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第一話 青い小鳥と白い花 出逢う

 王と同じ髪の色、瞳の色その面差し、アレは良い子を産んでくれた。何より利発だし……人を惹き付ける何を持っているわね。母を早くに亡くしどうなるかと思ったけど、それが良い目に出たかしら。まだ子供だけれど、しっかりとしているわ。


 そう言葉を話す、一人の女性がいた。金糸銀糸の縫い取りのある豪奢な衣装に身を包んでいる、高貴な風情の女性………、人払いをしているのか、香り満ちるその部屋には腹心の者と二人きりである。


 秤を使い、様々な匂い立つ粉を慎重に混ぜ合わせていく彼女。薄茶と濃い茶色の二色が出来上がる。


 やれ、この『香』の調合は気がはるわね……、二人には、いつもの様に届けてね、と小さな袋に紙に丁重に包んだそれを、刺繍を施された小さな布袋に入れる。


「久しぶりに、孫の顔を見に出掛けたら、この始末、でもここの調合は、三のには、まだ任せられない、でもアレの飲み込みは早い、次は任せてみようかしら、それにしても良かったわ、あれとの縁組が上手く行って………これであの子もわらわの妹。一に並ぶ生まれになった。名を宿す器など、どれでもいいの。血は王のものを、しかしその者の母親の名前には、わらわの筋を残さねばなりませんからね。やれくたびれたわ、全く………早く時が過ぎないかしら、先を見据えて目を閉じたいの」


 作業が終わったのが、深々とした椅子に座り、溜息をつきつつ話をしている。後片付けを早々に始める、彼女の従者の男。


「何故に神は先に持ってこられなかったのやら、一のは己の正義が全てだと思っている馬鹿だし、二番は粗野で乱暴、阿呆だし、そう三番、あの子はあちらで頭角を表しているとか、何よりね、一度会ったけど優しい穏やかな気性とみたわ。あっているわね。で残ったのは………三人、わらわは、上二人より、年若いが四番がいい、ドイそう思わないかね?」


 その言葉に、美しい細工を施された小箱を飾り棚奥深くに、慎重にしまい込みながら、ドイは、はい、そうでございまする。と短く答えを返している。


 王宮の中でも最も華やかなる建物、皇太后の宮で、そこの主は懐刀である者に話をしている。表もにおいても、後ろに置いても、陰ながらに、権力をもちいていると言われる女性。現王の母親である。


「三番は、惜しい事をしたけれど………王宮に残れば先は難しいわね、やや弱いとみたわ、母親はだから出したのでしょう。よく見えてる、少しは見習ってほしいもの、后に据えたあの愚かな女!あの者はわらわの兄上の縁者、一族の名跡だというのに、女で、そして愚かしかない。それに重ねて、美しさだけで成り上がった二番の母、ふう………、道は引いたけど。わらわも年老いた故………出来ればアレのゆく道を見届け目を閉じたい」


 お薬湯を、とすすめるドイ、先ずは一口銀の匙ですくい、確認をすると口に運び飲み込む。違和感がないのを確かめると、年老いても美しい主に差し出した。


 一息に器を空ける………おお、苦いわね。と、口元に絹の手切れを持っていく、水差しから硝子の器に中身を注ぐと手渡す。それを飲む姿を見届けると、


 山査子(サンザシ)の蜜漬けを如何ですか、と銀の器のそれを主の目の前に持っていく。一つつまむと、小鳥が啄む様に口に運ぶ。


「ありがとう、こんなもの飲むようになれば、そろそろあちらに逝くのかしら、それも良いけれど、どちらの天へと行けるのか………でも願わくば四番の婚礼後が良いわね、サリアはわらわの身内、こちらに馴染むように幼い内に引き取った。この度の事にならぬ様にしておかなければ、愚かな母はアレ一人でよい、時が合わなかったのねぇ、全く上手く行かない」


 ふぅとため息を付き、目を閉じる彼女、そして密かに取り寄せ胸に忍ばせている、美しい細工を施された十字に手を当てる。二神に仕えるのはいけないと思いつつ、単なる宝飾品と思えばいいと、クスリと笑う。


 この国は諸国からの交流地点、様々な物が、人か神が集まる国なのだから………室内に飾られている香り高い花を眺める。それは、磁器の肌に鮮やかに異国の鳥の絵柄が、細かい描写で描かれている花瓶に活けられていた。


