身を潜めつつ、布で顔を隠し、目だけ出している彼にくぐもった声で、懐かしい言葉でひそりと聞かれた。


 首を振る、それを目にすると、目が優しく笑った。そして、すませるから、ここにいろ、そして………逃げろ、走って走って、逃げろ、良いな、と信じられない事を囁いた。


 どうして?いいのと、その時聞いた記憶がある。それに対して、似てるからとあちらの言葉で答えてくる。


「弟に、死んじゃったけどね、お前、まだ殺してないのなら逃げたらいい、一人でもヤッたら、俺たちは終る。それしか無くなる。生きていけなくなるから、心配しなくていいよ。旦那様は、生きて帰れば、儲けもの程度にしか、思ってないから、全員帰らなくても気にしない、仕事が終われば、それでいいんだ、金が入るから………代わりなんて沢山いるし、買えばいいんだもん」


 そう言いニコリと優しく笑うと、上手く逃げるんだよ、言葉が分かるのなら何とかなるから、と言い残すと闇の中に溶け込んで、スルリ出て行った。


 何も聞こえなかった、叫び声も、物音も………どうしよう。どうしようと考え、息を呑み、何かをゴクンと飲み込むと、震えながら私は、持たされていた剣を、三日月の様な短刀をそこに置いた。


 身につけていたら、重くて走ることが出来なかったからだ。そして、少し辺りを伺うと、言われた通りに逃げた。走って、走って、闇の中をかけ出した!


 足音が聞こえる、ドキドキた心臓の音も月明かりに照らされた為に私の影が目の前に姿を現した。それを目にすると、涙が出てきた。



 怖い怖い怖い、父さん、母さん、助けて………



 耳を塞いで駆けた、聞こえたから。


 目を閉じて走った。見えたから、


 最後、最後の夜の音と世界が、現れた。



 逃げなさい!早く!…………ス!よく名前が、聞き取れなかったあの夜。赤い月が空を照らしていた。足元には黒い影、焼かれる家の炎の明るさと熱い熱、崩れ落ちる音。混ざる悲鳴、黒い姿で馬を操り剣を掲げて、略奪していくのは異国の国の人間。


 あの時も逃げた、あちらこちらから出てきた、皆と逃げた。大人も子供も、皆で走って逃げた、行き先を迷う時に、森に逃げなさいと、神父様の声が響いた中を、


 走って逃げた、でも………そこに行くまでに、私は捕まって荷車に放り込まれた事を思い出しながら、赤い月が見下ろしている中ににげた。闇を選ぶ事など出来ない、そのままに走って走って…………、


 そして………誰かに呼び止められた。ような気がした。何故なら覚えて無いから、気が付いたら血を流して倒れていたから。痛くて寒くて、でも、死にたくなくて………


 子供の私は、震えながら立ち上がると、帰りたい、その一念で、再び動き出そうとした時に、拾われた。


 動けるのなら助けるよと、襤褸をまとった同じ様な皆が助けてくれた。 




 命が長らえた………そして今こうして、ここにいるという事は、




 やはり運命、全て決められた事だったのか、昔の忘れかけていた………記憶の一部がそういう。














































































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