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Scene5.『復讐』−1

「またお前から連絡が来るとは思わなかった。お前はもう足を洗って、この業界から姿を消したとばかり思っていたからなぁ。だが、このウルフガング一家に入るというのならいつでも歓迎するぞ」

 ここはウルフガング一家の屋敷アジトの一室、ボスの部屋である。高級なワインレッドの絨毯を敷き詰めた床に本棚やガラステーブル、テレビなどの調度品が並ぶ。そこに黒い牛革張りの安楽椅子に腰掛けた男の姿があった。ウルフガング一家のボス、カドマスである。彼はアーチを描く半円形の大窓から、その奥にある景色を眺めていた。その首が動き、視線が脇に移動する。その眼がある人物の姿を捕らえた。彼はお気に入りの椅子からおもむろに立ち上がるとその人物に歩み寄った。目や口の端から邪な笑みが零れる。彼は相手を値踏みするようにその姿を隅々まで見渡した。

 長身で引き締まった体を全身黒い服装で固めている。金糸のように光沢のある髪と清涼感のあるグレーの瞳が際立って見える。そこに気の乱れや隙はいっさい感じられなかった。その完璧な佇まいに魅せられ、カドマスは背筋から凍りつくような戦慄と渇望感がこみ上げるのを感じた。

「今日ここに来たのはその件ではない」

 低い男性の声が静かに響く。と同時に音も立てずにその男性の手が閃き、忍ばせていた銃がカドマスの脳天に突き付けられた。カドマスの双眸がぎんぎんに開かれる。カチッという音が頭蓋骨の中で反響した。それが警鐘となり、本能的に彼は声帯を萎縮させた。恐怖という鎖が全身をがんじがらめに縛りつけ、逃れようのない密室の恐怖へと引きずり込んでいく。

 再び男の声が静かに発せられた。まるでこの屋敷内には今、この男とカドマスの二人しかいなくなったと思えるほど静寂な室内に、その声が凛と響く。

「貴様は覚えていないだろうが、オレの母セラフィーナは貴様と行きずりの関係を持った女の一人だ。母は貴様の子供を孕み、それが原因で絶縁された。そして、底辺に落ちた貧しい生活の末、不衛生な共同住宅に巣くう鼠の菌に伝染し、その病で死んでいった」

「……!」

 カドマスの顔が血の気を失う。それは恐れとも、驚きとも、錯乱ともとれる表情だった。

「その顔は何に対する感情の顔だ? 母の訃報を聞いて悲観したからではあるまい。貴様にとってはそんなことは、どうでもいいことだろうからな」

 頭部に銃口が強く押し付けられ、何かが軋むような音と感覚が伝わる。 

「ま、まま待て……っ!」

 カドマスは恐怖に慌てて手を振り懇願した。

「何だ」

 男が手の圧力を弱めずに問い返す。

「お、お前は私の子ではないのか?」

「それが何だ」

「お前は実の父親を殺すというのか!?」

 カドマスの声が恐怖に震える。男は目を細め、冷淡にカドマスを見据えた。

「オレに父親が必要だと思うか?」

「あ、当たり前だ。お前が望むのなら私の息子として認知してやってもいい。……それだけではない。私が引退した暁にはこのウルフガングファミリーの棟梁ボスの座を引き継いでもらっても構わない」

「……」

「わぁ、何をする――!?」

 男が胸元からもう一丁の銃を取り出した。それの弾層を回転させ、そこで一旦手を止める。

「天に聞いてみよう、どちらの意見が正しいか。オレが正しければ、貴様が死に。貴様が正しければ、オレが死ぬ」

「お前……正気か!?」

「やらないのなら……」

「待て!?」

「……」

「やるから、その前にこっちの頭に向けた銃を退けてくれ。これでは生きた心地がしない」

「分かった」

 男が頭に突き付けていた銃を退ける――とその瞬間カドマスがニヤリとした。

「馬鹿が……!」

 そう愚弄し、素早い動きで懐に手を入れる。

「!?」

「何の真似だ」

 同時にカドマスの眉間に銃が突き付けられた。

「……くっ!」

 カドマスは弱々しい呻き声を漏らし、苦悶に表情を強張らせながら、やむなく男に向けた銃を下ろしていく。

「では始めようか」

 淡々とした口調で男が言い、弾倉を回転させた。その直後に何のためらいもなく自分の頭に銃を向ける。

「まずは一回目」

 そう言って彼の指が引き金に伸びる瞬間、カドマスは胸中で吐き捨てた。


 気違いめ、死ね――!


 すぐに引き金は引かれた。カドマスの呪いの言葉が懇願の意味へと変わる。――死んでくれ……

 だが、銃声は響かなかった。

「貴様の番だ……」

 そう言って男がカドマスに銃を渡す。カドマスは心肺停止に陥りかねないような形相と緊張感でその銃を受け取った。

「先に言っておくが、今度おかしな真似をしたら……

次はないと思え」

「ちっ!」

 受け取った銃の先を自分の頭から離そうとした瞬間言われたその一言に、カドマスは舌打ちした。

「安心しろ。オレは貴様のような小細工はしない。これは“フェア”なゲームだ」

 カドマスは男を締め殺してやりたくなった。血眼になってその相手を凝視する。

「くそ……っっ!」

「Good luck」

 己――――……っっ!

 神に対する懇願ではなく、敵に対する激しい憎悪の叫びが脳内に木霊した。カドマスの指が小刻みに微動し、その震える指が引き金に伸びる。

「……!」

 極限状態に陥り、額からあぶらあせが噴出す。奥歯を噛み締め、彼は引き金を引いた。

「っ……!」

 脳天を乾いた音が貫く。男は冷淡な目でその様子を見詰めていた。

 銃はこの時も不発に終わった。

「ふふ……次はお前の番だ」

「……」

 カドマスは興奮のあまり呼吸を荒げ、口の端から垂れたよだれを手の甲で拭った。彼は興奮で震える手で銃杷を握り、上目遣いに男を見据えてそれを手渡した。

「Good luck」

 受け取る男にそう声を掛けるが


 ――Go to Hell――

    地獄へ落ちろ


 胸中ではそう呪っていた。


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