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千歳と薄明光線

「ごめん、僕が悪かった」


 かつて僕と殴り合いの喧嘩をした相手が、目の前で頭を下げている。

 それでも、僕の心に光明はない。

 ベッドの上で膝を抱え、膝小僧と頭に被った毛布の間からその様子を眺めるだけだ。


「千歳、君と仲直りしたい」


 頭を上げてまっすぐこちらを見て言った。僕は目が合うのが怖くなって、そっぽを向いた。


「仲直りしてどうすんの」


 我ながら、低く冷たい声が出た。しかし、悠真は全く動じない様子だった。


「君を、君自身が好きな君にしたい」


 「だから力を貸して欲しい」と、悠真は再び頭を下げた。

 おかしな話だと思った。僕自身がそんなことを、全くそんなことを望んでいない。更に、僕が自分を救うために、どうして悠真の力が必要なのか。

 どうせ救われないのだから、僕は“助けて”と言うことをやめた。言っても言わなくても、結果は同じなのだから。


「今の僕が自分を好きかどうかはともかく、別に自分を好きになりたいなんて思ってない」

「嘘だね」


 毅然とした否定が矢のように飛んできた。それは少なからず、僕の心に触れるだけの力を持っていた。


「どうして?」


 そんな風に言われてしまったら、僕だってその根拠に俄然興味が出てくるというものだ。


「僕が前に来たとき、君は『僕はゴミくず』とか『僕が悪い』とか言っていたよね? それって、何かに責任を押し付けたかったからじゃないのか? そう、例えば……君のご両親、とか」


 鋭く切り込まれ、図星な僕は、無意識に目を見開いていた。

 大好きだったにーちゃんを失い、それをお金の話にすり替え、「自殺は迷惑」と語ったあの二人を、僕は軽蔑した。にーちゃんがそれと対立していた理由も理解できるようになってきた。しかし、親は僕が話しかけない限り、口を噤んだ。だから、ここまで不登校でも強く言われることはなかった。


「君のご両親は、不登校にも寛容だそうじゃないか」

「なんでそれを……」


 家庭の事情を知っている人間は少ない、でも、二回しか家に上がっていない悠真が……?

 チラリと悠真の後ろに、視線を斜めに落として、申し訳なさそうに小さくなっている人物がいた。


「……千代、か」

「彼女は責めるなよ。当たりたきゃ僕に当たれ」


 そう言うと、僕と千代の視線に交差するように腕を広げて隔てる。

 今更喧嘩をするような気力はない。僕は、すぐに舞い上がる興奮を再びダークブルーの心地に戻す。


「良いよ、誰に聞かれたところで僕は何も変わらない」

「そうか。なら、なぜ君のご両親がここまで寛容だと思ってるんだ?」

「そんなの、ダメなにーちゃんに憧れた僕を見損なったからだろ。『もう手に負えない、好きにしなさい』って、言いたいんだろ」

「違うっ!」


 再び放たれた矢は、僕の胸にチクリと刺さる。


「君のご両親が、不登校の君に何も言わないのは、君に失望したからじゃない。悔やんでいるからだ。君の兄を失った事を。それに対して、自分が何を考えていたのかを。君のご両親は、間違っていた事に気付いた。だから君の許しが欲しくて、何も言えなかったんだ」

「嘘だっ!」


 そんなの嘘に決まってる! そんなの……決まってる……。

 否定しようとしている自分がいるのはわかる。頭の考えでは、真っ当にそうなのだから当然だ。しかし、悠真の言葉を信じたい自分がいる。


「嘘だと思うなら、本人に聞けば良い」

「……!?」


 そう言うと、陰に隠れて話を聞いていたらしい、二つの人物が現れた。


「千歳……」

「お父、さん……お母、さん……」


 久々に口にした言葉は震えていた。最後にこの言葉を口にしたのはいつだっただろう。完全に生活圏がこの部屋になってから、必要最低限の会話すら、疎ましく思えた二人は、物悲しい表情で佇んでいた。


「ごめんな、お父さんたちが間違えたんだ。隼人は、お前にとって大事な兄であった様に、お父さんたちにも大事な息子だったんだ。それなのに、生活が苦しい事を理由にダメな息子として扱ってしまった。この罪は重い」


 隣では、お父さんの言葉を受けて、手を口元に当てて今にも泣き崩れそうなお母さんがいた。

 物心着いてからというもの、初めて見る二人の姿だった。いや、物心つく前でも、この姿は見ていないかもしれない。


「お父さん達は、お前達の夢を応援してやらなきゃいけなかったのに、挫けそうな時もそばにいて支えて、辛い時は一緒に悩んで、ダメな時も『もう一回!』って励まして、お父さん達はそれが出来なかった」


──ごめん、すまなかった。


 そう言って、二人は深々と頭を下げた。

 果たして、この二人が犯した罪を、僕が断罪する事は出来るのだろうか。正直、今まで失った時間を考えれば、にーちゃんが死んだのも、僕がこうなったのも、全て二人のせいとしてその責任をぶつける事も出来る。──しかし。


「……手に負えない」


 二人は、こちらとお互いの顔とを交互に不思議がる様に首を動かした。


「その罪、僕の裁量の及ぶところじゃない」


 ようやく、僕の真意を理解したらしい二人は、驚いた様に目を見開いて、目元を手でふさいだ。


 僕と両親との真意が見えたところで、千代と悠真を近くまで見送る事になった。

 月のない夜は、星々がここぞとばかりに輝いて見える。次々と星座をなぞってみせる悠真は、なんだか張り切っているようで、それが少し煙たかった。千代は、悠真の話に相槌を打ちつつ、時々白い息で両手を温めていた。時々話しかけられるが、親の事についての自問自答が繰り返し行われている為、曖昧な返事しかできなかった。


「じゃ、僕はここで」


 先に分かれるのは悠真だった。


「うん、じゃあね!」


 千代は肘から上を動かし、顔の横で小さく手を振る。

 僕は、背中を向けて歩き出す悠真を追いかけて、一言だけ呟いた。


「学校に行くなんて、考えてないから」

「良いよ、君が決めな」


 そんな言葉が帰ってきた。何気なくお互いに強がりを言い合っているようで、少し笑えた。だが、僕は本心のつもりだった。千代の家まで送って分かれる寸前に、投げかけられた質問に答える迄は。


「ねぇ、何で親を許そう、って思ったの?」


 一番近くで僕を見ていて、あの話を聞いたら当然「兄が死んで、自分がこうなったのも全て両親のせいなのだから、責任を取ってもらって当然」と思うはずなのに、思わなかった。なぜか?


「今までのこと考えてさ、兄が夢を掴めなかったのも、僕が不登校になったのも、やっぱり本人にも原因があると思うんだ。今までは、兄の死が100%親が悪い、その影響で不登校になった僕は、僕が200%悪い、って思ってた。でも、実際にはそうじゃないのかなって、それぞれ何割かずつ何かが悪くて、全員に責任があるかもって思った。だから、全部を親の責任にする事は出来ない」


 自問自答の先に見出した新しい考えだった。そして、自分から言葉にすることによって、その考えは強固なものになっていく。


「千歳……」

「でも、それだけじゃない」


 そう、一番の決め手はそれじゃない。全部が親のせいだったとして、もしも、その間違いが起こらなかったら……。


「過去の間違いがなかったら、僕は沙奈先輩に会えなかったんだ」


 決して交わることのない平行線が交わったのは、間違いが僕の線を曲げてしまったからだ。決して、会えないはずだったのに出会えた。その喜びを、なぜ「無ければ良かった」と思えるだろうか。


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