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偽悪者の憂鬱  作者: 一葉
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復讐者

 亜人が集まり築き上げた都市国家群。表面上、全ての亜人は平等と唱っているものの、現状はエルフが国家群の重役を全て手中にしていた。

 もともと亜人は権力に興味を示さない傾向がある。

 国がなく、小さな集落を形成していた亜人にとって、権力とはせいぜい村の代表者程度でしかなく、苦労のわりに対価はほぼないに等しい。

 やりたがる者はほとんどいなかった。つまり、やりたがる者もいなくはないというわけだ。

 都市国家群の中枢として機能しているエルフの里は、ドワーフが残した遺跡である。

 見渡す限りの草原に、唐突にそびえ立つ巨大な円柱群。すでに機能停止状態になっているが、ドワーフの遺跡だけあって、構造物としての強度は折り紙つきだ。

 もともと居住施設であった円柱群に、迫害から逃れて流浪していたエルフの一部族が住み着いたのが都市国家群の始まりである。

 都市国家群の現在の代表者はエルフ族のフレデリック。長身の優男であるが、二十代程度の外見でありながら実年齢は五十を越えている。

 魔族も含めた亜人は十代後半くらいから成長が鈍くなり、肉体の絶頂期で成長が止まる。寿命は人間と変わらず百歳程度とはいえ、老いることがないことから、人族を劣等種と蔑む亜人もいた。

 フレデリックはその筆頭のような人物である。

 役場として使われている円柱に設けられた執務室にて、フレデリックは各種書類に目を通していた。

 世界情勢などについて、各国に派遣した諜報員が上げてきた情報は、概ねフレデリックが望んでいた内容であった。

 マニアス聖国での内乱の兆候。魔族領との境界線への戦力集中。教会内部での権力闘争。

 全ての状況が好奇を告げていた。しかし、好事には魔が飛び込んでくるものだ。

 執務室の外が、にわかに騒がしくなると、すぐに静かになった。

 そしてゆっくりと執務室のドアが開かれ、小柄なエルフが微妙に右足を引きずりながら入ってきた。

「お久し振りですね。叔父様」

「息災でなによりだ、ミレイユ」

 ミレイユは口元を歪め、凄絶な笑みを浮かべる。

「ええ、おかげさまで」

 ミレイユの姿はとても息災と言えるような姿ではない。

 ぼろぼろのローブから覗く神官服は焼け焦げた跡が残り、無惨に引き裂かれていた。何より、ミレイユの右脚は。

「精霊界に逃げ延びたか。よく戻って来れたものだ」

 本気で森に隠れたエルフは発見できない。何故なら精霊界に逃げ込んでいるから。

 この世界と精霊界は次元が違うだけで同じ世界である。精霊魔術が使えるエルフならば、精霊界に入れる。ただし、精霊の数が多い、自然豊かな場所でないと移動は不可能に近いし、精霊界から戻って来れる保証もない。

 何故なら。

「右足が精霊化しているな」

 ミレイユの右足は水だった。透明な水が脚の形をしている。精霊界に入った者は例外を除いて精霊へと変化してしまう。

 これは、完全に精霊になってしまうまでの時間が違うだけで確実におこる。

 精霊になってしまえば、自我が希薄になり、精霊という群体の一部になってしまう。

「ええ、ええ、時間がないので手短にいきましょう」

 ミレイユの周囲を、薄い闇色の肌と虫に似た羽を持つ、小さな少女達が飛びかう。

「闇よ、覆え、呑み込め、塗り潰せ」

 ミレイユの身体から泡立つように出現した粘性を伴う闇がフレデリックへと殺到する。

「光よ、照らせ、消し去れ」

 しかし、闇は光によって消滅した。ミレイユは血走った目を見開き憎々しげに言葉をこぼす。

「光の精霊をお前が、聖女であるからと私を裏切ったお前が、何で!」

 光の精霊は文献によれば勇者のみに力を貸す。勇者の称号は人族のみに発現する称号であり、光の精霊は勇者の象徴みたいなものだ。

 ミレイユは本来人族が発現する聖女の称号を持ったことで、種族間の板挟みにされ、最終的には暗殺された。

 暗殺を企てたであろうフレデリックが光の精霊の力を使うのはミレイユにとって許しがたい暴挙だ。

「光とはいえ精霊は闇側だ。聖女とは違う」

 精霊の神である妖精女王は闇の妖精である。理屈は正しい。

 ミレイユは、ひっくと息を吸い込みながら嗤った。

「くだらない。なんて、なんて、虚しい。私は」

 ミレイユから漏れ出した魔力を受け取り、闇の精霊が勝手に闇を生成する。密度を持つ闇に覆われたミレイユは穴が空いたような表情を浮かべ、片眼から涙を流す。

「こんな物に殺されたのか」

「光よ、打ち払え」

 執務室に充満していく闇をフレデリックは事も無げに消滅させたが、闇に紛れて距離をつめていたミレイユに舌打ちする。

「闇よ、切り裂け」

「風よ、吹き飛ばせ」

 闇で構成された剣をフレデリックに押し込もうとしたミレイユは風の精霊魔術によって吹き飛ばされた。

 小柄な身体が窓を突き破り落下していく。落ちて助かるような高さではない。

 フレデリックは慎重に窓から下を覗いたがすでにミレイユの姿はなかった。

ミレイユって誰?

と思った方は十八話の「偽悪者は緊急依頼に巻き込まれる」を参照して下さい。

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