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千代の運んできたもの

 帰り道、千歳の家に寄る事にした。

 私が春川先輩の手紙を見たいとせがみ、千歳がそれに折れた形だ。

 自分で運んだものの中身を知りたい、というのは建前で、本当は半分好奇心の半分興味だ。今の千歳を知る上でも、今後の千歳を見ていく上でも、必要だと思った。


「はい、これ……」


 やや乗り気のない表情で、しぶしぶ手紙を私に差し出す。


「ありがと」


 渡し終わると、千歳はベッドではなく、机の椅子に腰掛けてそっぽを向いた。私に読まれている姿を見るのが恥ずかしいのだろうか。そんな事を考えていると、「早く読めよ」と急かされてしまった。

 私はベッドに腰掛けたまま、洋封筒から何枚かに分けられた手紙を取り出す。

 『拝啓、千歳君へ』という言葉で始まった本文は、春川先輩らしい丸文字だった。


 これを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう。ここには、千歳君にお話できなかったことを書いていきます。って、勝手に私が秘密を作ってたみたいだよね! まぁ、実際のところそうなんだけど……。病気のこと、黙っていてごめんなさい。千歳君に話さなかったのは、最後を意識して欲しくなかったから。傲慢かもしれないけど、「あと何日の命」って知ったら、何とかしようとか、できることはないかとか、必死で探してくれそうで……。作り話しだったらすごくロマンチックなのにね。まさしく王道っ! って感じで。でも、現実だから仕方ないよね。

 さて、私が毎日制服を着ていたのはね、かわいいのは本当だけど、学校に行きたかったから。制服を着れば、少しは学校を近くに感じられたからなの。で、なぜ学校に行っていなかったかというと、親と学校が決めた事なんだよ。「残り少ない日数、好きなことしなさい」、だって。病院内でも、元気なのに、病人扱いなんて参っちゃうよ。だから、外をブラブラ歩く事にしたの。そこで、君、千歳君に会った。

 最初びっくりしてさぁ、覚えてる? 「一目惚れでした」って言ったんだよ? それが面白くて、少しおちょっくたりもして、楽しかったなぁ。君はどうだったかな? 嫌だったら沢山いじわるしてごめんね。

 余命宣告が出てから、私は君に自由について話したんだけど、覚えてるかな?あの時、実は少しヤケになってたんだ。もう長くないのはわかってたんだけど、いざ具体的な数字で言われるとさ、「あー、後何日だー」って、何もやる気起きなくて……。それでも、君は私に「また歩き出せる」って言ってくれて、すごく勇気を貰った。残りの日にちも、精一杯生きようって思えたんだよ! ありがとう。

 ネカフェで一泊した事は流石に覚えてるよね!? 忘れられてたら化けて出て呪うレベルだよ! あの時呼び出された時はびっくりしたんだから! なんか緊急事態っぽくて、で、夜の病院抜けるの大変だったんだからね! まぁ、良いとして、会いに行ったら会いに行ったで「今日だけで良いので優しくしてください」って、必死に頭下げるから、またびっくり! 正直、初めて普段着を見せるからちょっと不安だったんだ。でも、そんな悩みがどうでもよくなるくらい、いっぱい弱いところ見せてくれたね。それだけ信用されてるんだって思ったら、私も嬉しかった。

 本当にいっぱいお互いに色んな事を話したよね! 君は今まで出会ってきたどの人にも当てはまらない、独特の感性を持っていたね。でも、悲観的で、寂しそうだった。だから、私の事、わかってくれそうだなぁ、って期待してみたんだけど、結局自分から惹かれててさ、おかしいよね。そんな私から、一つお願い。私といた時が幸せなんて思わないでね? 千歳君の本当の幸せはこれからなんだから! 正直、妬けちゃうけどね……。これから先、私の知らない時間を千歳君は歩いてくんだね。どんどん過去に押し流される私は、君の中で忘れられちゃうのかな? もし、覚えているのが辛かったり、苦しかったりしたらいつでも忘れてね。「申し訳ない」とか思っちゃダメだよ? これは千歳君が幸せになる為なんだからね!?

 最後に渡波千歳君! 私は君に出会えて、一緒に過ごせて、とても幸せでした。君も幸せになれます様に! ありがとう!! バイバイ!!


 読まなきゃ良かった、なんて言ってしまったら、千歳はきっと怒り出すだろう。


「……ごめん」


 だから、私は謝る事しか出来ない。

 千歳にも気持ちをを嗅ぎ取られてしまったようで「うん、良い……」と小さい応えが返って来た。

 ところどころに文字が滲んでいる箇所がある。それは、千歳か春川先輩の涙である事は、容易に想像がつく。恐らく、両者の涙だろうと思った。書いている際に染み込んだ春川先輩の涙と、読んでいる時に染み込んだ千歳の涙。二人の気持ちは最後まで一緒だった事を見せつけられたような、そんな感覚。


「こういうの見せられたら、何も言えなくなるじゃん……」

「見たいって言ったのは千代の方だろ?」


 確かにそうだ。私は勝手に二人の最後の秘密を覗いてしまった。手紙を読んだ後だからだろうか、何気なく返答する千歳の背中が少し大人びて見えて、未だに遠くに感じてしまう。


「どうして見せてくれたの? 私がしつこく頼んだのもあるかもけど、こんなに大切な手紙なら殴り倒してでも秘匿して良いと思う」


 再び手紙に目を落とす。

 こんなにも想いの欠片が散りばめられた、春川先輩の手紙と最後の言葉。春川先輩は、他の人に読まれる事を想像していただろうか。手紙の中にある、『私の知らない時間』とは、今まさしくその時間な訳で……。


「僕は、弱虫だからかな」

「へっ?」


 再び呟くような返しに、情けない感嘆が漏れる。

 千歳はまだ一度もこちらを振り向こうとしない。


「弱虫だから、その手紙が持つ力の前に立つ事は出来ない。だから、実はずっと誰かと共有したかったんだ」

「そうだったんだ……」

「見せるのを渋ったのは、沙奈先輩が反対した場合の分」

「変なの……」


 私にとって救いだったのは、この手紙の内容を千歳が実践しようとしている事だった。必死に幸せだった事を過去に仕舞い込み、春川先輩を過去の人として保存しようとしている。

 いや、救いというのは間違っている。千歳が苦しんでいる事になんら変わりはないのだから。


 そんな無理しているところ、私は見たくない。だから私という存在ができる事をしていこうと決意した。

 先輩は私に「ごめんね」と言った。その言葉の意味するところはわからない。幼馴染みとして今の千歳を作り出してしまうことを考えての言葉か、それとも私の気持ちを察したのか……。

 なんによ、今に至っては、私に託したのだと思う。千歳の事を。千歳の未来の事を。手紙の事にしたってそうだ。私にではなく、千歳本人に送れば良い。

 だから、千歳も私も春川先輩も、全員の為に私は千歳のそばにいる。


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