「ドイ?今日もあちらに行くのでしょう?花を摘みに………ふふふ、娘になって、やたらここの花を気にかけるから、あまりにせがむので、今日は取りに行かせる様に言いつけたけど」


 あけすけに聞いてくる主に、生真面目にドイは答えた。


「ええ、いけない事ですが、しかしあちらは赦しが無ければ、王族以外の人間は入り込む事は出来ません。私もおります。それにサリア様は少女と思われているご様子です。あちら様はバム様からお問い合わせがありましたので、お答えいたしました。そしてそれとなくお聞きしました。よく想われているご様子です」


 まぁ、少女とは、あの子らしい、その割には色づいたけれど………利口なのでそのうち悟るでしょう、ああ、そろそろね、足音が聞こえる、ではドイ、頼みました。とクスクス笑いながら話を閉じたその時、外出の身支度をすませた少女が、室内に入ってきた。





「貴方のお名前は?教えてくださらないの?四番目の王子様にお使えしてらしてるのでしょう?そうでしょう?最初に出逢ってから、三度目になるわ、今日こそは教えてちょうだい」


 華やいだ声が空へと響く。少女は同じ様に外出に被る布を同じ様に身に着けているその者に、愛らしい笑顔を向ける。彼女の名前はサリア、皇太后が自分の血統からよりすぐり選んだ姫。幼い時に手元に引き取り、育てている掌中の珠。


 泉の畔、咲くその時の花、初めて出会った時に咲き乱れていた白い花は終わり、今は別の色が開いている。樹の根本に楽器を抱えて座る逢瀬の相手は、無言で一の弦を鳴らす。四、三………、よく宴で使われている流暢な舞曲が流れ出す。


「まっ!無言の行でもされてるの?いいわ、知らない、それに何時もの曲目じゃないのね!」


 腰に手を当てそっぽを向くサリア、クスリと笑った声が聞こえた気がした、癪にさわりこのまま帰ろうかと思う彼女。しかし、それをすると、二度と会えないかもしれない………これまでも幾度かそういう事があったから。


 不思議なひと、自由な様で、自由では無いお方、高貴なお方に仕えられてるのね、きっとそう………サリアはウードを扱う者に目を向ける、気を取り直し何時もの様に舞をまう。調べが変わる、何時もの名のないそれが、風をまとい、空に立ち昇る様に流れ出す。


 ………今日は出逢えた、そしてこうして舞う事が出来た。それだけで彼女はとても幸せだった。




「お前は第四王子に嫁ぐのです、その為にはあちらを大切に、そしてこちらをしっかりと見るのです」


 重い皇太后の言葉、日々の躾、それらを覚える様に厳しく命じる、彼女の側近くで学ぶことで、日々を過ごしている。寂しい毎日、心の拠り所は、嗜みで教えられた舞をまうこと。流暢な調べに乗り時を過ごすと、少し紛れる事ができた。


 …………アレは賢いですよ。今は離宮に居ますが、成人の儀をすましたらこちらに来るでしょう。そうなれば婚礼を、成人の祝の儀には、国にも知らせを送ろう。そう、お前の父母も呼び寄よう、アレには時々にわらわは出会うが、利口で見目麗しいですよ。そして楽の才もある故に」


 そんな皇太后の話に、少女らしく胸をときめかせるサリア、楽とは、何かしら、それに王様とよく似てらっしゃる………日に一度、必ずご機嫌伺いに来られている王、彼女は皇太后にから、言われ、茶を入れ勧める。その時に目にするその姿。顔かたち。


 似ておられる………きれいな深い緑………きっと素敵なお方なのね。御前を下がった後で、薔薇色に染まる頬を隠すように、そっと手を当てる、優しく広がる空の色、青の瞳を持つ、あどけない少女。




 現王と生き写しと産まれた時に言われた第四王子。それに危惧を懐いた周囲の者達。何故ならば、第一王子の母親は身分高い出自、后に据えられ後宮の中でも、最初に王子を産んだ者として皇太后に次ぐ力を持っていた。


 多くの妃が多くの王子を宿したり産み落としたが、しかし長じたのは、今において三人のみ、何ともあやふやなと、案じていた時、子を宿したと三の妃が、密かにその報を持ち、思慮深い穏やかな瞳を持つ彼女を、伴い訪れた。


「私の子は既にあちらの者。そして………申し上げ難いのですが、今のままでは、この国の行く末が、何とも不安で御座います。この者はわたくしの妹と呼ぶに親しい者、でもわたくしと違い、美しゅうございましょう?それはさておき、この赤子は………守らねばならないと、そう思いましたの、ですから皇太后様、お力をお貸しくださいませ」


