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第九話 進む夜の刻

 高いよ、報酬、と笑う彼の姿。抜け目なくやり取りをしている。少し低くはなったが記憶に焼き付いている声音、奥深くからの記憶が蘇る。次々と、忘れていた事まで形が現れる。


 私が終焉のきっかけを作った男、囮と言われた、血溜まりに倒れている、使い捨てと言われた彼を、間近に見たい、見たくない、見たい、二つの迷いの中にいた。


「私が雇おう、動く手駒が欲しい」


 兵士の男が話す声。それに応じる彼の声、是を唱えるバム様。無言で眺められるクシャル様。私はぼんやりとした中で、皆を見つつ、そして………倒れる男を眺めた。やがて、手短に話がまとまり、先を行く時を迎える。


 私の名前が呼ばれたのだが、それに答える事が出来なかった。一つの考えに取り憑かれて、無言で佇む私に、バム様が近づく、振り上げられた手、そして力いっぱい頬を、はり飛ばされた!


 不意をつかれた私は、力が加わった方向に、横なりに倒れる。震えが襲う、そして!我に返る。


 キィンと耳が鳴る、ジンと、熱が、ビリビリと痛みが、痺れが、頬と頭の中に、一度に押し寄せた。息が詰まる。目の前が白く、そして赤く黒く、それから地面が目に入る。


「立て、自分に溺れるな」


 ごくりと飲み込む。バム様の声が聞こえる。いけない、と自分を、時を取り戻した。


 コクン、と頷き私は、頬をおさえ、そろそろと立ち上がった。汚しては!と、慌ててまとっている物をはたく。


 今………、何をするべきか、忘れてはいけない。


「じゃ、お先に、隊長さん!片しておけばいいんだね」


 闇に溶け込んで姿を消す、新たな雇い主を得た彼は、あっけらからんとした声を残して。そして、行くぞとの声で、私達は先に進む。無実の罪に、問われた賢者のもとに。



 ―――「来られましたか、見張りをどうされたのか、命は尊ぶものです」


 石造りの牢の中に、明かり取りの四角い穴から差し込む月の光。皿の上の小さく揺らめく灯明、ジジ、と音が立つ。薄暗い中、バム様が持たれている、松明の灯りが唯一照らす物。


 パチパチと爆ぜる火の音、賢者の問いかけに答えるクシャル様。


「尊ぶから、ここに来たまでよ」


「…………、乱れた則は正さねばなりません。貴方様は王に相応しくない」


「ならばニの兄上が相応しいか?あれに書かれていることは、半分は兄上の事。われはここから、外には出た事は無い。いかがわしい場の事は覚えは無いし、民に乱暴狼藉を働いたこともない」


「やはりご存じでしたか、そうです。二の王子様にお仕えしていますが、私の教えも、讒言も、最後までお耳をお貸しになられませんでした。そしてこの度、王に質に出されるとお聞きになられ、私が知らぬ所で、色々と策を練られた様ですが」


「無駄だな、兄上のお考え等、わかりきっている」


 問答の様なやり取りが成される。では問うが相応しい者とは誰だ、とお聞きになられるクシャル様。それに答えるレイショウ様。


「一の王子様でしょうね、清廉な、自分の正義のみの、世界をお持ちですが、それはおいおい、お変わりになられるかと。そのためには、消さねばならぬ、お方様達もいらっしゃいますが、それを超えたならば、名君になられられるかと」 


「一の兄上が?何も調べずに、動かれるお方が?母上様が迎えを差し出さねば、家族は殺されていたというのに、兄上を賢者は推すのか」


「貴方様がなさっておられる事に比べれば、父王の后と、情慾にまみれる禁忌を侵している貴方様よりは、何がお望みですか?位を得ることですか?」


 とつとつと、話されるトウショウ様、私はドキリとした。朧げな…………、ここに来てから間もない頃、甘い香りに混ざり甘く囁く声。それを受けるクシャル様のお声を、一度だけ耳にした事があった。


 まさかと慌てて打ち消したので、そのままに流れる様に忘れていた記憶。


「情慾、無礼だな、それはあちらだけだ。それに、この事は父上もご存知、好きにしろと言質を得てる。それと兄上が清廉とは、サリアが聞いたらどう思うか」


 突然のお名前を聞かされたレイショウ様、しばらく無言が広がる、パチパチと踊る音が、細かく火の粉が舞う物が動いている物。この場に居合わせている者は、身じろぎ一つしない。


