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偽悪者の憂鬱  作者: 一葉
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偽悪者は依頼を受ける

森の中を一人の少女が駆け抜けていた。可愛らしい猫耳としなやかな尻尾。顔には無惨な傷あとがあり、両腕もなかったが猫人らしい身軽さで走る姿は美しかった。

その少女をビックボアと呼ばれる魔物が追いかけている。猪をそのまま大きくしたような姿をしていて前につきだした二本の牙が特徴である。それなりに危険な魔物であるが追いかけられている少女には余裕すら感じられる。

少女は緩やかにカーブして二本の木の間をすり抜けた。ビックボアは足は速いが急に止まったりはできない。ビックボアは真っ直ぐ進み、牙が木に突き刺さった。後退が苦手なビックボアはなんとか抜け出ようともがくがうまくいかない。そこへ草影から少年が飛び出してきてビックボアの首筋にナイフを突き刺す。ビックボアは悲鳴を上げて暴れだすが少年は構わずに何度もナイフを突き刺した。やがてビックボアが動きを止めると煙のように巨体が消えて黒石、魔石だけが残された。


ビックボア狩りをはじめて三週間、最初は手間どうこともあったものの今ではスムーズに狩りを行えるようになった。これはリーリスの優秀さによるところが大きい。リーリスは人間よりはるかに優れた五感でビックボアを見つけ出し、高い身体能力を生かして安全にビックボアを誘導できたのだ。お陰で一日の稼ぎがF階級冒険者の枠を完全にこえている。

「リーリス、少し休んで引き上げよう」

「私はまだ走れますよ」

リーリスは獣人であるだけにかなりの体力を持っている。だからと言って無理はさせられない。宿屋にたどり着くまでが狩りなのだから。

「何か変なこと考えませんでしたか」

リーリスがじとっと睨んできたが無視する。ここ最近、リーリスは殺意を向けてくることはなくなったものの時たま馬鹿かこの人はと言いたげに睨んでくることが多くなった。これが彼女の素なのだろう。特にリーリスに好かれたいわけではないので別にいい。ナイフの訓練をしている時に、足を滑らせて転び、哀れみをこめた視線で見られても絶対に気にしない。

もくもくと歩いて森からでて冒険者ギルドに向かう。

するとアイリスが満面の笑顔で出迎えてくれた。

「お待ちしておりましたレイ様。お話しがあるのですがお時間いただけますか」

「時間はありませんので買い取りだけお願いします」

アイリスの笑顔はいかにも年上のお姉さま然とした艶のある魅惑的なもの。俺からすれば肉食獣が笑っているようにしか見えない。

「実はですね。お二人ともE階級に上がれる条件を満たしているのですが、依頼を一つも受けずにというのは体裁が悪く」

「あの、買い取りは……」

「そこでお二人にはちょうどいい依頼を受けて頂きたいのです。この依頼書に目を通して下さい」

拒否権はないらしい。わざと深く深く溜め息をついてから依頼書を確認した。

内容は新人F階級のリトルボア狩りの補助。依頼人はその新人F階級自身となっていた。報酬はリトルボア狩りを一人でやった時と同額くらい。

「胡散臭い依頼ですね」

リトルボア狩りは危険はあれど補助を受けるような狩りではない。わざわざ補助をつけるとなると怪しんで下さいと言っているようなものだ。

「いえいえ、依頼人の身元はしっかりしてます。悪いようにはなりません」

「依頼人、このクリス・レガフィールドはどんな人なんですか」

「領主様のご子息様です。ほら、身元はしっかりしているでしょ?」

「お断りします」

領主の息子とか嫌な予感しかしない。領主ということは貴族様だ。この世界での貴族の立ち位置は知らないが関わりたくない。

「レイさんは他の街とか国に行く御予定はありませんか?」

「それはいつかは……」

いいかけて気づく。F階級冒険者は他の都市では冒険者として活動出来ない。

「ちなみに別の都市で登録しなおすのは禁止しています。二重登録扱いになりまして最悪、ギルドから永久追放もあり得ます」

「だったら別の依頼を……」

「ここはマニアス聖国ですよ? 亜人嫌いの。レンさんだけならともかくリーリスさんに依頼する人がいると思いますか?」

アイリスは声を潜めてみみうちしてきた。なんかいいかおりがする。いや、それはともかく。

アイリスによればルガンドをおさめる領主は亜人を嫌ってはいないが好いてもいない。あくまで普通の人間として取り扱う。亜人であるという理由で入店拒否したり、暴力を奮う行為は経済活動に支障がでるからと取り締まっていた。亜人を嫌うマニアス聖国であるが別に亜人を取り締まる法律があるわけではないのだ。法に照らし会わせば亜人に対する暴力は犯罪である。しかし、実際には亜人への暴力は見逃されるし罪にならない。法よりも政治、武力、多数の意見が優先される。この世界では一部の例外をのぞいてそれが当たり前だった。

「クリス様は亜人に偏見のないかただと聞いています。こんなチャンス、二度とありませんよ」

アイリスは勝ったとばかりにニヤニヤ笑う。茶目っ気のある素敵な笑顔なのだろうが、俺には達の悪い詐欺師にしかみえない。

「わかりました。依頼を受けます」

何故だろうか。いいように手のひらの上で転がされている気がする。

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