第八話 星の導き 神の采配
私は、則を正す為に、事を起こしたまでの事、義にかなった行動、己の主の為でも、自身の為でも、御座いませぬ、全ては私の一存での事。しかし、仕える王家に他意等御座いませぬ!縄を打たれる覚えは御座いませぬ。牢ならば自ら参りましょう。
一葉目を蔽えぱ泰山を見ず
両豆耳を塞げぱ雷霆を聞かず
莞を以て天を窺い、蠡を以て海を測る。
毅然とされたお声、そしてお言葉を残され、レイショウ様は、兵士達の足音と共にその場を去られた。
「ふ、奸物が………、クシャル、心配は要らぬ、お前の汚名はわれが晴らしてやる故に、案ずる事は無い」
そう言葉を述べられると、来たとき同様、足音高く部屋を出ていかれた。静寂が戻る。別れ残されたお二方のすすり泣く声が、しゅうしゅうと床に広がっていた。
「表を上げろ、惜しいな、アレが欲しい」
お前の部屋を後にされた第一王子。喧騒が去ると、伏せたままに嗚咽を漏らす親子だったが、そのお声を耳にすると、はっと息を飲み、赦しが出たこともあり、濡れた顔を上げる。
「それは………お止めになられた方が、お一人いなくなれば、この話は無くなると、お考えになられておられると、そう聞いております、餌をまくやも」
その視線等気にもせず、ドイ様はそれに対して否を唱えられる。バム様もそれに頷かれておられる。
「われはアレが欲しい、兄上を何も知らぬ、見ぬ者と、言い捨ておった、気骨がある」
二人の言葉等取り合わない、かわりにお声にすがるような視線を送る親子に、目を向けられた。そして、バム様を呼び寄せ、ヒソと何かを囁かれる。少し眉間に、シワをよせつつそれを聞かれておられた後。
「…………わかりました。ではドイ殿、三の妃様にお伝えしたい事が御座います故、お帰りになられる前に、お耳を………」
密やかに過ぎゆく時、やがて下がられたドイ様達。
夜が、今少し過ぎる、その時を待つ。
「夜風にあたりに参りましょうか」
その一言をバム様が言われる。それは………用意が出来たか?との言葉。頷き返事を返した私、震えてはいけない、俯くな、と不安になる心を奮い立たせる。
「私が、影となります。色々と学びました。認められ、
今の日々、果たす事は、成さねばなりません」
三人のみ残ったあの場で、私はバム様に許しを得ると、そう述べた。遇されている今、これが私のやるべき事だと思ったから。それに対して、バム様は笑顔をかえされ、クシャル様は無言を返された
では、と手渡されたのは、クシャル様が宮殿に向かう時に、身にまとわれるお品、亡き母上様が残された美しい一枚。様々な花の刺繍がほどこされている。
それをまとう、バレないか、赤い満月の夜、明るい月の下では目の色がわかってしまう、私は頭の布の位置を前にずらす。目深に被り顔を少しかくした。
涼やかな香りに色濃く包まれる。それを大きく吸い込む、どきどきとしている。でもそれを表に出してはいけない、息を飲んで姿勢を正した。バム様が満足そうに、見られていた。
…………空には赤い満月、蘇りそうになるモノ、それを奥底へと落とし込む、出てくるなと、ソレに命を下す。
樹木が多く植えられている離宮には、闇がそこここにある。企み事を隠すのには良い少しの色。隠れる事を教えられた事を、そしてそれ等を見つけることを、見つからぬ様に気配を聞き、動く事を叩きこまれた、昔を思い出す。
神の采配、星の定め、全てはこの時の為に引かれていた道………私は先に出たバム様に続き、一歩を館から外へと踏み出した、そして刺繍も無い、無骨な黒い布を被ったクシャル様が続いている。
「背後は手練を一人、それで良い」
選ばれた一人、夜警の兵士がピュイと、鳥の声を真似て放つ音、触れれば切れそうな、ピンッ!と張り詰めた気配が共に、夜気に混ざり満ちている。ヒリヒリとする。その中に流れる砂ナツメの香り。
離れた繁みに、その陰に潜んでいる、動かぬ音………。月に雲がかかる黒く色なす視界。その中で歩く私達の足音が耳に入る。
ササ………、ジャ………、ズザッ………と、軽く消した音が近づいてくる。空の光が隠され闇夜の今。明瞭に響く音。
読め、お前は耳が良い、何人いるか、それを読む事を覚えろ。人間の体格、年齢、そして性別、それぞれに違う、一人ひとり違うはずだ。あの屋敷で、日々厳しく教えられた事が蘇る。
