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偽悪者の憂鬱  作者: 一葉
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勇者達は

聖国の訓練場で一人の男と少年が向き合っていた。男の名はガンザス・ドルク、聖国最強と呼ばれる騎士団長である。彼は武勇のみならず容姿にも優れていた。高い身長にがっしりした体格。くすんだ金髪に鋭いブラウンの瞳。全体的に厳つい顔つきなのだが、物腰丁寧で相手を気遣う様子から、城務めのメイド達からは人気が高い。

対する少年は黒髪に黒目、とても整った顔立ちをしており、女性っぽい中性的な容姿だった。少年の名は久宝光一、異世界より召喚された勇者の一人であり、唯一、勇者の称号を持つ者である。

「久宝殿、あなたはまだ未熟です。せめて訓練を終えるまでまっては下さいませんか」

ガンザスは年下の久宝にたいして物腰柔く説得している。先程までガンザスは久宝と実戦形式の訓練をやっていて負けた直後に久宝から王族から離れて他の貴族の所にいくと宣言されたのだ。

「失礼ですが、俺は貴方より強い。もう学ぶことはありません」

「ステータスでは私は久宝殿には勝てません、ですが技術的にはまだまだ教えることはあります」

二人のやりとりを少し離れた所で黒崎が心配そうに見守っていた。

勇者達がマニアス聖国に召喚されてからまさに激動の毎日を黒崎は過ごしている。

実のところ、王族のもとに残っている勇者は女子はほとんど残っているが男子は数名しか残っていなかった。原因は夜毎開かれる夜会である。マニアス聖国では中央集権が進んでおらず、貴族もかなりの政治力をもっていた。そのため、勇者を王族が占有することをよしとせず、夜会を開かせてスカウトの場としていた。幸いなのか、無理矢理勇者を引き抜けるほどには貴族の力は強くなく、あくまで所属を変えるのは勇者の自由意思による。

結果、男子達はあっというまに貴族のもとへと行ってしまった。原因は女である。モデル並みに美しい貴族令嬢達にちやほやされてほいほい連れていかれたのだ。女子も似たような手法を使われはしたものの、夜会には見た目があれで下卑た視線で女勇者をなめ回すような貴族もおり、ついて行った先にああいうのがいるかもと不安になって誰も誘いを受けなかった。

黒崎もこれじゃあみんな王族の所にいるしかないなと思っていたら意外なことに来栖風香が王族から離れた。貴族ではなく教会で慈善活動をおこなうらしい。来栖風香は聖女の称号をもち、回復魔法5のスキルも持っており、教会では聖女様として迎え入れられた。黒崎が聞いた話しでは教会は一枚岩でなく崇める神によって派閥があり、風香が所属したのは愛の女神イリスを崇める穏健派だ。さらに風香がいくならとクラスのギャル集団の三人が教会に身を寄せた。

現在、王族の下に残った勇者達のリーダーは久宝である。彼がよそにいくならほぼ全員がついていくだろう。当然、黒崎も久宝についていくつもりだ。迷いがないわけでもない。王族はとてもよくしてくれる。ここを離れることは不安だ。だが所詮王族は他人なのだ。最後に信用出来るのはクラスメイトだけである。

「もう決めたことです。今までありがとうございました」

久宝は深くお辞儀をして訓練場から出ていった。訓練を見学していた黒崎達、クラスメイトもそれに続く。残されたガンザスは唇を固く引き結び、天をあおいだ。ガンザスからすれば久宝達が未熟なのは事実だった。高いステータスでの力押し、スキルに頼って地力をあげず、挙げ句の果てには体力を鍛えるための基礎練習をさぼる。真剣に訓練しているのは二人だけという有り様だ。その二人は王族側に残ってくれるだろうが他は全員久宝についていくだろう。

「ガンザス、ごめんなさい。私のせいで」

少女がゆっくりと頭を下げた。

「フィリーネ様、頭をおあげ下さい。すべては私の不徳でございます」

ガンザスは慌てて膝をおって頭を下げた。彼女はフィリーネ・マニアス、マニアス聖国の第一王女である。

「私が我慢すれば丸くおさまったのです。王族としてふさわしくない対応でした」

久宝が王族から離れるきっかけになったのは彼女である。フィリーネは献身的に勇者達の面倒をみて信頼してもらえるように努力していた。必然的にリーダーである久宝とは接触する機会もおおく友人関係になれたとフィリーネは思っていたのだが、久宝の方は違ったらしい。久宝はフィリーネに魔族を倒したら、結婚して下さい的な事を言ったのだ。もし、久宝が王に王女をくださいと言えばフィリーネは久宝と結婚していただろう。フィリーネも王族である。国のために愛のない結婚をする覚悟はある。しかし、王を通さない結婚の申し込みに関してはフィリーネは断れるのだ。このあたりのルールは慣習法なので異世界人である。久宝はしるよしもない。フィリーネに断られた久宝はあからさまに態度を変えて現在に至るわけだ。

「フィリーネ様は国のためにもう充分過ぎるほどに御身を犠牲にされています。せめてついのお相手はフィリーネ様が愛する方であればと願っております」

フィリーネはふふっと可憐に微笑んだ。

「そうですね。でも私の理想は高いですから一生独り身になってしまうかもしれませんね」

「あ、じゃあ僕なんてどうですか王女様。一生大切にしますよ」

「あんた、また吊るされたいの?」

訓練場に入ってきた二人組。少年の方は阿木津慧、少女の方は四宮杏子である。ガンザスの訓練を真面目に受けているこの二人はフィリーネとも仲がよく軽口を叩きあえる友人だ。

「うーん、私は軽い人好きじゃないんですよ」

阿木津は非常に人当たりがよく、特に女性に好かれやすい。城務めのメイドともよく話しをしていて女性にだらしないように見える。もっとも、見えるだけで誰にも手を出しておらず根は真面目なのだった。

「うーん手厳しい」

阿木津はヘラヘラと笑う。

「あ、そうそう、ガンザスさん私達は残りますのでこれからもお願いしますね」

「ありがとうございます。四宮殿、とても助かります」

王族側から勇者が全員いなくなれば、貴族は王家を軽くみるだろう、そうなれば中央集権化が遅れてしまう。

「いえいえ、白鷺を探してもらう約束もありますし、持ちつ持たれつというやつですよ」

阿木津はガンザスに頼んで白鷺を探してもらっていた。白鷺を毛嫌いしているクラスメイトがほとんどだが、阿木津はそもそも白鷺が万引きしたとはしんじてなかった。向こうの世界では周りの反応を恐れて傍観者になってしまった阿木津は白鷺に罪悪感を抱いており、なんとかしてあげられないかと手を尽くしていた。その結果が四宮である。彼女は白鷺が万引きしたかどうかは一旦保留にして白鷺を探す協力をすると約束してくれた。他のクラスメイトは話しも聞いてくれなかったものの色々と収穫は得られている。来栖も白鷺を信じていることが分かったのは行幸だった。来栖のつてを利用して教会でも白鷺を探して貰えるようになったのだ。

「申し訳ない。白鷺殿はまだ見つかっておりません。王都周辺にはおられないようですので捜索範囲を広げているところです」

「気にしないで下さい」

これは阿木津の罪悪感を拭うための行動なのだ。ガンザスが謝る必要などない。あるとすればあの女神にこそ責任がある。

「じゃあ、訓練はじめましょうか」

阿木津は明るく笑ってみせたが、その笑みには若干の陰りがあった

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