甘い見通し
講義室を飛び出した佐久間は取り巻きを引き連れて街をぶらついていた。
佐久間の胸中ではこんな筈ではなかったという思いが渦巻いている。
久宝や女勇者が失敗してやっと俺の時代が戻ってきたと思ったのに。
中学生時代の佐久間はクラスの中心的存在であった。スポーツが得意で頭もそこそこいい。告白されたのも一度や二度ではない。
可愛い彼女もいたし、まさに順風満帆な人生だった
ところが、高校に進学して彼の人生は大きく変化した。無理をして偏差値の高い高校に入ったのが災いし、彼はあっというまに、その他大勢に埋没してしまった。彼女とも、キスすらせずに自然消滅。
けっして彼の能力が低かったわけではない。高校のレベルが高ければ当然生徒のレベルも高いだけだ。中学で上位クラスの生徒が集まった学校では佐久間の実力は平均以下でしかなかった。
しかも、佐久間よりも劣る生徒であっても何かしら光る物はあった。いや、生まれて初めて劣等感に濡れた佐久間にはそう見えた。
話しの上手い奴、絵の上手い奴、動画サイトで稼ぐ奴、みんなみんな、佐久間の劣等感を刺激した。
上を見たらきりがない。だから彼は下を見た。
成績も普通、運動も普通、ただ優しいだけのお人好しである白鷺。佐久間は掃除当番や日直を白鷺に押し付けることで優越感を満足させていた。他人が自分の思い通りに動く様は滑稽で、白鷺を心底見下した。だが、万引き事件から白鷺は変わった。
誰の言うことも聞かない孤高の存在。犯罪者と馬鹿にしつつも佐久間には白鷺が特別な存在に思えた。
馬鹿にするだけでは佐久間の優越感は満たされない。誰かを思い通りに動かせなければ佐久間は満足出来なくなっていた。
鬱屈した感情を高ぶらせていた時、佐久間は異世界に召還された。
自分の時代が来たと思った。
手に入れたスキルレベル5の剣術は剣など握ったこともない佐久間であっても、騎士や兵士を圧倒した。流石に歴戦の強者には勝てなかったがいずれ誰よりも強くなるのだと、確信する。
マニアス聖国の貴族におだてられ、美しい貴族令嬢にかしずかれ、まさに佐久間は人生の絶頂期にいて、そして一気に転がり落ちる。
勇者達の実力に疑義があるとガイアスト帝国から申し立てがあり、佐久間はマニアス聖国から離れることになったのだ。
聖国からでた途端に、佐久間の扱いはがらりと変わる。むしろそれまで異常だったものが普通に変わっただけなのだが、佐久間は納得出来なかった。
だから、そのイライラを女勇者達にぶつけ、あわよくばメイド替わりしてやろうと企んだ。
結果、返り討ちに合い、今度は被害者として脅すも来栖風香に邪魔される。
上手くいかない。何もかも。
そして何よりも気にいらない。佐久間は失敗続きなのに、どうして白鷺は女性を二人も侍らせているのか。
白鷺は自分よりも下のはずだ。なのに援助を受けて生活している佐久間と違い、白鷺は自立している。
これではまるで俺があいつより劣っているみたいじゃないか。
白鷺が自分だけの力で成り上がったわけがない。だって俺の方が優秀なのだから。ならば、白鷺はあの二人の女に支えられたヒモなのではないか?
そうだ。優秀な俺が、白鷺と同じように奴隷を利用すればあっという間に成り上がれる。
「奴隷を買おう」
突然の提案に取り巻き達は戸惑った。
「買おうつったてなあ。どこで買うんだ?」
奴隷という存在はちらほら見かけるのだが、売っている場所を見たことはない。流石に誰かに聞くのは印象が悪いという分別くらい彼らにもある。
「白鷺が奴隷を買ってるってことは、冒険者ギルドだろ」
他にもルートはあるにしても、白鷺が奴隷を買うならそれしかない。彼らはさっそく冒険者ギルドをたずねた。
「奴隷屋ですか? 失礼ですが紹介状がなければ買えませんよ」
ギルドの受付は怪訝そうにしながらも佐久間達に丁寧に対応した。奴隷というのは一般人がおいそれと買えるようなものではなく、各ギルドか国の機関の紹介状がなければ販売禁止である。
「じゃあ、紹介状をくれ」
佐久間の横柄な態度にもギルド員は眉一つ動かさない。顔役をやっていればよくあることだからだ。
「ギルドに登録をして実績を上げていただければ、したためます」
面倒ではあるが他に当てもなく、佐久間達は冒険者登録を済ませた。勇者としての力があれば余裕だと、彼らは満身する。
「手っ取り早く実績をあげられる依頼はないか?」
佐久間の問いにギルド員はにこっと微笑み依頼書を取り出す。
それは『呪いの洞窟』で魔物を間引きする依頼だった。
佐久間は迷いなく、即座にその依頼を受注する。
「おい、佐久間、それって」
戸惑う取り巻きを手でせいして、依頼内容をギルド員に確認し、足早に佐久間はギルドから出た。
「なあ、それって例のやつだろ。参加しないんじゃなかったのか?」
「勇者としては参加しない。冒険者として参加して、先に聖鎧を手に入れる」
他の勇者達を出し抜いて聖鎧を手に入れてしまえば、もはや佐久間に反論できる奴はいなくなる。
勇者達の中心は、なんだかんだで久宝だった。だが久宝は未だに何の成果も上げていなかった。ならば実績さえ上げてしまえば、名実ともに佐久間が久宝に成り代わるのも不可能ではない。
「これはチャンスだ。俺達の方が上だって見せつけてやろうぜ」
佐久間に煽られて取り巻き達もその気になる。
だが、彼らは肝心なことを理解していなかった。
この世界は勇者達に、ある意味で優しい世界だ。努力すればステータスが上がるし、才能がなくてもある程度はスキルによって技術も身に付く。さらに勇者達にはレベル5のスキルも与えられていた。スキルレベル5は人の身においては最高到達地点で使いこなせれば最強の一角になれる。
しかし、それは、地道な努力を重ね、ぎりぎりの死線をくぐり抜けてやっと最強の一角に手が届くのだ。
特に努力もせず、死線なんて経験したこともない彼らの実力は女勇者達と比べて大きく劣る。
彼らは自身の実力を正しく認識していない。現実と理想のズレを知らない彼らが行き着く先を知る者は、今はまだいなかった。