今にそれは覚えている。身につける様にと、文字通り、叩きこまれた。一人、二人と数える。表立つ、仕える者は使わない、と知らされている。そう、暗殺者が放たれている。しかも複数、と言う事は、それ程の者達ではない。よせ集めをしてきたか、使い捨てにする者達。
「三……人、それと音が重い」
ヒソと、言葉を呟く。成人か、背後で声と柄を握る気配
「クシャル様におきましては、慶事をお控えされておられますから、くれぐれもご自重あそばされるように、後で大変で、ございますからね。祓いをうけ、潔斎を成さねば、ならなくなりますよ」
前で、カチリと抜く音。それと共に、私に話しかけて来られるバム様。私は、構わぬと、一言、放つ。聞こえるように、明瞭に、風が吹く様な、その声音を真似て。それを聞き、バム様がクスリと笑う。
そして私もソレに習う。私が扱うのは剣ではない、掌に隠す事が出来る位の刃。
どうにも剣を扱うのが下手な私に、バム様が、ならば投てきを覚えろと、少し重さがある小型の刃を、投げる事を身に着けろ。と命をうけた。
「投げるだけならば、できるであろう」
日々、ソレにたけている兵士に習い、的には当たる様にはなった。それを使った事はない、私はこうして夜間に出る事は、無かったから。そしてふと思い出した、あの時の子に謝る。結局は同じだったよと、そうでなければ生きてはいけない。ごめんと。
ピュイ!鳥が鳴く声!動き出した。一人斬られて倒れる音、それを聞くとバム様は、駆け出す。その背を追う。兵士一人で、事を済ますことが出来るのなら、それに越したことは無いと言わんばかりに、その場を離れる。
空の雲が晴れる、月の光が地上に再び届いた、その時、風の音に紛れて、今いる場、片わらの木が大きく揺すれる音を拾う。上か!私はその方向に、手にしたそれを投げた。
「ぐ、あ!」
ザザザと、音を立て隻眼の男が落ちてきた。不意をつかれたのだろう、上に留まる事はなく、無様に地面に転がっている。体勢を整える男。腕に刺さったそれを抜き捨て、立ち上がると剣を構えて私に向かってくる。
バム様がそれを止めるべく立ちはだかった時、上から下に再び降り立つ音がする。先程の男は囮だったのだろう。
「再び上!」
声を出した、バム様に立ちはだかる男が、不意に止まったように見えた。振りかざした剣の行く先を見ずに、私を隙間から見た。私も月明かりの下で、その男の片方の目をみる。
どこか知る様な視線。厳しいソレが少し緩んだ気がした。そして、すきをみせたその男は、あっけなく斬られた。ドォっと後ろざまに倒れる、地面に、どくどくと広がる血溜まりを作る為に。
「気を散じるな」
声に我に引き戻される。駆けつけた兵士が、残る一人に振りかざす。手慣れなその者は、ひょいとそれをかわす。戦う事を楽しんでいるかの様子。そしてクスクスと笑いながら、降参、ムリムリ、これは、逃げるか勝ちかもな、と話す。
「それでよいのか?お前は?」
バム様が、兵士が詰め寄る、明るい声でこちらに応じるその者は、剣を収めて逃げる算段をしながら、こちらと話す。
………分が悪いな、どうするかは、人を見て最後を決めろって旦那様には言われてっから…………、コッチにつくのがお得って、伝えた方がいいよね。
「拾ったのは、やっぱり役に立たなかったな、結局どこでも、俺達は同じか、」
最後の一言が、ずきんとうごめく。こちらを見て笑う目。先程謝ったその時のソレを思い出す。どう動くべきかを考えていると、面白い、と声が上がる。バム様の、咎める様な視線等構わずに、話されるクシャル様。相手は馬鹿ではないと話す、そしてそれよりお前、
「裏切るのか?依頼主を」
「潰れる駱駝には乗らないさ、こういう事はよくあるんだよ、相手方のほうが格が上っての、やり遂げられたら言うことなし、だけど先が見えたら、残る方につくんだ。その時を読んで移動しないとね、砂漠で迷ったら終わりだろ」
「ほう、われをどう見る」
「んー、取り敢えず、あれよりマシなんじゃないかな?色々評判の王子様だろ、コッチのがいい。って知らせてくるんだ。旦那様もそういうのは大切にしろって言われてっから。なので依頼なら受けるよ」
にっこりと、クシャル様に笑顔を向けると、私にもそれを見せてきた。あの時、別れた笑顔がそこにある。