 聡明と評判が高い彼女は、物怖じする事無くハキハキと言葉を述べる、その様子を満足そうに、聞きながら目を細め笑顔になる皇太后。


「まぁ、よう知らせてくれました。わかりました、よしなに計らいましょう、どれ、顔を見せて………見かけぬ顔、三の館に仕える者の様ね。男の子、王子を産むのですよ、それがお前の努めなのです、よろしい早速表に知らせて用意をさせましょう、わらわに任せておけばよい」


 その進言を受け、賢い彼女を買っていた皇太后は、即座に動いた。すぐ様息子である王に伝え、今空いている、第四妃の身分を彼女に与えると、悪阻が辛かろうと、主に静養に使われている離宮へと、移る手はずを整えた。


 そこで四の妃は、穏やかな気質を愛する王、陰ながら見守る三の妃、暗に後ろ盾に付く皇太后に守られ、やがて時が満ちると男の子を産み落とした。


 しばらく、人間の一生にすれば僅かな時間。赤子が子供に変わる頃まで………優しい日々が過ぎたのだが、離れていてもさし向けられる、黒い何か………、やがて第四妃は、心労が募り伏せがちな日々になったのは言うまでもない。


 そして別れは唐突に訪れた、吹く風が冷たく刃を含む頃、風邪をひきこむと………儚く世を去った。我が子の七つの祝を受け、数カ月過ぎた時の事だった。それ以降、三の妃が仮母となり、母親の元を離れる年を迎えていた彼は、そのままに離宮に居を構えていた。




「楽もこなすとは、王に頼み宝物庫のアレを、そなたに渡しましょう」


 大人ばかりの暮らし、母の居ない事、離れた離宮とはいえ何が起こるかわからぬ外に出る事を、良い顔をしない家臣達。 


「せめて御身を守られる様に、なられてから………ご散策を、皇太后様からのお言いつけでございます」


 王族としての学ぶべき事、そして武芸百般を厳しく指南され行く毎日。他の王子と違い、取り巻きの者などいない日々。自然と建物内で過ごす様になっていた、そんな寂しさを紛らわす様に、幼い彼は、手習いで覚えた、音楽で、鬱膜としたものを埋めていたのだった。


 訪れた皇太后が、耳に止めた彼の産み出す音。満足そうに、彼女は頷くと彼に宝物庫に眠る名器を、惜しげもなく後日届けた。



 涼やかな声が何時もの場所で、空に昇っている。砂ナツメのさやさやとした、風に揺らされる音が優しく流れている、離宮にある泉の畔。


「初めて出会ったのは、もう前になるわよ、ねぇどうして、刺繍も無しの、染もない白い衣なの?おかしいわ、下使えでは無いでしょう?被られている物が違うもの」


 鮮やかな縫い取りがあり、華やかな色の布をまとうサリア、その下も美しい意匠を凝らした装い、細い手首には幾重にも薄紅色の細かな玉石を巻きつけ、瞳に合わせた銀の耳飾り、軽くまとめた髪には真珠玉の髪飾り、贅を凝らした姿。


 シャランと飾りを揺らすと、屈託なく、興味を持っている為にその者に問いかける、薄花色に淡い色の小花を散らした図案のそれを目深に被る者は、どの様な問いかけに対しても、曖昧な笑顔しか向けてこない。


「おかしいわ、そんな丁重な刺繍をまとってらしてるのに………ここでお仕えしてらっしゃるのでしょう?ね、そうなのでしょう?」



 王宮深くで暮らしているまだ子供年の彼女にとっ、同じ年頃の見知らぬ人間に出会う事は少ない、ましてやここは離宮、仕える者は大人ばかりと、聞いていた彼女にとって、同じ年頃の『少女』がいた事に、驚きを受け、そして興味が高まった。


「ねえ、教えなさい、誰にお仕えしているの?」


 腰に手を当て答えを求めてくる彼女に、クスリと笑いを漏らすと、何時もの場所に座り、ウードを抱えると最初の音を打ち鳴らした………


 不思議な子と、姿に目を、音に耳をやりながらサリアは初めて出会った時を思い出していた。



 それは、彼女が行儀見習いとして、お側近くに仕えている主の皇太后が、花を見たいが、出るのは億劫、サリア、摘んできておくれ、とことづけられ、離宮へとドイと共に足を運んだ日、