「サリア様とは?確かご病気で、亡くなられたと」


 遠い記憶を絞り出すように思いだし、問いかけられたレイショウ様。それに対し表向きはな、とそして話される。


「アレはな、われの元に嫁ぐように、お祖母様の元で学んでおったのだよ、それを横恋慕したのが、一の兄上、正式に申し込まずにな、そうなった過程は、兄上しか知らないが、恐らくサリアは追われて、離宮へと逃げてきたのだろうな、そして泉の深みにはまり死んだ」


「疑心暗鬼を生ず……、何を根拠に」


 薄く目を細め問われられた。それに対して、お前は宮中には詳しい、証拠をみせよと言うのなら、と、クシャル様はまとわれていた黒い布を、スルリと床に落とす。


 バム様がいま一歩お近くになられて、灯りをお二方に照らす。怪訝な様子で、お姿を順に目を下ろされていた、レイショウ様。やがて腰の辺りに視線が止まる。


「そ、そのお腰の帯飾りは………獅子王!確か、第一王子様が、誕生の折に王から、贈られたお品と………王が、身に着けておられる首飾りと、対をなすものにてございます、どうしてここに………」


 目を見開いて、驚きを込めた声が上がる。


「サリアを最初に見つけたは、われよ。そう、泉の浅瀬に、うち上げられておった、手にこれを握りしめて。表立つと騒ぎになるゆえ、これだけは、われが先に受け取ったのだ」


 ちゃらと、それに手をやられる、クシャル様。過去の事柄を察して、無言を送るレイショウ様。何かを深く考えておられるご様子。


「サリアの生国とは、婚姻により同盟を結んできている。アレが死した、一の兄上の軽率な行動のおかげで、和平が今、あやふやとしたものにおちている、公に出来ない、なので兄上の行動も………、無い事にされた」


「無い事にされた、王の命によってで、ございますね、そしてお后様もそれをご存知であらせられる、三の妃様も…………、知らぬは二の王子様のみ、早くから見限られて居られた」


 それに対して無言を示された。私の知らぬ話が繰り広げられている。


「アレは………、夢を見て、ここで過ごしていた。愚かだと思う、お祖母様の喪が明けたその翌日に、花など摘みに来ようと、一人で来ようと、何故思ったのか、そしてわれも愚かだ、事を知りたいと、何故にあの夜、あの館に、一人で足を運んだのか………」


「許せぬ思いをお持ちなのですか、断罪に処したいというお心をお持ちなのですか?」


 レイショウ様は問いかけられた。少し考え、無言のままに首を振られたクシャル様。


「誰に?全ては己の配慮の無さよ、それに尽きる、一つの愚かな行動の結果に過ぎん」


「では何故に、動かれておられるのか」


「…………父上に任せる、好きにしろと言われた、それがどうとは思わぬが、そう、何処まで出来るか試してみたい、そう思ったまでよ、言葉に出すのなら………退屈凌ぎにしか過ぎん」


 退屈凌ぎ…………、その言葉を聞き、らしいと思いつつ、このお方様が、どう返すかと眺める。


「そう、退屈凌ぎとは………ならばお聞きしたい、第二王子様は他国に行かれますが、残されたご兄弟は、どうされます?聞けばこの国は、男子は、ここに生きて残るには、名を棄てる、それか、王になるべき者が、自ら引導をお渡しになられるか、そのご覚悟をお持ちなのですか?聞くところによると、一の王子様は、自らが位についても、ご兄弟を大切にしたいと、話されているとか」 


 言葉を選びつつも、はっきりと聞かれたレイショウ様、それに対して覚悟とは?と問われた。それには無言が返される。


 クシャル様は、少し考えられていた。そして


 何を?それは覚悟をする事なのか?その様に、悲壮なものを決意する程の事柄なのか?と言われた。そして言葉を重ねられる。  


「気骨があると見た、なのでわれに従えと、ここに迎えに来たが………とんだ甘い男だ。一の兄上の名の元で、賜る方が良いかもしれん、所詮、玉座は無血では無い、血にまみれている。欺瞞と怨嗟に満ちている。その様なモノにわれは、悲壮な決意をしてまで、自分を捧げる気はさらさらないが………転がりこんだら座るまでよ」


 さらりとした何時もの口調、それを聞いたバム様が、珍しく小さなため息を漏らされている。この様に、他者が居る場では珍しいと感じた。


 考え込まれたレイショウ様、その姿を見るクシャル様。

 


 そして、そろそろ行かねば間に合わぬと、話すと………



「賢者トウ・レイショウ、選ばしてやろう、お優しく()()な、一の兄上の名の元に、自らの信念を貫き賜るか、われに従い、手を貸すか、好きな方を選べ」




















































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