 こういう機会でもなければ、外出することなど無い暮らし、青い空に白い雲が流れる、頬を過ぎる風が心地よい、久しぶりの外出に彼女は自然に笑みが溢れていた。傍らを歩くドイが、不意に彼女の前に立ちはだかった。


「あら?誰なのかしら………」  


 背後からちらりと前を見る。目の前の木々と花に囲まれた広い庭園に、彼女より少し背が高く、同じ年頃の様に見える人物が、空に目をやり佇んでいた。此方に気がついたのか、軽く頭をさげるその者。ドイがそれを受け返礼をした。


 誰なの……ここにお仕えしているのかしら………でもここには………知りたいわ、どうしてか分からないけど………、


 何かに突き動かされた様に、本来ならば知らぬ顔をしなければならないのだが、思わず禁忌をおかした。誰なのか、どうしても知りたい。そんな想いが弾けた。


「あ、の、花を、分けて頂く為に参りましたの、何処に?咲いてますの?そして、誰に問えば……教えて頂けません?」


 無言で立ち去る背にそう声をかけた。立ち止まり、しばらく考えていた様子のその者。やがて、花………と小さく声が、サリアの元にふわりと届く。振り向き笑う、布の下から見える深い緑色。 


 何処かで見た様な……彼女はふと、気になったが、相手は顔を晒すのを厭うのか、目が合うなり目深にそれを下ろすと、黙ったままで仕草一つで、付いてくるよう示された。その様子は、自分と同じ世界に、身をおいているのではないかと、感じるサリア。


 不思議な子……、わき上がる疑問、お供のものはいないのかしら………白い背中を追いながら辺りに目をやる。ドイは何時もの様に、つかず離れずの距離を保ち付いてきている。しかし他の大人の気配はない………ならばここで働いているのかしら?でも………違うわ、うん、全然違う、不思議、大丈夫かしら………と思いを馳せていると、白い花が咲き乱れる場へとたどり着いた。


 まぁ、何て綺麗な………と小さく声が上がった。泉の畔に立つ砂ナツメの木、咲き乱れる白い薄絹をくしゃとした様な、花弁を集めた大輪の花、柔らかい下草には黄色に薄紅、青に白、小さな星のような花が散っている。


「どれでも………」


 風の様な声が二人の耳に届いた。それを聞き取り、ドイが礼を述べ一つ二つと、摘んでいく。さわと吹き抜ける風に甘い香りが乗る。サリアは花に見惚れている。その時、いちの弦が流れる。ナツメの下に座り、打ち鳴らす、青い空に昇るウードの音、さわと吹き上がる風。


 顔を隠すように目深に被ったそれは取らずに、次の弦を鳴らし音を合わせていく。やがて終わると、伸びやかな音色が広がる。それを聴き目を丸くするサリア、何かを思い出し手を止めハッとするドイ。そんな従者には気づかぬ彼女は、目を見開き感嘆の声を上げた。


 まぁ、とてもお上手だわ、素敵ね、でも知らない曲ね、と小首を傾げて弾き手に目を留める、立ちのままで耳を傾ける。同じ年頃なのに、王宮の楽師より、艷やかな音色に優雅な旋律。満ちる音。風に乗り花の香を吸い込み色づく音。


 余韻を残し終わる曲……サリアは胸が熱くこみ上げて来た。何て素晴らしいの、と吐息を吐く。


「とても素敵………何かお礼をしたいわ」


 素直に感想を述べる彼女に、首を振り否を伝えてきた。しかし彼女は、どうしてもやりたい事があった。


 ………でも、御礼をしたいの!と辺りを見渡す。そしてこの場に自分達のみしかいないのを確認すると、何か舞曲はご存じ?と優雅に問いかけた。


「………舞楽、知っているが」


 ぶっきらぼうに言葉短く話すと、唐突に弦の強い音が流れ、続いて流暢な曲がその場いっぱいに広がる。まぁ!準備もないの?と少々頬を膨らませると、被っていた布を、ひらめかせ瞳の色に合わせ造られた、青い色の石がはめられいる銀の耳飾りをゆらし、空を飛び交う小鳥のように、軽やかに踊る彼女。お前は舞が上手い、かつて舞の名手だった、皇太后が目を細めて喜ぶ艶やかな姿。


 柔らかな下草を踏み舞う、風に乗り空を舞う小鳥の様に、耳に残り、柔らかに響く音につつまれている彼女。花を抱えドイは立ちで眺めつつ、辺りに気を配る。人払いをしているのか、他の者は一人として、存在を感じさせぬその場所。


 空の青、それを写す泉の蒼、光が踊る水面、風が吹き、さざめく、小さく波立つ、空へ立ち上がる風に花の香が混じる、終える時を得た散った花弁が、それを追う。


 サリアはふと気がつく。自分を見つめる深い緑の色、それに気が付くと、途端に動きが、舞をまう手が足が、肩が、自分では無いような、硬く動かない感覚に包まれた彼女。


 いつもより………動きが大きいからかしら?外だから?太陽の光の元だから?風が吹いて、身体の動きを遮るから?


 皇太后様に、ご覧にかける時とは違う、頬が熱い、胸に……何かが込み上げてくる。なぜかしら、恥ずかしいわ、とても、とても、恥ずかしくて、早く終わってほしい………なんて初めてよ、こんな事。戸惑うサリア。


「危ない!」


 ドイの声が不意に上がった。目を見開き驚く彼女。彼がいた事を忘れていた。そして気もそぞろになっていたのか、足元が疎かになっていたのだろう、小石を踏みバランスを崩す、音が止む、ウードを片手に、立ち上がる姿が目に入る。


 なんて事、なんて事、ぐるりと回る視界、その木を、下から上に見上げる、青い空が、白い雲が、見えた時、失礼致します、とふありと抱き止められたサリア。何故だが、涙が溢れるのがわかった。恥ずかしくて、恥ずかしくて………消えて無くなりたいと願った。


「今日は風が強い、また次に見せて………」


 柔らかく声がかかった。ドイが落ちた布を拾いサリアに差し出した。慌ててそれを被る。次に?その言葉に惹かれて、離れる背を見る。次に………それからすれ違いもあるが、幾度かここでサリアは舞をまっていた。


 その日も、何時もと変わらず、無言のままに奏でる音とつかの間の時を過ごした。次は………何時、そうそう自由に訪れる事はサリアも出来ない暮らし。終わらなければいいのに………ふとそう思った。


 あの方が奏でて、私がこうして舞うの、終わらなければいいのに、帰りたくない、帰りたくないわ、どうしてだか、二度と逢えないような………そんな気がするの。


 強い風が足元を駆け抜けて行く、ざわざとした胸騒ぎを伴って………重い風が熱を持ち王宮から吹いてくる。音が止む、曲が終わった。楽器片手に、軽い所作で立ち上がると、何時もの様に軽く会釈をする。


 逢えない気がするの、どうしてかしら………不安なものが彼女を満たす、サリアは声をかけようとした、その時不穏な報せを伝えるべく、皇太后に仕える女官が此方に近づいて来ることに、気が付きそちらを振り返った。


「何かしら?そういえば、ニの館が騒がしかったような………」


 ドイに視線を送るサリア、従者の硬い表情に何かを悟ると、緑の葉を繁らす木の下に目を向けた。そこには、既に、誰もいない場所があった。


 慌てて視線を泳がし白い姿を探す、伝えたい事がある、最初にわき上がった衝動と、同じようなものが込み上げた。


 何処に行かれたの?何処に………貴方のお名前も私は知らなくてよ、あの白い花のような、一輪でも華やかに力をくれる、そんな貴方の名前も何も知らないわ………。


「しばらくは……、来れないのに……」


 ぽつりと寂しげに呟く少女。帰りましょうと声をかけられた。訃報を聞いたからには、すぐさまに戻らなければならなかった。



 病についていた二の妃が世をった………。喪に服す為に外には出れなくなる、舞をまうことも、楽器を奏でることも、しばらくは慎まなければならない。そして最近不調の様子を見せている皇太后。


 ギッャ!ギャッ!ギャッ!バササ………音が不意に立ち上がる、空に昇る鳥の姿、王宮で……忌み嫌われているその声を持つ鳥、不幸を運ぶとされている。



 逢えない、二度とこうして、逢えないような………悪しき鳥に出会ってしまった、どうしよう、どうしよう、きっと、そう………会えない。



 サリアの冷たく黒い予感は、決められたように、現実になる。この後二人はしばらく離れて、会えない星の定めに見舞われる。そして、この時少年少女の二人は、再び出逢う。そして………離れる、青い小鳥は飛び去って行く。



 出逢い最初が訪れた、閉じ込められて暮らす二人に、淡い優しい時が、ほんの少しの間、確かにあった、



 そして唐突に終わる世界が、これから始まる。 



 そして動き出す、それを求める道のりが、


 新たなる出逢いを得て………始まる。













































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